第26話 疚しきもの

 雪が積もる田舎道、中古の軽自動車じゃ軽いのか車体が上下に跳ねる。

 パートの帰り道、40を過ぎて独身、派遣で仕事を転々として、気づけば派遣の仕事すら回してもらえなくなっていた。

 2か月前から始めた清掃員の仕事、40過ぎのおばさんでも若いと扱ってくれるパート採用がやっとだった。

 いつまでたっても時給の生活、抜け出せる気がしない。

 前の車をなぞる様にボーッと運転していた。

「あっ…」

 前を走っていた車がスリップして脇道へ落ちた。

「えっ?」

 私は車を止めて落ちた車の窓を叩く。

「大丈夫ですか?」

 返事はない。

 ドアに手を掛けると鍵は掛かってなかったのかガコッとドアが開く。

 ハンドルに俯せている中年の男性、ポタリポタリと血がハンドルを伝って落ちていく、どうやらシートベルトはしていなかったらしい、思い切り顔をハンドルにぶつけたうようだった。

 意識はなく、正直、死んでいるのでは?とも思った。

 ソレを確認しようと声を掛けなかったのは、助手席に置かれていた安いエコバッグ、ソレに詰められていた札束。

 何束か零れ落ちている。


 車に戻って、アクセルを踏んだ。

 助手席には、エコバッグが置かれていた…。

「大丈夫…大丈夫…」

 言い聞かせるように呟いて私はアクセルを強めに踏んでいた、逃げるように…。


 周りを見る余裕などなかった…そして…気づけばミニパトが後ろに張り付いている。

「大丈夫…大丈夫…」


 ……

「5号車…応答せよ…繰り返す、5号車応答せよ」

「はい…こちら5号車…です…」

「どこを走っている‼ コースを大きく外れているぞ‼」

 交通課に配属されて1か月、私は一人でパトカーに乗っている。

 通常は2人で乗るのが原則なのだが…町長の家に上司を迎えに行くだけだということで地方警察の緩やかなローカルルールで一人で行くことになったのだ。

 そして慣れない道に雪が積もって、気づけば田んぼ道を走っているようだった。

 ナビが古くて最近できた道が入ってないのがいけないのだ。

「迷った…」

 そう思いながら迷走しているところに車が横切った。

「アレに付いて行けば街まで戻れる」

 私は、前を走る軽自動車に付いていくことにしたのだ。

 が…当然、あちら側では迎えには来ないし…確認すれば、まぁ変なところを走っているのだろう…当然のように無線が入る。

「あの…その…不審車両を追跡してます…」

 思わず嘘を吐いてしまった。

 いやギリギリ嘘ではない。

 実際に不審車両かどうかは私の気持ち次第だから…。

「なに? 位置は確認している…ナンバーは?」

「はい?」

「オマエが追跡している車のナンバーだ‼」

「はい…え~と…」

(K市…は・4715)

 ハッキリ見えるが

「いえ…雪で確認できません」

 また嘘を吐いた。

 前の車の人に迷惑を掛けたくなかったのだ。

「職質は許可できない」

「はい」

 当然だ、私は一人なのだ、複数人が相手だった場合コチラが危険だ。

「何か変化があれば連絡しろ、ナンバーを確認忘れるな、そのまま追跡だけ許可する」

「はい」

 とりあえず私は迷子という窮地を凌ぎ、今は追跡という任務を与えられたのだ。


 ……

「なんで…付いてくるの?」

 バレた…当然だ、行き当たりで金を盗んだのだ。

 どうみても普通の金じゃない、そう思ったから、こんな大胆な事をしてしまった。

 色々と現実離れした状況で少しおかしくなっていたのだ。

 冷静になって初めて、事の重大さに気づいた。

(とんでもないことをしでかした…)

 事故車の通報があったのかもしれない、運転手は死んでいなかったのかも…いや死んでいたとしたら、もっとヤバイ状況になってるんじゃ…

 真っすぐ、アパートには戻れない…


 ……

「なんか…どんどん山の方へ向かってるんじゃない?」

 軽自動車は、街から遠ざかっている。

「ホントに怪しく思えてきた…」

 かれこれ、追跡と言い放ってから40分が過ぎようとしている。

「ちょっと…飽きてきた」

 軽自動車が角を曲がる

「ん?」

 女性が一人…だ…

「よし…」

 深呼吸して…

「前の車停まりなさい」

 言ってみたかったー‼

 言ってやったー‼


 ……

「えっ…ヤバイ…」

 遂に停車させられる…どうする?逃げるか?ナンバーは…逃げ切れるわけがない…

 私はエコバックを助手席の足元へ押し込んだ。

 ハザードを出して車を停める。


 ……

「行くぞ…」

 腰の警棒に手をかけ車から降りる。

「行くぞ…」

 長いこと追跡していたせいなのだろうが、もう私は完全に不審車両と決めつけていた。

 近づくと、窓が開いた。


 ……

「何か?」

 私は婦人警官と目を合わせることができなかった。

「職質です…随分と走ってらっしゃいましたけど、どちらへ?」

「えぇ…その…越してきたばかりで、その迷ってしまって…」

「そうですか…私も…いや、天候も悪いですし、この先は冬は通行止めになってますよ」

「そうなんですか…知りませんでした…迷ったついでに…いや雪が珍しくて、つい」

「失礼ですけど、ご職業は?」

「あの…越してきたばかりで、これから探そうかと…」

「そうなんですか…見つかるといいですね…ちょっと車内を見せてもらえませんか?、簡単でいいので」

「えっ…」

 視線が助手席に向いた。

「あっ、そのエコバッグ…」

「えっ…」

 少し間を置いて…

「素敵ですね…お買い物の帰りですか?」

「いえ…まぁ…はい…」

「どこで?」

「えっ…その…あの…スーパーで…」

「スーパー? 街からコッチに?」

「いや…隣のN市から…こっちに…」

「へぇ~N市からですか…大丈夫なんですか?」

「えっ?」

「いや…冷凍食品とか?暖房の真下だし…」

「あぁ…冷凍食品は…買ってませんから…」

「そうですか…」

 しばしの間が空いて…

「あっ…私…そろそろ…いいでしょうか?」

「あぁ…あぁ…そうですね…ありがとうございました、あっ…もしよければ」

「えぇ…」

「街まで案内しましょうか?」

「いえ…大丈夫です…一人で帰れますから」

「いや…迷ってらしたみたいだし」

「えぇ…まぁ…」

「遠慮なさらずに…付いてきてください」

「はい…」


 ……

 パトカーに戻って後悔した。

「職質って…何聞いていいか解らない…間が怖かった~」

 バックミラーには軽自動車が付いてくる。

「で…どうしよう…私も迷子なんだけど…」


 ……

「なんとか…なったのかな?」

 付いて行っていいのだろうか? まさか誘導されているんじゃ?

 そっと離れたほうがいいのだろうか…。

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