第30話 Epiloge ~新米隊員テティス~

 フライトから数十時間後。テティスを乗せた飛行機は、無事にボルチモア・ワシントン空港に着陸しようとしていた。


 流石の長旅で疲れたのだろう。窓際のテティスは、刀を抱えたまま舟を漕いでいた。

 だが、その視界の隅にきらりと瞬くものに気が付き、眠い目を擦りながら目を覚ます。

「わぁ……!」

 覗き込んだ窓の先には、光の洪水が広がっていた。

 夜のネオンがアメリカの街を彩る。まるで地上の星のように瞬くアメリカの夜景に、テティスは窓にへばりつく様にそれを眺めていた。

 しばらくすると夜景はどんどん近づいていき、規則正しく並べられた光――飛行機を誘導する為の新入灯が現れた。

 

 暗闇を進む飛行機が道を見失わないよう点々と設置された光に、テティスは何故か“あの時”を思い出した。

 荒夜の手を取り、「周りをよく見ろ」と言われた時に視界に飛び込んできた無数の光――あれは、自分が迷わないようにルミが導いてくれていたのではないかと、漠然とだがテティスはそんな気がした。

 あと数十分で空港に着く。早く着かないかな、とテティスは空港で待つ人たちに思いを馳せた。


 

 一方のボルチモア・ワシントン空港の到着ロビーでは、テティスを迎えに来たルミとアイシェがいた。

 季節はハロウィンという事もあって、ルミの衣装は唐紅色の外套と翡翠色のワンピースではなく、オレンジと黒を基調としたハロウィンを彷彿とさせる服に着替えていた。

「……来ましたね」

 テティスの姿を見つけたアイシェが、嬉しそうにルミに囁く。

テティスもルミたちの姿を見つけると、大きく手を振りながら一直線に駆けて来た。


「――ルミ! アイシェ!」

 銀髪の少女が屈んだルミの胸に飛び込んでくる。今まで親戚もいなかったルミにとって出迎えも親愛も込めたハグも初体験だったため、少し虚を突かれた。

「長旅お疲れ様でした。テティス」

 その微笑ましい光景に、アイシェもつい口元が緩んでしまう。

「あのね、あのね。ルミ」

 ルミを抱きしめたまま、テティスはルミに話しかける。

「飛行機が空港に着いたときに、沢山の光が飛行機を導いてたの」

「沢山の光……? それは、新入灯の事かい?」

 ルミが尋ねると、少女はこくりと頷く。

「それね……まるで、ルミみたいだなって」

 その言葉に、ルミは驚いたように目を見開く。

「ルミって、沢山の光を出すでしょ? 私を助けてくれた時も、沢山の光で皆んなを照らしてくれて……」

 その言葉に、ルミはジャナフの言葉を思い出していた。


――旅をする者たちなら、星は案内役だ。


「あの時すごく怖かったのに、ルミの光を見つけたらすごく安心したの」


 その光はまるで旅人を照らす星のようで――あるいは夜の海を照らす灯台のようで。


「……そうかい?」

 テティスの話を聞きながら、ルミの口元には穏やかな笑みが広がっていた。

「うん。ルミの光を見ると、何だか安心する」

「星みたいだから、かい?」

 穏やかに微笑みながら、ルミは小さな手を取り歩き出す。

「星……う~ん、似てるけど……」

 ちょっとだけ違うかな、とテティスは首を捻りながら考える。


「もっと眩しくて……何だか、灯台みたい」


 湊が言ってたんだけどね、と依然と比べて遥かに饒舌になったテティスの口は止まらない。

「夜の海にはね、灯台が必要なんだって。だからルミの光は星みたいだけど、灯台みたい」


 星も灯台も、自分が行くべき道を見失わないようにする為のものだ。


 朗らかに笑う少女を見つめながら、何の縁だろうとルミは微笑む。

 自分がかつて所属していた組織から生まれた少女が、巡り巡って自分と共に道を歩むとは。


 過去の傷はまだ癒えたわけではない。だがこの少女と歩む事で、自分の本当にやりたい事が、見つかるかもしれない。


 あ、といきなり立ち止まると、テティスは改めてルミとアイシェに向き直る。

「これからよろしくお願いします」

 ぺこりと頭を下げたテティスに、ルミとアイシェは目を瞬かせる。

 その律儀な対応は誰から教わったのだろか。二人は顔を見合わせ、くすりと笑った。

 ルミは少女に手を差し伸べる。

「こちらこそ、これからよろしく」

 彼女が海ならば、自分は彼女の行く先を照らす星となろう。

「テティス」


 海には、灯が必要なのだから。

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エレウシスの秘儀 〜the novel〜 ライチ @raichi142

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