第三話
客が全員いなくなるまでに、あれから三十分掛かった。
走りながら、まずは
二回のコールで、冬子が応答した。
『もしもし?』
「冬子さん? 警察に連絡しました?」
『入れた。警察にも会社にも。でも、全然情報がないの』
冬子の声からは、
「冬子さん、こんなことを尋ねるのには、少し抵抗があるんですが……人間の目の届かない空間? とか、そういうところに逃げられた? っていうことは、有り得るんでしょうか。以前、冬子さんが言っていたような――ワープホール? 的な」
『あるある。全然あるよ』冬子は早口に言う。『けど普通ね、人間は
「幽霊に知り合いとかいないんですか?」緋子は自分で尋ねながら、おかしなことを口走っているな、と考えていた。「化け物でも、妖怪でもいいですけど」
『いるわけないじゃない。だって私そいつら退治するのが仕事なのよ!?』
叫び声の中に、
「――まあ、分かりました。今、店を閉めたので、これから
『分かった! ありがとう緋子。よろしくね。私ももう一度、家に戻ってみようと思ってるところ。もしかしたら、家にいるかもしれないし……まあ、何かあったら、連絡お願い』
通話を切って、さて、どこに向かうべきかと
遠鳴神社は、走ればすぐに
緋子は客が
遠鳴神社に向かいながら、蒼太にも連絡しておこう、と思い立った。再び端末を取り出し、連絡先から蒼太を呼び出す。よほどのことがない限り、緋子は蒼太に電話を掛けることなどなかった。メッセージのやりとりもしていない。普段は大抵、ふたりとも家にいるし、仕事中に電話を掛けたくなる用事もない。だから、蒼太に電話を掛ける、という行為に、なんだか不思議な気持ちを抱いた。それだけ、緊急事態だということなのだろう。
緋子は耳に端末を当てながら、走り続ける。コール音だけが無情に響き、やはり繋がらないか――と諦めかけたところで、応答があった。
『姉ちゃん? どうした?』
まず最初に、意外そうな声が聞こえた。
「店閉めた。あんた今どこ?」
『あー……』蒼太は困ったような声を出して、しばらく
「え? あんたもそこにいるの?」
『何? 姉ちゃんも向かってんの?』
「今走ってる」
『姉ちゃんが走るとこ、想像出来ないな』蒼太が小さく笑う声が聞こえる。
「じゃあ、他当たる。そこにはいなかったわけね」
『いや、いいよ。姉ちゃんも来てくれて』
「はあ?」
『
緋子は思わず、走るのをやめた。冷静に考えれば、見つかったと言われて走るのをやめることには大きな
「え? 遠鳴神社にいたってこと?」
『ああ』
「先にそれ言いなさいよ。え、夏川君は?」
『もちろん、いるよ。まだね』
まだ――どういうことだろうか、と考えようとしたが、思考を止めた。考えたところで、何も変わらない。行動しなければ、状況は進展しない。
「――分かった。すぐに行く」
『あーちょっと待って』蒼太は
「なんで」
『いいから。人が増えるとややこしい』
「ややこしい?」
『こっちにはこっちのルールがあるんだ。頼むよ』
何を言っているのか分からないし、もし何か問題が起きていて人に知らせたくないと言っているのだとしたら――問題が起きているからこそ、人手は多いに越したことはない。それに、冬子にだけは知らせておくべきではないか――とも思ったが、やはり緋子は、考えるのをやめることにした。今は蒼太に従うことにしよう。少なくとも、蒼太は何かと関与している。それに、何かを知っている。いたずらに他人を心配させるような人間ではないと、緋子は思っている。否、信じている。
「……わかった。一人で行く。連絡もしないでおく」
『よろしく』
通話を切り、緋子は再び駆け出した。
白衣がはためいて、
だが、気にしていられない。
とにかくすぐに、夏乃佳の無事を確認したかった。
今はただそれだけ考えていれば良い。
悪い想像をするくらいなら、祈っている方が、いくらかマシなはずだった。
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