第4話 サトウナツキの正体とは
しかし問題は、だ。
それを姉ちゃんにどこまで話すか、という点である。
姉ちゃんのスマホに表示されている男子学生、そいつこそが、『佐藤
ええと、つまり、そう、俺の学校の先輩である。言ったじゃんか、同じ名前の先輩がいるって。
それで、その、佐藤先輩だが、さっきも言った通り、こいつは男だ。
だけど、姉ちゃんが言うように芸能人並みに可愛いかと問われると、首を傾げざるを得ない。
ひげも結構濃い方だし、確か柔道部だったか、身体付きだってかなりがっしりしていて、顔もどちらかと言えば『THE男』のタイプだ。そして、その上、この佐藤先輩は……。
まぁいわゆる……。
同性愛者、というやつだ。
ここからは俺の推測となるが、恐らく佐藤先輩――『サトウナツキ』は、その辺で拾った美少女画像で女に成り済まし、男子学生を釣っていたのだろう。
まぁその後、その男子学生がどんな目にあったのかは想像に難くないわけだが、正直想像はしたくない。その憔悴しきった様子からして、まぁそういうことなんだろうし。
まぁ、そんな上手い話なんてものはないんだ。
あったとしたってそれがなぜ自分の目の前にぶら下げられているのか、それくらいは疑った方が良い。
SNSでのやり取りなんて、所詮顔の見えないネットでのやり取りなんだ。嘘なんていくらでもつける。男が女の振りしたって、女が男の振りしたって、それを罰する決まりもないし、そりゃ、他人の写真とか、アニメのアイコンを使用するのはまずいけど、世の中にはフリー素材なんてものもあるわけだし。
そぅっと。
姉ちゃんの頬に手を伸ばしてみる。
「何?」
柔らかい頬に、俺の指が、ふに、と埋もれていく。
「何? 何?」
ある。
実体がある。
当たり前だけど。
その当たり前のことにホッとする。
俺は、姉ちゃんのことを誰よりも知っていて、そして、知られてもいる。
だけどまだまだ知らないことがあるし、知らせてないこともある。
「ちょっとー、何よぉ」
「べっつに。何でもねぇけどさ」
知らせなくて良いんだろうか、それを。
つい最近自覚した、この思いを。
――と。
枕の上に置いていた姉ちゃんのスマホがぶるりと震えた。クラスの女子は放課後となればすぐにマナーモードを解除して、流行りのポップスだか何やらをけたたましく鳴らしまくっているというのに、姉ちゃんはというと、常にマナーモードなのである。
「相変わらず、色気もなんもねぇな」
「何がよ」
「ずっとバイブじゃん、マナーだから」
「うるさいのやなんだよね」
「好きな曲とか設定すりゃ良いのに」
「めんどくさいしー。
そんなことを言って、ロックを解除したスマホを手渡してくる。いやいや、そんなん中身見放題だからな。やましいメッセージとかないのかよ。
「っつーか、どうせ設定したってマナーのままなんだろ? そんじゃ意味ねぇじゃん」
「あ、確かに。あはは」
あははじゃねぇよ、まったくもう。
やれやれと思いながら渡されたスマホを返そうと画面に視線を落とした。ホーム画面もまったく色気の無いただの花の写真だ。いや、花の写真なら普通は多少色気もあるってもんなんだけど、これは完全に被写体とそれから撮影者に問題がある。
だってこれは姉ちゃん家の――
しかし、そんな色気の欠片もないホーム画面の上部に、
「……姉ちゃん、SpreadDERの通知来てるぞ」
「えー? ほんと? 何だろ。めっずらし。……何これ?」
ずいずいと匍匐前進して顔を近付け、画面を覗き込む。
俺に持たせたまま、画面をすいすいとタップしてアプリを起動させてみると、それはどうやらフォロー中の有名人の更新通知などではないようだった。ホーム画面の上部にずらりと並んだアイコンのうち、いままで一度も触れたことがないらしい封筒のアイコンには新着を示す赤い丸がついている。
封筒、ということは……。
「そっか、これが
姉ちゃんはやけに冷静な声で感心しているが、俺は正直心中穏やかではない。
なぜなら――、
「……姉ちゃん、今日って金曜日じゃねぇ?」
「え? ああ、言われてみればそうだね。……えっ? じゃあ……」
これがその『サトウナツキ』メールなんじゃないのか。
「いや、でもそれはないでしょ」
そう言いつつも、姉ちゃんはまだそのメールを開けないでいる。
「だって、私、女だしね?」
「いや、姉ちゃんのアカウント、『ユヅキ』だろ。これなら男に見えなくもないし、ていうか、ホームもプロフも色気がねぇんだって」
「だって梧桐先輩があんまり『JK』とかって書かない方が良いって……」
「そりゃそうだけど」
「それに私、そのダンスクラブのメンバーじゃないよ?」
「梧桐先輩繋がりなんじゃねぇの? 知らねぇけど」
俺もいまいちSpreadDERの仕組みはわからないけれども、友人の話では、『この人もお知り合いですか?』なんていうのが表示されるらしい。友人の友人は皆友人、とでも言わんばかりに交流の輪を広げようとしてくるのだと。
もしかしたら、もうそのクラブ内の男子は皆手を付けてしまったのかもしれない。それで、その細い繋がりをたどって姉ちゃんに辿り着いたのかも。
画面が消えるまでスマホをじっと睨んでいた姉ちゃんは、下唇を噛み、小さく頷くと顔を上げて俺を見た。
そして、やけに強い声で、こう言ったのだ。
「……私、行ってみようかな」と。
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