合成寿司

「それで、何だ、その話というのは」

「はい。ですが、その前に、まずはこちらの寿司を食べてみて頂けませんか。マグロ、エビ、サーモンの3点です」

「まあ、いいが……」

「…どうですか、お味のほうは」

「おいしいといえばおいしいが、どうも何も、至って普通だな。マグロの赤身が若干黒っぽいのが気になったが、それ以外は特に特徴が無い。うちの競争店のものか何かか?」

「いえ、確かにそっくりではありますが、違います」

「違うのか。ちょっと待て、それに作ったとはどういう事だ。君がこれを握ったという事か?」

「いえ、確かに私は製作には携わりましたが、直接握ったりはしていません。」

「どういう事だ。さっぱり分からん、順を追って説明してくれないか」

「分かりました。最初から説明していきましょう。」

「…まず、最近の寿司には頻繁に代用魚が使われているというのは、あなたもご存知でしょう。エンガワはオヒョウ、ネギトロはアカマンボウ…。そこで、私は考えました。」

「私は長年寿司屋をやってるんだ、それぐらいは知って……や、すると、さっき私が食べたのは代用魚だったのか」

「いえ、これにはまだ続きがあるんです。」

「続き?」

「はい。私はそれを受けて、次の段階へ踏み出せないかと思索したのです。つまり、魚自体を使わずに、原料から人工的にネタを合成できないかと。」

「嘘だ、ありえない」

「しかし、現に気づかずに食べたでしょう」

「す、すると、あれは本物の魚ですらなかったということか。全く気が付かなかった…」

「味、香り、見た目、食感、全ての面で本物に劣ってはいけない。いや、むしろ本物を超えてやる。その意気込みでずっと続けてきました。最終的には非常に複雑で生産にも手間のかかるものになってしまいましたが、運良く優秀な科学者も研究に参加してくれて、やっと先日完成したんです」

「…なるほど、話は分かった。しかし、それで私にどうしろというんだ」

「単刀直入に言うと、あなたの寿司屋で、この合成寿司を客に売ってほしいのです」

「そ、それは無理だ」

「何故です」

「そんな事がバレたら、私の評判は地に落ちることになる。店もやっていけなくなる」

「大丈夫です。20年以上寿司屋を営んできたあなたの舌でも見分けられなかったのですから。精密機械で解析でもされなければ、まず間違いなく発覚することはありません」

「…」

「まあ、抵抗があるのはよく分かります。じっくり考えてみて下さい。私はいつでも待っておりますから」

「………ああ。先代から店を受け継いで、時代に合わせて変わらなければならないのか、どうなのか…」

「こちら連絡先の紙も渡しておきます。その気になったらぜひ連絡して下さい。」

「ありがとう。」

「では、私はこれで…」

「最初は混乱したが、色々考えさせてくれて良かった。…ところで、」

「はい、なんでしょう」

「この寿司を出す場合、一貫あたり幾らぐらいになるのかね」

「そうですね。……原料の仕入れ代、原料の加工と寿司ネタ製造にかかる人件費、それに研究開発費の分もありますから、それを計算すると……」

「すると?」

「一貫あたり、およそ2800円ほどでしょうか」

「なるほど。この紙は返すよ」

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