第7話:2人の答え
寝ているのか、それとも起きているのかわからないが、身体の自由が利かない。夢見心地のような、ぼーっとした感覚がずっと続いている気がする。
なんだか窮屈だった。
「…」
かすかに、誰かが話しているのが聞こえた。声色から察するに、喧嘩か何かのようだ。
「…!?」
直後、ピリッとした嫌な刺激が走り、轟音とともに
水は目を覚ました。
すぐ目の前に、油が浮いていた。
あんなに探していた油が、すぐ目の前にいる。しかも、どういうわけか雨粒ほどの小さな姿で。
安心したような、かわいいようなで、水は思わず笑みをこぼした。
きょとんと浮いていた油も、水に気がついたのか、くすくす笑っている。
ふと気になって自分を見回すと、水自身も油と同じようなサイズに縮んでいた。
ガラス、水滴、油滴、プラズマ、火柱、紙片、様々な物質が飛び散っている。そんな物々に囲まれ、もはや芸術的・幻想的な空間と化した爆風の中、二人は優雅に飛んでいた。すべての光景がスローどころか、止まっているようにさえ見えた。おまけに、うるさすぎるからか何なのか、静寂と呼んでいいほどの静けさが二人を包みこんでいる。
キラキラと光を反射する破片・残骸の塵のなかに、二人だけのゆったりした空間が出現していた。
油がおずおずと何かを言った。だが音は聞こえない。水は注意深く油の口の動きを観察する。
――なんだか、ゆっくりですね。
特に面白いことでも何でもないのだが、水はおかしくなって、笑いながら言葉を返した。
――えぇ、とてもゆっくりね。
一滴程の大きさしかなかった二人は、爆風にあおられ、さらに小さく飛び散り始めていた。
油は少し、表情を変え言いにくそうにこう言った。
――なんだか…一緒な感じがしません?
確かに。違う物質同士であるはずなのに、同じ空間で同じ感覚を共有している心地がする。水は同意を示すべく、頷いた。
二人は一滴の半分以下のサイズにまで小さくなり、拡散を続ける。
――変な話ですけど、僕、水さんと混じってみたいな~って前々から思ってて。あ、変な意味じゃないですよ?こう、化学的に混ざらないからこそ、混ざったらどうなるんだろうっていう知的好奇心で…あはは…
焦ったような早口に、水はついつい笑みをこぼしてしまう。目の前に浮かぶこの人は、なんと愛くるしいのだろう。
二人は100近い飛沫となって、お互いにごちゃごちゃと重なり合うほどまでに飛散し、細かくなっていた。
――大丈夫ですよ。私も似たようなこと考えたことありますから。今の状況、混じってるとは違うんですけど、一体感というか…確かにつながってるっていう感じが、私はすごくします。
水の言葉に油はうんうんと力強くうなずき、照れるように笑った。その愛嬌につられて、水も笑みが止まらない。
この時間がずっと続けばいいのに。そう水は思った。きっと油もそう思っているに違いない。周囲に飛び散る小さな小さな、いくつもの油のしぶきから、おなじ気持ちを感じ取れるような気がした。微粒子ほどに小さくなっている分、気持ちを感じ取れるほどの距離にまで近づいているということかもしれない。
水は、
今幸せです。申し訳ないほどに。
という気持ちを強く念じた。
油はそのおびただしい数の粒子をぷるぷる震わせる。
僕も今、とても幸せです。有難いことに。
そんな気持ちが伝わってきた気がした。
水は、油に負けない勢いで全粒子、全分子が喜びに打ち震えるのを感じた。
――水素爆発は、近くにいた者すべてを巻き込み、その激しさによって近くにあったありとあらゆるものを砕き飛ばした。
辺りには破片と消し炭が残骸の山を築いている。爆発前の姿がわかる物々はほとんど認められず、
焦げた紙切れやガラスの破片、
あとは、
一滴の水に浮いた小さな油輪くらいだったという。
水と油の恋物語 八咫鑑 @yatanokagami
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