【邪眼】が【神眼】に成るまで 後編



「…おい、待て。【神眼しんがん】だと?」


 何も見えない視界の中で、耳に届いた言葉を復唱する。恐らく今の俺は酷く間の抜けた顔をしているのかもしれないが、今はそんな事どうでもよい。芥は俺の異能、【邪視】という単語の後に否定を入れた。否定して、聞きなれない単語を突っ込んできたのだ。

 こいつは何を知っている? 俺ですら知りえない、俺の【異能】について。

「あー、その様子じゃあやっぱ知らなかったんすね自分の異能が邪視だけじゃ無い事。まぁそれもそうか。知ってたら…あんな無謀なやり方で異神教のトップに挑まないだろうし」

「おい勿体ぶるんじゃねぇよ。なんなんだ、【神眼】って」

「―――そうっすね。じゃあ、説明することの順序を変えましょうか。

 …栗花落さん、そもそも【異能】ってなんなのか。人間に【異能】が現れ始めたそのルーツって知ってます?」



 ――――【異能】。


 それは、自分が物心ついたときにはこの世界に当たり前に存在して、それが目覚める人間と、異能を得られない代わりに【科学力】に秀でた才能を目覚めさせる者がいる。そして生涯に異能も、科学の才能も目覚めずに終わる者達だっている事も。

 【異能】は、はっきり言ってしまえばそいつだけが持つ特殊能力、と例えるのが妥当かもしれない。例えば、単純なものであれば炎を自在に発生させることが出来るとか。 同じ炎関連の異能でも、単純に炎を操るやつと爆発を操る異能は違う。

その辺りで、たとえ微々たる違いでも唯一性が出てくる。全く同一の異能を持つ者は、存在しないとされる。

「…ぶっちゃけ、俺というか特務課全体でさえ【異能】がいつからこの世界に存在し始めたのかは分かんねーっす」

「てめぇも知らねぇんじゃねぇかよ」

「知るはずないじゃないっすか。だって、この世界――この街のっすよ」

 芥の溜息が聞こえてくる。だが、妙に引っ掛かるのはこいつの言い方だ。

まるで、いつから異能がこの世界に蔓延し始めたかの時期こそは分からないが――

「特務課――が知ってるのは、【異能】の起源ルーツっすから」

 ………今、俺の目の前のこいつはきっと。 きっと、笑っているのだろう。

どうしてそう思うのかは分からない。実際に芥が笑っているのかもわからない。ただただ気味が悪い。自分の知らない何かを――ましてやが、自分の異能に関わる事だというのだから余計に。

「さっき勿体ぶるなって言われましたし、俺の知る事お話しちゃうっすね。本当は、こういうのは黒谷さんに頼むのがいいんすけど」

「いい加減にしろ。前置きが長ぇんだよてめぇは」



「先に答えを言っちゃうと、アンタの持つ【邪視】…それが起源なんすよ」



 ――――は?

今度こそ間抜けな声が出た。 俺の【邪視】が起源? 全ての異能の元祖だとこいつは言っているのか?

「正確にはじゃないんすけどね。ただ、アンタの持ってる異能が全ての異能の起源だと、考えるんす。さっきは起源だって言い切っちゃいましたけど」

「さっきお前は俺の異能が【邪視】だけじゃないみたいな事言ってたな。ソレが関係してんのか」

「流石、察しは早いっすね。その通りっす」



 ――昔、まだこの世界に異能という概念も、科学という概念も存在しない程に前。それこそ、神や妖怪の類が信じられていた時代。

【神眼】と呼ばれる目を持つ女が生まれたらしい。瞳の形が違う訳でも目玉が三つあるわけでもない。見惚れるようなものでも、汚らわしいと思うものでもない。いたって普通の、なんてことの無い目だったという。

 その目で怪我人を見て「治したい」と願えば、瞬く間にその怪我は治癒した。

その目で事故を目の当たりにして、その惨事から目を背けたいと願えば、そもそも事故がなかったものになる。 時としては、目を合わせた人間の死を予言した。目を合わせた人間の心を読んだ。

 病に倒れ息絶えた恋人に縋って泣き、その涙が冷たい頬に堕ちた瞬間。恋人は――息を吹き返した。

傷を癒し、時間を巻き戻し、人の未来を予言し、死者を生き返らせる。人々は、その目を持った女を「神の使い」「神の目を持っている」と崇め、敬ったのだという。

「今はもう形も無くなった小さな部落の間で語り継がれる、民間伝承っす」

「……その話を聞く限りじゃ、俺のこの目とは正反対だな」

「そうっすね。でもこの伝承には続きがあるんすよ」

 【神眼】――人々に求められ、その目はやがて私利私欲の為に使われるようになった。持ち主の女が拒んでも、拒んでも人の手は、人の欲は彼女の目を求めて争った。

常識を逸脱したその力は誰もが欲しがった。見知った顔を殺してまで彼女を、彼女の目を欲した。

 神とは、神の力とは信仰心があるべくして働くもの。信仰なき神は消滅するしかなく、信仰者の欲に染まった力は――呪いとなる。

「……単純に信仰心がなくなったからなのか、それとも女性の悲しみからなのか。その目はやがて、奇跡の力を失ってしまった」

 神の力を無くした目は、ただの瞳。それで済めば、その女性は人々の欲の矛先から外れただの人として生きられる。……それなら、良かったのだが。

「人々は女を責めました。神に見捨てられたのだと。堕落したのだと、掌を返して女を責め、神の力を取り戻せるように清めると称して拷問にかけた。嘆く女の叫びと悲しみは怨嗟となり、別なものを目覚めさせてしまったんす」

「――…それが【邪視】か」

「ご名答っす。…人の欲に汚れ、所有者の怨嗟と憎悪で満たされた【神眼】は瞬く間に見る者全てを呪い殺す邪悪な眼差しに成り果てた」

 邪視の呪いは人を呪い殺すだけでなく、様々な怪奇現象や大災害を引き起こした。やがて人々は、その邪視に抵抗する為に祈りや札などの浄化方法を取るようになり、それが現代でいう魔除けの類へと発展してきた。

「俺の異能の起源は分かった。だがそれだけだ、全ての異能の起源ってのはどういう事だ?」

「神眼すら最初はなんの偶然かで生まれた特異な体質だったんす。それが邪視へと成り果てた。そして人々はそれに対抗すべく魔除けや浄化の術を身に着けてきた…それは、今でも同じっす」

「まさか、邪視に対抗する手段として生まれた魔除けやらの手段、その延長線上が異能だって言いてぇのか?」

 芥が少し笑ったように息を吐いた。その通りだと言うように。

「厳密には、異能のルーツと言うよりは技学者の【科学力】のルーツと言うべきかもしれないっすけどね。栗花落さんのその解釈は」

「…だったらなんだよ」

「神眼が現れて、邪視となった。その民間伝承が出来上がって以降…現れるようになったんす、が」

 魔除けや浄化の術を、物に頼らずその体一つで行える者。怪奇に耐性を持つ者、など。まるで、神眼か邪視か――その力にあてられて目覚めたかのように。


 これが、【異能】の起源であり。

【神眼】【邪視】が異能そのもののルーツであると推測される理由。


「伝承ってのは割と、悪い話の方が有名になりやすいもんなんで。【神眼】を知らない人が多いのはしゃーないんすよ」

「――…おい待て、その話で行くと【神眼】と【邪視】は、ってことになんのか…!?」

「え? ああ、そうっすね。栗花落さんがそれに気づいていない、自身の異能の力を知り尽くしていない故に使えなかったってだけで、同一の異能っす」

 こいつは。

コイツは本当にさらりと衝撃の事実をぬかしやがる。つまり自分が知りもしなかった、その【神眼】…奇跡と呼ばれる力を使えるのだとしたら。

 ―――覚悟は、決めないわけがないじゃないか。

「ただし神眼ってのはマジのチート級だと思うんすよ。故に、【邪視】とは比べ物にならないデメリットや負荷はかかる事が想像できる。そうほいほい使えるモンでもないし――使い方を誤れば、邪視以上の惨事を引き起こす」

「…………」





「…………さて。ここで栗花落さんに聞きます」








 貴方はこれから、どうしますか?













********




「…俺、たまに思うんすけど。異能と科学って、どっちが強いんすかねぇ?」


「君はどちらだと思うんだい?」


「えー…。そうっすねぇ、科学っすかね」


「ほう、それはどうして?」


「だって異能は、それ以上の成長がないじゃないっすか。デメリットを克服することも出来ない。けど科学はいくらでも修正できるし、成長する。異能のデータを取っちゃえばその対策なんてヨユーっすもんねぇ」


「ふふ、ふふふふ。その通りだよ。その通りなんだ。異能とは神が与えた力。科学とは――人間が、神の力に対抗するために編み出した技術。人間は貪欲に上を行こうとする。自身の方が優れているのだと、ふふ、支配されぬようにと、ね」


「……教祖様楽しそうっすねぇ」


「楽しいよ、とても。あの男が私を殺さなかったのも予想外だった。そして、【神眼】は【邪視】の子が持っていたなんて。イレギュラーだ、想定が外れるなんて楽しい以外の何物でもない。

異術者リバースといい、【神眼の使徒】といいあの男は本当に良いものを拾ってくれるね」


「科学が異能ふたつ拾ってくるんすもんねー。いつか、亀裂は割れるかなぁ?」


「正解にたどり着けない限りは割れるだろうね、いつか。あの男は辿り着くかもしれないけれど――それも楽しみにさせてもらおうか」








【邪視】が【神眼】に至るまで 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【Magic×Cyber 短編】 獅柴 @leon9883

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る