第27話 週末のバイト
今週末もバイトが入っている。
貧乏暇なしとはよく言ったもので、休む暇もないくらい働いているのに身入りは少ない。
金があれば暇も作れる、つまり時間は買えるということだ。
俺には、そんな金はない。
あれば週末までバイトなんかやりはしない。
バイト先のホテルに向かって車を走らせる。
清掃員なんて底辺バイトをやるヤツは、どこか変わり者が多い。
定年して暇つぶしに来ている老人、割と裕福な家の奥さん、旦那がカスで低学歴の奥さん、中には、なんでこんな美人が?という人もいる。
そして僕のように平日はサラリーマン、安月給の補填に顔出しをしなくていいバイトを転々とする底辺とか…。
今日は、午後から風呂掃除だ。
コレが暑くて汚くて、やりたくない仕事なのだ。
皆、やりたくないから週末だけ来る僕にやらせることになっている。
誰もいない大浴場の窓から海で遊ぶ連中が目に入る。
自分がとても惨めに思えるのだ。
「死ねばいいのに…」
泊りに来る客も、遊んでいる連中も…ヒマつぶしに来てロクに働かない奴も、皆死ねばいい。
「なんで自分だけ…こんなに働かないとならないんだ…」
バイトに来ると、本当に人を殺したくなる。
部屋を汚す客、その場に客がいたら間違いなく蹴り殺すだろう。
もし透明になれたなら、例えば机に酒を零した瞬間に殺すだろう、喫煙所以外で煙草を咥えた瞬間に殺す。
窓ガラスに素手で触った瞬間に殺す…ベッドを動かしたら殺す…ゴミをゴミ箱に入れなければ殺す、髪の毛1本床に落としたら殺す…殺す…殺す…殺す…。
ずっと、そんなことを考えている。
もっとも透明になったくらいでは、それだけの人を殺すだけでも疲れてしまう…。
「じゃあ…疲れない方法で殺してみるかい?」
誰もいないはずの大浴場で排水溝の掃除をしていた僕に話しかけた男。
「今は入浴時間じゃないんで、迷惑なので出て行ってください」
「風呂に入りに来たわけじゃないよ…殺意に呼ばれてね、面白いね…髪の毛を落としたら殺すかクククッ…実にいい」
楽し気に笑うスーツの男。
「何言ってんだ、早く出て行ってくださいよ…でないと…」
そう僕は常に殺意を持て余している。
自分で解っているんだ、キッカケがあれば…僕は人を殺すだろう。
「実にいい、キミの殺意、実に心地いい、その殺意を満たしてやろうか?」
「あっ!?」
止められそうになかった、いや止める気も無かった。
僕はスーツの男の横っ面に排水溝の金属蓋を叩きつけて腹を蹴った。
倒れた男の顔を思い切り踏み抜いた。
大きく息を吐きだして…
(人を殺すなんて大したことないな幾度も想像していたより呆気ない)
「ククク…そうさ、大したことないだろう?」
男が横たわったまま笑った。
「なんだ、まだ生きてるのか?」
「オマエに決めたよ…力をやろう、俺より上手く使えそうだ…オマエを雇うよ、一人殺せば1万やろう…いいバイトだろ」
明確な殺意を向ければ対象者を殺せる…目を閉じれば意識を好きな場所へ飛ばせる。
飛んだ意識は殺意を持つと黒い影となって実体化する。
黒い影は俺の思い通りに動かせる…つまり実体化した影で人を殺す…
軽い殺意ではダメだ、強い殺意が必要だ。
バイト先のホテルは1週間しないうちに廃業した。
人が毎晩、何人も惨殺されるのだ…当然だ。
「今週は30万…たったコレだけか…」
楽じゃないバイトの割に身入りは少ない。
終末のバイトも楽じゃない…。
「誰に殺意を向ければいいのか…探さなきゃ…探さなきゃ…」
今週も俺は探している、自分の殺意を掻き立てる対象を…。
ENIGMA 桜雪 @sakurayuki
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