第2話時刻表
ここは若葉台バス停留所。今日は昨日より少し暖かいが、雲が主役の空だ。
「勝負しに来た」
俺よりも先に来ていた香月に、俺は勝負を申し込むと、香月はイヤホンを外して、俺の方を向いた。
「いつも乗っているバスの到着時間は?」
「7時2分」
「今日は、いつも利用しているバス停について。問題をすべて正解したら、日野の勝ちだよ」
今日のジャンルは、俺の得意分野のようだ。この3年間、ずっとこのバス停を利用している。時刻の事なら、香月に負ける気がしない。
「1問目。始発は?」
「6時20分」
「2問目。一日で、一番最後に来るバスの時刻は?」
「22時15分」
俺がすっと答えても、香月は怯む事無く、まだ余裕そうな表情だった。
「3問目。9時台の時刻をすべて言ってくれる?」
「2分、20分、32分、45分」
「このジャンルは得意なんだ」
また香月が圧勝すると思っていたのだろう。今日の俺は違う。昨日みたいに、そう簡単に負けない。
「4問目。それじゃあ、逆方向に向かうバスの始発の時刻は?」
「6時30分」
「せ、正解だよ」
向かい側にあるバス停の時刻まで熟知しているとは思っていなかったのだろう。少し香月が動揺していた。もしかすると、今日は勝てるかもしれない。
「5問目。このバス停の前のバス停の名前は?」
「更科町3丁目」
「せ、正解……」
残り半分を正解すれば、俺は香月と付き合うことが出来る。俺がここまで全問正解すると思っていなかったのか、ぐぬぬっと言った感じの表情をしていた。
「6問目。いつも利用しているバスは、どこから出ている?」
「皐月駅」
「正解」
これ以上は、問題を考えていないのか、目をキョロキョロしながら問題を考え始めていた。
「これって、俺の勝ち――」
「まだ勝負は終わっていないよ」
香月は、俺と死んでも付き合いたくないのか、まだ勝負を諦める様子はない。
「終点の文月駅まで、何個の信号がある?」
「18個」
「数えたことあるの?」
過去に、家に携帯を忘れた事があり、暇つぶしとして、どれだけの信号を通過するのかを数えた事がある。押しボタン用の信号も含めてだが、意外とたくさんの信号を通過しているんだなと、感心した記憶がある。
「そんなこと聞くって事は、香月は数えた事が無い。つまり、香月はこの問題の答えを知らないと言う事――」
「そんなに暇人なんだなって、思った」
香月こそ、本当に答えを知っているなら、香月も相当暇人だと言う事になる。
香月は、バスの中でもイヤホンを付けて、スマホを操作している。車窓の景色を見ている様子はないんだが、香月も過去に携帯を忘れて、信号の数を数えて暇をつぶした事があるのだろうか。
「終点で、降車ボタンを押す必要がある。必要が無い。どっちが正しい?」
「必要ないと思う」
「どっちが正しいんだろうね」
これは、俺の正解で良いのだろうか。押さなくても終点では必ず停まるから、押す必要は無いだろう。
「日野は、整理券を取る派? 取らない派?」
「現金だったら、取らないといけないし、ICカードなら、取る必要は無いと思う」
「運転手に聞くなら、整理券を取ればいいのにって思うよね」
たまに、自分がどこから乗ったか分からずに、運転手に尋ねている事がある。放送でも、整理券を取る放送がされているので、ちゃんと取って欲しいと思っている。
「と言うか、だんだんと勝負から質問になってないか?」
「私と意見が合わないと、日野の負けになるよ?」
今の所、香月と意見が合っていると言う事になる。
「つまり、香月と意見が合えば合うほど、親密な関係になれる。俺たちの今後の為の確認をしているって事か!」
「日野って、凄くポジティブだね」
これは香月に褒められたと受け止めておこう。キモイと言われて、今後話しかけても無視されるよりマシだ。
「今、何問目?」
本当にバスに関するネタが無くなったのか、遂にバス以外の事で問いかけて来た。
「11問目」
時刻表の事で5問。バス停の名前。それから4問の質問。そしてこの問題の含めれば、11問になる。香月のひっかけ問題には、俺は引っかからない。
「ぶっぶー」
「え?」
まさかの不正解。もしかして、俺は数え間違えていたのか……?
「正解は10問目。日野の事だから、最初に聞いた問題も含めると思った? あれは、勝負すると言った前の問題、つまり例題だからカウントはしないよ」
「……つまり、今日も俺は香月に負けたのか?」
「そう言う事」
今日も香月に負けたので、俺は膝から崩れ落ちて、ショックを受けた。
「……まだだ」
「諦めの悪い人は、嫌われちゃうよ?」
「さっきの信号機の問題、恐らく香月は答えを知らない。俺も数えた事があるのが一回だけで、相当前の話。バスの中でその問題の答え合わせをしようじゃないか」
あの様子だと、本当に香月は信号機の数を知らないと思う。知ったかぶって、正解みたいな反応をしたに違いない。
「いいよ。じゃあ、数えようか」
香月が俺の提案を受け入れた所で、丁度バズが停車した。この問題が本当の最終問題だ。もし、俺の答えが合っていれば、本当に答えを知っていたと言う事で、香月の勝ち。俺の答えが間違っていたら、香月が知ったかぶっていたと言う事で、俺は香月と付き合えると言う事になる。
そして終点の文月駅。俺はバスから降りた瞬間、膝から崩れ落ちた。
どうやら、香月は本当に信号機の数を知っていたようだ。こうなるんだったら、あえて間違えた答えで、香月を引っかけるべきだった。
「早くしないと、乗り換えのバスに送れちゃうよ」
少し嬉しそうな顔で、俺にそう声をかけた香月。
だが、まだ明日がある。明日こそ勝てばいいと思い、俺もすぐに立ち直って、すぐに乗り換えのバスに向かった。
ここは若葉台バス停留所。 錦織一也 @kazuyank
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