カラスと蛇とナメクジと?



 辰彦は祭壇の間から海を眺めながら耳をすませていた。


 いつもは漁に出る船に付いて行ったり、繋がれている桟橋や村の方にいたりする鳥達が、何かに怯えて神宮の杜に来ているのだ。何をそんなに気にしているのか、さすがの辰彦にも鳥の気持ちは分からないだけに観察しているらしい。


 その様子に柊仁も気付いているのか、彼の隣に並んで同じ方向を見た。


「鳥がこんなに集まって来ている理由は何だろう。普段はあんまり見ないよね。」


「村から上がって来たのは間違い無いでしょう。」


 柊仁は木下達が神事を執り行っている筈の村の方を見た。


「水琴窟に閉じ込められていた何かが出て来たのかな。」


 その言葉に辰彦は、嫌味ともとれる程の笑顔を返して来た。


「楽天的ですね。若君は木下宮司のを信じていらっしゃるようだ。」


「だってそうだろう。この間の話に出て来た頭の上に群れる気味の悪い大きな鳥は、きっと鳶とかカラスだよ。彼等は水琴窟からそいつが出て来ない様に精一杯威嚇していたみたいじゃないか。」


「私もそうだと思いました。意見が合いますね。」


「そいつは元々鳥を食べる側のモノで、彼等の恐怖の対象なんだ。」


 そう言ってから、柊仁は辰彦が反論して来るのか見たが、彼は否定も肯定もせず、どうぞ続けて、と言った。


「奇妙な音がしていたと村長は言っていた。ザラザラとかゴロゴロ? 僕は大きな蛇かなと思ったんだけど。それなら鳥達が大騒ぎするのも分かる。」


「あいつらは餌の取り合いでも大騒ぎになりますけどね。」


「弱った蛇は鳥達の餌にもなる。」


「それが世のならいです。私も大きな蛇の可能性が有ると思っています。でも、今のこの状況はそれに留まらない何かが起こっていると推測出来ますね。もし、長い間水琴窟に閉じ籠っていた蛇が出て来たなら、弱っている今の内に寄って集って食べてしまおうとするでしょう。それ以上の何か鳥が嫌がるモノが湧いたとかでなければ、納得が行かないですね。」


「なるほど……鳥が食べたがらないモノって事だよね……」


「ナメクジとか。」


「でも、それって……あの生き物はそんなに強くないと思うけど。」


「あのネバネバしたやつを好んで食すモノはあまりいないかと。」


「そっか。この辺だと大きなやつもいそうだしね。」


「ヤマナメクジと言うやつです。あれは大きいですからね。ここは海からの風が吹くのでいませんが、谷合の村では普通に見られるでしょう。」


 趣の有る蹲の下のジメジメとした場所に、場違いな様に偶然居合わせたやや大きめのヌメヌメの集団と大蛇、そしてそれをけん制するカラスの群れ。世間で言われるのとは少々違う三すくみの均衡が崩れた図を想像して、二人は溜息を吐いた。


 と……階下で何か騒がしい音がし始めていた。

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