技術部と、私の先輩
※1話の後輩視点です。
私の先輩は、本当にしょうがない人だ。
***
とある高校の部室棟。その2階の一番奥の部屋は、技術部の部室が存在する。
技術部の「技術」とは、主に電気回路やコンピュータ等の電気・情報技術の事を指していて、部員たちは日々ゲームプログラミングや電子工作などの活動をしている。
私は高校に入学してすぐにこの部の部員になった。5人しかいない小さな部活だけれど、部員は皆真面目に活動していて、雰囲気の良いところだと思う。
今日も私は、技術部の活動のために部室のドアを開ける。
技術部の部室はだいたい散らかっていて、入部してからまだ一度も整理整頓された部屋を見ていない。床に置かれた段ボール箱には様々な機材が突っ込まれていて、本棚には技術書や漫画が雑多に並べられている。
そんな部屋の中で、技術部の2年生である林涼先輩は、ノートパソコンに向かって作業をしていた。
「こんにちは」
「……おぉ」
取り合えず挨拶をしてみるが、林先輩は気のない返事をするだけで、作業の手を緩めない。
作業をしている姿をよく見れば、表情は険しく、目は血走っていて一心不乱にキーボードを叩いている。
どうやら、修羅場の真っ最中らしい。
私は、心の中でだけ小さく溜息をつく。
おそらく、明日に控えた文化祭のために、何か作業をしているのだろう。確か、ゲームを作ると言っていたはずだ。明日が展示本番なのに、今日のギリギリまで間に合わせるために作業をしているのだと思う。疲れきった姿を見るに、昨日は寝ていないのかもしれない。
先輩は、いつもこうだ。私の知る限りでも、2月に一度くらいはこんな感じで修羅場に突入している。
先輩は別に、サボリ癖とか怠け癖がある訳ではない。部で何かを作る時は目標やスケジュールをきちんと立てて、そこそこ真面目に作業をしている。けれど、いつもなんらかの理由で締め切りギリギリまで制作物が完成しないのだ。
計画性が無いというのとはちょっと違っていて、良くわからない人だ。いったい、今回はどうして修羅場に突入することになったのだろう。
「……」
まぁでも、とりあえずは。
「先輩、コーヒー飲みますか?」
先輩はピタっと体の動きを止めて、少しだけ視線を上げて私の方を見た。
「飲む……」
「了解です」
絞り出すような先輩の声がちょっと面白くて、心の中だけでクスっと笑った。顔に出したりは、絶対にしないけれど。
部室には電気ケトルが置いてあるので、インスタントコーヒーやカップ麺を作って食べることができる。戸棚には部員のマグカップもしまってあって、そこから私と先輩のものを取り出す。
10分後。お湯が沸いて、コーヒーが完成する。
私は、二つのカップを持って、こぼさないようにゆっくり机まで運び、一つを先輩の前にそっと置いた。
「どうぞ」
「あぁ、ありがとうな」
「いえいえ、ついでですから」
私が飲みたかったからついでに淹れただけ。それに、頑張って作業してる人にちょっとくらい優しくしてあげでも、罰は当たらないかなと思ったのだ。
先輩は時折コーヒーを飲みつつ、作業を続ける。疲れているだろうから、ちょっと砂糖を多めに入れてみた。眉間の皺が少しでも取れれば良いのだけど。
しかし先輩は、コーヒーを飲みながらも一心にPCを睨めつけて、休むことなく作業を続けている。
私はそんな先輩の反対側に座って、参考書を読む。タイトルは「分散型バージョン管理システムについて」。
「……」
別に、先輩のことがそんなに気になる訳じゃない。気になる訳じゃないけど、無視してほっとくのも居心地が悪い。
ちょっと、話しかけてみよう。
「先輩。作業、順調ですか?」
……うーん、言葉びを間違えたかもしれない。何て聞こうか迷ってつい言ったけれど、明らかに修羅場な先輩にこの質問は良くなかった。
案の定、先輩は血走った目を私に向ける。
「……順調そうに見えるか?」
「全く見えませんね」
「そのとおりだ」
「昨日から、徹夜で作業をしている顔に見えます」
「……そのとおりです」
先輩はガックリとうなだれた。
やっぱり、徹夜だったのか。先輩は、締め切り近くになると毎度のように徹夜するのだ。時計を見ると、今は午後の5時。明日が文化祭の本番な訳だから、もう本当に時間がない。
他にも色々と話を聞いてみると、どうして修羅場に突入しているのか、理由が分かった。
……本当に、しょうがないなぁ。
いつも、こんな感じで無理をしてしまう先輩なのだ。当然のように徹夜して、栄養ドリンクを何本も飲んで。まだ若いからって、無茶を繰り返すのは良くないと思う。
修羅場することになった理由だって、ちょっとどうかと思う。「締め切り直前に新機能を追加しようとして、バグ発生」とは。
先輩は普段はしっかりしているのに、ゲーム作りや自分の好きなことになると、ハメを外して調子に乗ってしまうところがあると思う。エイヤッっと行動する前に、もう少し先を予想してほしい。
……でも、まぁ。
林先輩だからしょうがないのだろう。
先輩は、かなり面倒見の良い人だと思う。今回の修羅場も、もしクラスの人からの頼みを断っていれば、きっとゲーム開発は十分に間に合っていたんじゃないだろうか?
誰かのために一生懸命になって、つい無茶をしてしまう人なのだ。
私が技術部に入部した時もそうだ。
入部した時にはほとんどプログラミングの事なんて分からなかった私が、今年の文化祭で自分で作ったゲームを展示できるのは、間違いなく先輩のおかげだろう。理解力があまり高くない私に、根気よく付き合って教えてくれた。
凄く、感謝しているのだ。……直接口に出して言うのは恥ずかしいけれど、尊敬もしている。
それでも心配なのは変わらないので、無茶をしているのを見ると、つい口うるさいことを言ってしまう。
「無茶は体に悪いですよ。それで、明日までには間に合いそうなんですか?」
もし本当に完成がギリギリなのであれば、明日の展示準備などは、先輩の分まで私がやっておいてもいいかもしれない。
後輩として、そのくらいは先輩のためにしてあげても良いかもしれない。
しかし、先輩の返事は予想外なものだった。
「いや、ゲーム自体はもう完成してるんだよ。デバッグも大体やったし」
「え?」
ん? 意味が良く、わからない。
「でも、着弾時のエフェクトをもうちょいカッコ良くしたくてさ……そこの改良を、ほんの少し、ちょびっとだけ」
「先輩……」
「いや、だってここを変えればもっと良くなるからさ! やりたくなっちゃったんだもん!」
……前言撤回だ。この先輩はクラス展示の手伝いをしなくても、こんな感じで結局修羅場を迎えていたかもしれない。
「完成とは……。別にいいですけれど、程々にした方がいいですよ。明日倒れて展示に参加できないとかは辞めてください」
「分かってるよ。午前中にちょっとは仮眠とったんだぞ。それに今日は徹夜しないようにする」
先輩は自信ありげに返事をするが、私は全く信用できなかった。
……本当に、先輩はしょうがない人だ。
後輩と過ごす、技術部の青春 たけたけ @take_no_bamboo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます