第29話 なんで全部わさび味?
「……いらっしゃい」
「お邪魔します。家、綺麗ね」
「……それほどでも?」
道下と岩須が家に来た約24時間後。
俺の家に現れた神籐さんに、俺は家の玄関で出迎えた。
昨日の騒動で家の場所は忘れずに覚えていたらしい神籐さんは、一時ピッタリに家のインターホンを鳴らしてきた。
「じゃあ……とりあえず、上がって」
制服ではなく、私服の神籐さんは、膝丈のスカートを揺らしながら靴を脱いで家に上がる。
家に女子を呼んだことなんてないからか、さりげない仕草が気になっている俺がいる。
別に、私服の神籐さんと会うのは初めてではないんだけどな。
ただ、男友達を呼ぶ時でさえ緊張したんだから女子相手にこうなるのも普通と言えば普通か。
とにかく、今は神籐さんを部屋まで誘導しなければいけない。
「ふーっ……」
昨日の電話で、結果的に神籐さんを家に侵入させることは許してしまったけど、大事なのはここからだからな……。
ここで今日、家が偽物であることや、両親に関する嘘が疑われるようなことがあれば、昨日栖原から授かった作戦は全てパーだ。
今日の午前、偽家の準備中には「なんで神籐さんのために……」と少し投げやりな気持ちになったりもしていたけど、昨日の道下と岩須よりも今日は慎重にいかなければ。
とりあえず、話しさえできれば神籐さんの機嫌を損ねることはほぼないんだから――
「靴箱、何も入れてないの?」
「神籐さん!?」
なんで突然シューズボックス開けてるの!?
あれ? 人の家のシューズボックスってそんな「ウェーイ何も入ってなーい」みたいなノリで開けられる場所だっけ? 神籐さんがおかしいだけ?
「いや……丁度片付けてたみたいでさ……」
「ふーん」
「ところで……なんで急に?」
「ごめん、気になったから」
ごめんと言いつつ、神籐さんは全く反省した様子はない。
目を離したらその瞬間にまたやりそうな雰囲気だ。
――というか、たった今気づいたけど、何だか、今日の神籐さんはいつもより笑顔が多い気がする。
オノマトペで表すならウキウキとかキラキラとかゴゴゴゴとかそういう感じ。
要約すると危険そうな感じが滲み出てる。
「うん……ま、まあ、親はいないんだけど、あんまり見られたくないから、入るのは俺の部屋だけにしてほしいんだけど」
「わかったわかった」
ほら今もわかってない返事の代表格みたいな返事してるもん。
とにかく今は、目を離さず部屋まで連れていくしかない。
「じゃあ、部屋二階だから……」
「…………」
「神籐さん?」
「え? うん。二階でしょ」
大丈夫かなこの人。
「知ってる知ってる」みたいな感じで頷いた神籐さんは、一応俺の後ろについてくる形で階段を上がってくる。
ただ、その最中、階段になんて何もないのに異様にキョロキョロするから俺は気が気じゃなかった。
神籐さんには一体何が見えているんだろうか。
「この部屋」
「うん」
それから、一応何事もなく部屋に招き入れ、そそくさと扉を閉めたところで、俺はようやく一息つくことができた。
部屋の中は良くも悪くも見られるものがないおかげで、神籐さんとの対話に集中できる。
さて、まず何をするかだけど――
「クローゼット、全然使ってないんだ」
「神籐さん!?」
今俺の後ろにいなかった!?
一体何が起こってるんだ……? なんで神籐さんは収納があったら一瞬でそこを開けるんだ……? 趣味か……?
「いや……趣味関係の、物とかしまってて……」
「漫画とか?」
「まあ……」
そう言いながら、神籐さんはクローゼットの中にある漫画やラノベを覗いている。
それ挿絵がえっちだから開くのはやめてほしいな。
「……もういい?」
「うん」
満足したら素直になる仕様なのか、子供のように頷いて神籐さんはクローゼットを閉める。
はぁ……もうHPの半分が削られた気がする。
これは神籐さんが帰るまで保つのか。そもそも神籐さんがいつ帰るつもりなのか知らないけど。
ただ、俺の中では、これをやったら今日は終わりだろう、というのははっきりしている。
「ふー……じゃあ、勉強、しようか」
「ん?」
「ん?」
まるで俺がおかしなことを言ってるかのような目で見てくる神籐さん。
あれ、勉強会だよね? 数日後のテストに向けての勉強会のために来たんだよね?
「ごめん、私何も持ってきてないから勉強は――」
「大丈夫大丈夫全部準備してあるから」
「でもノートは自分のノートに書いて家でも確認したいから――」
「あげるよノートなら一冊くらい」
バチバチと俺と神籐さんの視線の間で火花が散る。
さっきまでの様子だと神籐さんはこの家の探索でもしたかったんだろうけどそうはさせるものか。
神籐さんは勉強会と言って家に入ろうとしたんだから、そこは存分に利用させてもらう。
家に入った時点で神籐さんは自分の勝ちだと思っているかもしれないけど、そうじゃない。ここでちゃんと勉強会をするならそれは俺の勝ちだ。負けの中の勝ちだ。
だから俺はこの勝負絶対に折れな――あ、見つめ合ってるみたいで恥ずかしいなこれ。
「ま、まあ……準備なら整ってるから、手紙通り勉強会をするってことで」
「……わかった」
俺が折れないと悟ったのか、渋々といった感じで神籐さんは頷く。
YOU WIN。
よし、今日は時間一杯勉強会をさせてもらうことにしよう。
じゃあ準備を、
「あ、でもお菓子とかは――……」
「……?」
――あった方がいいかな、と思ったんだけど……俺が下に行ったら、絶対何かされるよな。部屋に。
「うぅぅぅぅん……」
いやでも、家に来てくれたクラスメートをもてなさないわけには……。わけには……。
「……神籐さん、ここに座って大人しくしててほしいんだけど」
「私のこと子供扱いしてない?」
「まあ」
だって家に入ってからずっと子供っぽいし。
「とりあえずすぐ戻ってくるから……大人しくしててもらえる?」
「わかってる」
そのわかってるが、わかってないの意なのか本当にわかってるの意なのかは測りかねたけど、これ以上長引かせるわけにはいかなかったから俺は最速で慣れない階段を下りていった。
部屋を出てフェイントを掛けてすぐ部屋に戻ることも考えたけど、ここは神籐さんを信じておく。
「栖原! もてなすためのお菓子を!」
「どうぞ」
「助かる!」
三袋くらいお菓子を胸に抱えて、また慣れない階段を全速力で駆け上がっていく。
時間としては三十秒も掛かっていないはずだ。
これなら神籐さんもさすがに――
「神籐さん!?」
「なに?」
「あ、何も見てない」
絶対引き出し開けてると思って叫びながら入ってきたのに。
大人しくしてと言ったら言いつけは守るんだろうか。偉い。
「えー……と、お菓子もいるかなと思って」
「ああ、ありがとう……でも」
そう言いながら、神籐さんは俺の持っているお菓子を指差す。
「なんで全部わさび味?」
「……わーお」
どうやら、栖原は意外といたずら好きらしかった。
◇◆◇◆◇
勉強の前に一袋開けようとなり、わさび味のお菓子も結構美味しいことを知った後、俺達は早速教科書とノートを取り出して勉強会を始めることになった。
ここにある本と言えば漫画かラノベと教科書くらいだけど、中間テストの範囲をおさらいするだけなら教科書で充分だろう。
「どの教科がいい?」
「優太郎は何がいい?」
「……俺は苦手なのを教えたいかな」
「じゃあ国語」
「苦手なんだ」
「比較的得意だから」
もう教える気がなくなってくるんだけどどうしたらいい?
いやまあ、最初から神籐さんに勉強する気がないのはわかっていたことだけど。
どうせやるなら中間テストに役立つようにとかさ、そういう気持ちでさ。うん、無理か。
別に得意だから完璧というわけじゃないだろうし、普通に教えていこう。
椅子に座った神籐さんを、机の横から観察する態勢に入る。
「じゃー……まず覚えてなさそうなところからいくけど」
「優太郎はやらないの?」
「え?」
「勉強会なら二人とも勉強するものじゃない?」
……あ、そっか。
俺別に教師役に頼まれたわけじゃないんだった。
いやそうだよな。何故か完全に教える気だったけど同学年なんだから一方通行で教えるだけの勉強会はおかしいよな。
いや、成績次第ではおかしくないのかもしれないけど、俺はあくまでただのオタクなので。特に頭は良くない設定なので。
「……うん、俺も、やろう」
自分のノートを取り出して、よいしょ、と俺も勉強机の右半分にお邪魔する。
ただ、初めて気づいたんだけど、意外なことに一般的な勉強机というものは一人用らしく、二人で使うと狭い。というか近い。めっちゃ近い。
学校で女子の隣の席に座ることはあるけど、それとはわけが違う。俺が立っているのもあって、近くにある神籐さんの髪がめちゃくちゃ綺麗に見える。美容師視点VRみたいな感じ。
隣で座ってる神籐さんもそれは感じてるはずだけど、向こうは特に文句も言わず固まってる。
自分で家に来た手前言いにくいのかもしれないけど、さすがにこの距離はダメな気がする。俺の男は皆狼センサーがそう言ってる。
「……俺床でやろうかな」
「へっ……なんで?」
「いや……」
「邪魔になるし」――と言おうと思ったんだけど、神籐さんが振り向いたことで、その至近距離で目が合う。
「………………」
――俺は百合が好きだ俺は百合が好きだ俺は百合が好きだ俺は百合が好きだ俺は百合が好きだ俺は百合が好きだ俺は百合が好きだ俺は百合が好きだ俺は百合が好きだ。
「…………――ふー」
……危ない。何がとは言わないけど、危なかった。
えー……なんだっけ。俺が床でやるって言ったらなんでか聞かれたんだっけ。
「えーと、ほら、近いし、邪魔だし……」
「……優太郎が床でやるなら私もそうするけど」
「えぇ?」
「どっちがいい?」
至って真面目な顔で神籐さんは聞いてくる。
そこまでして机で二人でやりたいんだろうか。
……だとしたらどういう理由だ? 俺が勉強できるのか確かめたいとか?
いや、もっと自然に考えると、神籐さんのいつもの「話したいから」の延長で――だけどそれは――
「どっちがいい?」
「……まあ、そんなに膝立ちさせたいなら、机でやるけど」
「うん。その方が教えやすいでしょ?」
いつもの快活な笑顔じゃなく、少し照れたような笑みで神籐さんは言う。
それから俺は言われた通り、机の右半分にしゃがんでシャーペンを持つ。
至近距離に感じる神籐さんの気配と、少し顔を傾ければ見える楽しそうな神籐さんの横顔。
――それを直視しないようにしながら、俺は机の真ん中に置いた教科書を開き、勉強を始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます