黒い服でどちらへなりと。

@aoibunko

第1話

黒い服でどちらへなりと。


ええ、たった今です。もう荷物をまとめてしまいましたの。


若い娘さん、ここからは長旅ですよ。


あちらを思うとなんと憂鬱なこと!殿方はこういう時お酒をお飲みになるけど、私などどうしたらよいものか!


さぞや皆さんお待ちかねのことでしょうな。


誰が待ってなどいるものですか。行き先には暗闇しかありません。


良い天気だ。道中の景色はさぞ美しいことでしょう。ほら、もうあの山は花ざかり。


ああ、なんと寒々しい道だこと。街道の木から葉はすっかり落ちてしまった。


暗くなる前には到着するでしょう。あの宿場町にはなかなかうまい店がありましてな。


その木箱をご覧になって? 中身は私の愚かさ、罪深さ。青い空の下、輝く川の流れを見ながら馬車で走っていると、遠くに茂る森から涼やかな風が吹きつけて。林檎林はもっと向こう。手を伸ばせば届くものをわざわざ木に登ってもぎとっていましたっけ。


おや、もう発車のベルが。あれ、降りる?おう、こっちはせっかく親切にしたのにいい度胸だ。お前のような女に幸福なぞあるものか。


幸福など何処にありましょう。私はもう人生の旅を終えて、あとは石ころだらけの道を歩くだけ。木箱を下ろすのでおどきになって。降りるんです。降りるんですってば!

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