ここは若葉台バス停留所。
錦織一也
第1話好きになった人の名前は?
ここは若葉台バス停留所。本日は、少し寒いが、空は晴れている。
通っている高校に通う為、俺はいつもバスを利用している。晴れた日、雨、雪の日。風が強い日や、日差しが強い日。高校入学時からずっとだ。
「……」
俺の前には、耳にイヤホンをはめて、音楽を聴きながらスマホを操作する女子高生がいた。
俺と同じく、高校入学時から、同じバス停を利用している女子。晴れた日、雨、雪の日。風が強い日や、日差しが強い日。俺とほぼ同じ時間にバス停に並び、そして必ずと言って、バスの席は同じ場所に座っている女子に、俺は勇気を振り絞って、声をかけてみた。
「春、ですね」
「……」
音楽を聴いているせいか、俺の声は聞こえないらしい。彼女は聞こえなかったと思い、俺は何事も無かったのように、バスが来るまで待とうとしたら。
「ようやく私に話しかけて来た」
イヤホンを取って、彼女は俺に話しかけてくれた。
「何か用?」
「ま、まあ。何と言うか……」
こうやってまともに同じ年の女子と話すのは初めてだ。女子に全く人気が無い俺に、ちゃんと話してくれることに、頭の中では仏様を拝むように、何度も手を合わせていた。
「ず、ずっと同じバス停。同じバスを利用しているじゃないですか。これも何かの縁かと思って、仲良くなりたいなと思いまして……」
「なるほどね」
男の下心が出ているというのに、彼女は俺に引く事は無く、顔を頷かせていた。
「つまり、私の事が好きになったから、話しかけてくれたって事?」
「そ、そういう訳じゃ……!」
半分正解で、半分が不正解だ。
彼女は、美少女と言っても過言ではないだろう。バス停の傍で待つ、耳にイヤホンをはめて、スマホを操作している姿も絵になる。
雪が降っている中、白い息を吐き、暖かそうなマフラーを巻いている姿、赤や黄色に染まった落ち葉が落ちる中、バス停の傍で待つ彼女の姿。色んな情景でも、彼女は美しいと思ってしまうほどの、可愛らしさだ。
「本当の事を言ったら? 私のどこに惚れたのか、説明次第では、考えてあげる」
「……俺には、親と重要な約束がありまして」
「約束?」
「高校卒業までに、俺は彼女を作らないと、親と縁を切られるんです」
彼女の容姿に惚れた。そしてもう半分の理由は、俺は高校卒業までに彼女を作らないと、親と縁を切られてしまう。家も追い出されて、後は自分で生活費を稼いでくれと言う。
「そんな深刻な問題を抱えているのに、どうしてずっと私に話しかけてこなかったのかな?」
「お、男にもプライド言うのがあって……」
単純に、話しかけるのが恥ずかしかった事。それと、もしかすると彼女の方から話しかけてくれるのかと思い、淡い期待を抱き続けていたせいで、もう高校3年生の春と言う時になっていた。
「事情は分かった」
「な、なら、俺と付き合ってくれますか?」
「勝負、しようか」
このままハッピーエンドを迎えられるかと思いきや、彼女は唐突にそんな事を言ってきた。
「私との勝負に勝てたなら、日野と付き合う」
「そう言う事なら、勝負をしようじゃないですか。それで何の勝負ですか?」
「問題です。私の名前は何でしょう?」
勝負と言うのは、クイズ勝負のようだ。
「好きになった人の名前ぐらい、簡単に答えられるよね?」
いきなり難題を出してきた。
俺は、未だに彼女の名前を知らない。俺と同じ高校、同じバス停を利用し、同じ時間のバスを利用しているというのに、この瞬間まで彼女の名前を知らなかった。
「タイムリミットは、バスが来るまで。何度でも答えてもいいよ?」
バスが来るのは、あと5分後。この5分間で、俺は彼女の名前を当てなければ、俺の未来は真っ暗になるだろう。
「俺を甘く見ないでください? 君の名前は、倉持――」
「不正解。私は、高校のマドンナじゃないよ」
高校のマドンナとして有名な倉持が、彼女だったらいいなと思い、俺は自信満々で答えたが、彼女に可笑しそうに笑われた。
「君は、4組の日野だよね?」
「せ、正解……」
彼女は、この日まで、話した事も無く、俺とは面識がないはずなのに、俺のクラスと名前を的中させた。
「と、渡嘉敷?」
「私、小麦色の肌に見えるの?」
そうだった。渡嘉敷は一年中、日焼けサロンに行って、肌を焼いていると言って有名な生徒だ。色白の肌の彼女とは正反対だ。
「三度目の正直。名前は、住田だ!」
「私、日野のクラスで英語の授業を教えたことあったかな?」
しまった。住田は、俺のクラスの英語を受け持つ先生の名前だった。
「何度も私の名前を間違えて、失礼だと思わない?」
「何万通りの名字を当てるのは不可能なので、せめてヒントをください」
「ヒント? いいよ」
男のプライドを捨てて、俺は彼女に頭を少し下げると、彼女は距離を置くどころか、可笑しそうに、頬を緩ませていた。
もう少しでバスが来てしまう。ここで彼女の名前を当てなければ、一生お先真っ暗だ。
「イニシャルはK」
か行の何かが頭文字に付くらしい。
「加藤、木下、工藤、小島」
「ぶっぶー」
よく聞く名字を答えてみたが、すべて不正解。
「もう一つヒントあげる。口元、ちゃんと見てね」
そう言って、彼女は艶やかな唇を動かして、口パクで自分の名前を言った。
口を半分ぐらい開け、続けて口を少し横に広げてから、口を少しすぼめた。
「時間も残りわずか。さあ、最後の回答をどうぞ」
時間的にも、恐らくこれが最後の回答だ。遠くにバスが迫ってきているのも見えて、残り数十秒で、彼女の名前を当てないといけない。
彼女の名前を確実に当てる為、俺は脳をフル回転させて、彼女がくれたヒントを元に、一つの名字を搾りだした。
イニシャルはK。そして彼女の口の動き。彼女の名前は、これしかないだろう。
「加納」
そう答えると、彼女は数秒俺の事を見つめた後、彼女はにこっと微笑んだ。
「日野って、本当に弱いね」
どうやら俺の回答は間違えていたようで、彼女は俺に向けて、生徒手帳を投げて来たので、俺は地面に落とさないようにキャッチした。
「私の名前は、
俺に自分の生徒手帳を投げ渡してきたと言う事は、中を見てもいいと言う事なので、遠慮なく拝見させてもらうと、名前は香月だった。
「私を彼女にしたかったら、私に勝つことだよ」
自分の名前を明かして、彼女は先にバスの中に乗り込んだ。
だが、俺の望みが絶たれた訳ではない。また勝負してくれるというのなら、明日俺が勝負に勝てば、香月は付き合ってくれると言う事だ。
今回の勝敗は、俺の負け。だが、今回はいきなり勝負を挑まれて動転してしまったから、本気が出せなかっただけだ。明日こそは、俺が勝って、香月は俺と付き合ってもらおう。
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