後輩と過ごす、技術部の青春

たけたけ

後輩と過ごす、技術部の青春

関東のとある県のとある高校の部室棟。その2階の一番奥の部屋は、技術部の部室が存在する。


 部屋の中は雑然としており、壁の棚には様々な機材らしきものが突っ込まれており、本棚には技術書から漫画まで、様々なものがギッシリ詰め込まれている。


 その部屋の中央の長机で、現在2年生の技術部部員である林涼は、PCのモニターを睨みつけていた。


 目は血走り、髪の毛はボサボサで、30分に一度は「あ”あ”あ”あ”!!」と奇声を上げる始末である。


 そんな近寄りがたい場所と化した部室に、現在1年生の技術部部員である里中弓美は入ってきた。


「こんにちは」


「……おぉ」


 里中が挨拶をすると林はチラッとだけ視線を向けて、おざなりな返事をする。そしてすぐにまたモニターと睨めっこを始めた。


 里中は林を暫く見つめて、少しだけ悩んだ後に話かけることにした。


「先輩、コーヒー飲みますか」


 林はピタッと体の動きを止めたあと、少しだけ視線を上げる。


「飲む……」


「了解です」


 里中は電気ケトルに水道から水を汲んできて、お湯を沸かし始める。ケトルのスイッチを入れると、棚からマグカップとスティックタイプのインスタントコーヒーを2つずつ取り出す。


 暫くして湯が沸くと、里中は粉末を入れた紙コップにお湯を注ぐ。インスタントコーヒーの完成だ。


 カップを机に運び、一つを林の前に置く。


「どうぞ」


「あぁ、ありがとうな」


「いえいえ、ついでですから」


 そう言って里中はカップを持って林の対面の席に座り、鞄から参考書を取り出して読み始めた。


 しばらくの間、静かな時間が部室に流れる。里中はふと、流石に奇声を上げるのは控えるようになった林を見て声をかける。


「作業、順調ですか?」


 林は血走った目を里中に向ける。


「……順調そうに見えるか?」


「全く見えませんね」


「そのとおりだ」


「昨日から、徹夜で作業をしている顔に見えます」


「……そのとおりです」


 林は里中に指摘されてうなだれる。


 現在林は、明日の文化祭で展示する予定のゲーム制作を行っていた。技術部では毎年文化祭で部員の製作したゲームを展示しており、林もまた技術部の一員としてシューティングゲームを作っているのだ。


 現在時刻は午後5時。文化祭前日、最後の追い込み作業の最中なのであった。


「里中は、もう完成したのか?」


 目線はPCに向けて作業を続けながらも、林は里中に質問した。


「はい。私の分は一昨日の内に完成しました。テストプレイでも問題はなかったので、おそらく明日は大丈夫だと思います」


 いつもクールな後輩は、当たり前のことのように答える。


 この後輩は今年の4月に入部してきて、最初はプログラミングについて全くの初心者だった。だが真面目で努力家だった里中は、林や他の部員に教わりながらもどんどん自分で学び、ついには文化祭用に一つゲームを作り上げたらしい。


 林は入部時から先輩としてプログラミングを教えていたので、その成長が嬉しかった。入部したての頃、開発環境のインストールから教えていたことが懐かしい。


 だが今の林にとって立派な後輩の姿は、喜びだけでなくプレッシャーと厳しい現実を与えるものでもあった。


「先輩。どうして、夏休みの時間のあるうちにやっておかなかったんですか?」


 里中は宿題が終わらない子供を叱る母親みたいなことを言う。


「夏休みの前半は、クラス展示を手伝っていたんだよ。扉を通過した人数を光センサーで検知して、LEDで作った小さな電光掲示板に来店人数を表示するやつ」


 技術部ではゲームプログラミング以外にも電子工作など、それぞれ部員が好きなことに取り組んでいる。その経験が役にたった。


「でも前に部室で、それはすぐに終わった、楽勝だぜ!って言ってませんでしたか?」


 そんなこと言っただろうか。楽勝ではなかったけれど、完成が嬉しくてつい調子に乗ってしまったのかもしれない。


「いや、まぁ、色々大変なこともあったんだよ。それに言い訳するわけじゃないが、実はこのゲームだって5日前には殆ど完成してたんだぞ」


「そうなのですか? それなら今はどうしてそんなに修羅場っているのですか?」


「いや、完成させたつもりだったんだよ。でも、途中のステージがなんかもの足りなくて」


「はい」


「敵の出現数を10倍にしたんだ」


「えぇ……」


「そしたら、キャラがカクつくようになって……」


「あぁ……」


「当たり判定の処理のせいだってのはすぐ分かったけどさ。そこを改良しようと思って、本読んで書き直し始めたんだよ。そしたら、バグって中々上手くいかなくて……」


「焦って改良してバグ発生なんて、テンプレのような失敗をしますね、先輩は」


「悪かったな!」


 この後輩は基本的に真面目で努力家で、優しくて良い後輩なのだが、ちょっぴり毒舌なのが玉に瑕だ。冗談で毒舌を言えるくらい、心を開いてくれているのだと思いたい。


「無茶は体に悪いですよ。それで、明日までには間に合いそうなんですか?」


 里中は、中々厳しいことを質問する。


「いや、ゲーム自体はもう完成してるんだよ。デバッグも大体やったし」


「え?」


 昨日の夜、やっとバグが解決して改良した部分が動くようになった。通しでのデバッグ時間が少ないのが不安ではあるが、バックアップは作業が進む度に残しているので、最悪の場合は改良する前の時点に巻き戻せば良い。


「でも、着弾時のエフェクトをもうちょいカッコ良くしたくてさ……そこの改良を、ほんの少し、ちょびっとだけ」


「先輩……」


「いや、だってここを変えればもっと良くなるからさ! やりたくなっちゃったんだもん!」


「完成とは……。別にいいですけれど、程々にした方がいいですよ。明日倒れて展示に参加できないとかは辞めてください」


「分かってるよ。午前中にちょっとは仮眠とったんだぞ。それに今日は徹夜しないようにする」


 林は胸をはって答える。里中は、ちょっと信用できないなぁという顔をしていた。


 会話が終わったので林は作業に戻る。コーヒーを飲み終えたらしい里中は、カップを片付けると席に戻って、今度はノートPCを取り出して電源を入れた。


「まだ作業するのか?」


 気になって、林は里中に聞いてみる。


「折角なので、開始時のタイトルエフェクトをちょっと改良しようかと思いまして……」


「……別にいいけれど、程々にしときなよ?」


「先輩に言われたくはないです」



***


 お互いに自分の作業に集中する時間が流れて、気づいたらもう日が沈むころになっていた。


「先輩、私はそろそろ帰ろうと思いますが、夕飯にラーメンでも食べに行きませんか?」


 里中が不意にそんなことを言ってくる。おそらく、駅前にある我が高の生徒御用達のラーメン屋のことだろう。確かに、腹は減っている。


「いや、でも俺はまだ作業残ってるのだけれど」


「お腹が空いていたら、作業効率悪いですよ。エネルギーを補給しないと。先輩のことだから、きっとお昼はパンをちょっとで済ませたんでしょう?」


 その通りだった。


「うーん、それはそうかもだけれど」


 林は、里中の誘いに迷う。いや、だがここで作業を辞めて夕飯を食べに行っては、もう一度作業を始めるやる気はなくなってしまうかもしれない。ここは、集中して作業を続けなければ。


「里中。残念だけれど……」


「駅前のラーメン屋。今日はサービス日なのでチャーシュートッピング無料です」


「……」


 店の醤油ラーメンの味を思い出して、腹の虫が鳴る。


「……行こうか」


「それがいいです」


 まぁ、あとの作業は家に帰ってからやっても間に合うだろう。


 林はPCをスリープ状態にして片付けると、二人で一緒に部室を後にした。

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