第27話 ここ、優太郎の家なの?
俺の住んでいる家は、高校から徒歩十数分のところにある一軒家だ。
外壁は最近塗装された綺麗な白。
屋根は黒い三角屋根で、コントラストがいいねってよく言われる。
一階にはリビング、浴室、キッチン、トイレ、あと、両親の部屋。
基本的に家族は一階で過ごしていて、皆でよく話しながらテレビを見てる。
そして、玄関にある階段から二階に上がってすぐ左側にあるのが俺の部屋。
ベッドと机とテレビがポツンと置いてあるように見えるけど、これは最近急いで片付けただけ。
クローゼットの中に、本がまとめておいてあるんだ。
ゲーム機も大体そこに。
ただ、机の引き出しは見ないでくれよ。恥ずかしいから。
ベッドの下も同じくNGだ。
それさえ守ればあとは何も言うことはない。
じゃあ、あとは暗くなるまでパーティーしよう。――この光永家で。
「よし…………!」
この家についてまとめた設定に改めて目を通し、俺は拳を握る。
何回見ても完璧だ。ここが俺の家でないなど疑う余地もない。
「失礼します。一応、文房具類もあった方が自然かと」
「おお! そうだな!」
そう言って、栖原は俺の机(偽)に文房具を乗せて去っていく。
この家では栖原だけが執事となる。
――一応説明すると、俺が今いるこの家は我が家ではない。
俺が父さんに事情を話し、使わせてもらっている住宅街の一戸建てだ。
前々から、(普通の)家に人を呼びたいという悩みは父さんとの雑談の中で何度か言っていて、その準備は実は少し前にはできていた。
ただ、偽の家を自分の家だと言う演技が必須ということもあって、本当に友達を呼ぶかは迷っていたんだけど――岩須と道下に来てくれと言ってから二日が経った休日の今日、二人は本当にこの家に遊びに来ることになった。
――と、そこまでは良かったんだけど、実は二日前時点ではこの家の中は何もない状態だったから、この二日は結構大変だった。
何とか最低限部屋にあるべきものは揃えたし、家から漫画とラノベは持ってきたものの、部屋の中はかなりボリューム不足だ。
ちなみに机の引き出しとベッドの下を見られたくないのは何もないからだったりする。
「頑張るぞ……」
それでも、友達を家に呼べるなんて一大イベント、楽しまないわけにはいかない。
一階にスタンバっている栖原とは通信機も繋いでいつでも席を外せば相談できる状態だし、家の設定もその栖原と一緒に練ってきた。失敗する気はさらさらない。
家に二人が来たらまずお菓子とジュースを出して、その上で新品の絨毯を引いた床でくつろいでもらって、一緒に漫画やアニメを見ながら過ごすんだもん。
あ~……早く来ないかなぁ~……いやまだ準備できるところもあるなぁ~、引き出しにHな本とか入れなくて大丈夫かなぁ~……。
なんて考えながらさらに手を加えるべきか悩んでいると、机の上に置いておいたスマホの画面が明るくなる。
画面を見ると『言われたところまで来たでごわすよー』という岩須からのLINEが。
「栖原! 今から迎えに行ってくる!」
『お気をつけて』
「家のことは頼んだ!」
頼まれても栖原も困るだけだろうけど、個人的にまだこの部屋に不安が残っていたから、栖原が何とかしてくれることを願って俺は靴を履いて外に出た。
時刻は11時55分。
待ち合わせ場所は時間稼ぎも兼ねて、ここから三分ほどで着くコンビニにしてある。
計六分しか猶予がないんじゃ栖原も何もできないかもしれないけど、これ以上遠くしたら俺が迷うから仕方がない。
家に帰ろうとして迷うところを友達に見られたら俺は一生立ち直れなくなってしまう。
そうして、三分掛けて待ち合わせ場所のコンビニまで歩くと、白と青の横ボーダーのシャツを着た岩須がコンビニの外で待っていた。
何か買い物してたのか、手にはここのコンビニのレジ袋を持っている。
「お待たせ」
「おー、遅いでごわすよ」
「ごめんごめん……あー、道下は?」
「今多分レジでごわす。何も持ってきてなかったごわすから、お菓子くらい持ってった方がいいって言ったでごわすよ」
「おお……」
思わず感動してしまった。家に人を呼ぶ時はそんな文化があるのか。
何もかもが初体験だ。
「あ、優太郎殿! いやー、遅れて申し訳ないでござる」
「いや、俺も今着いてさ」
「ナイスタイミングでごわすな」
そんな話をしてるうちに、コンビニの中から白と黒の縦ボーダーのシャツを着た道下がやってくる。
外でこうして三人で会うことはあったから、この状態はまだ初体験ではないんだけど、二人がお菓子の入ったレジ袋を持っているだけで高揚している自分がいる。
「じゃあ、行くでごわすか」
「そうでござるなー」
「じゃ、こっちだから」
時間を稼ぎたいならここで雑談をしても良かったんだろうけど、こうなると俺も早く家に二人を招きたい気持ちが強かったから、すぐにコンビニを離れて家の方へ向かう。
コンビニから左に曲がって、三つ目の十字路で左に曲がって、すぐ右に曲がって三軒目の家だ。
昨日コンビニから自宅までの道は散々シミュレートしたから問題ない。
問題が起こる余地があるとすれば、最後に右に曲がったあと左の三軒目なのか右の三軒目なのかをど忘れしてるくらいか。
「……もうすぐ着く」
『では私はキッチンに隠れますので』
「了解」
少し早歩きして二人と距離を取ったところで一応通信も入れておく。
栖原に限って派手なミスはしないとは思うけど、万が一家にいるところを見られた場合の展開を想像したら念には念を入れておかなければ。
どんな言い訳をしたとしてもまず俺のオタク友達はゼロになると思った方がいい。
「えー……あ、こっちこっち。ここここ」
「おー、いい家でござるね!」
「あっ……いや、ごめん反対側だった」
「そこ騙す必要あるでごわすか……?」
「あー、でもいい家でござるね!」
「そうでごわすなー」
という感じで、若干の茶目っ気も入れながら、俺は無事我が家へ二人をナビゲートすることに成功した。
外観は……特に変わってはいないな。当たり前だけど。
「まあ……とりあえず入って入って」
「お邪魔するでごわす」
「お邪魔しますでござる」
扉を開けて中に入ると、そこにはめちゃくちゃ見慣れない自宅の玄関があった。
ただ、一応普通に人が住んでいるようには感じる。
「優太郎の家めっちゃ綺麗でごわすなー」
「えぇ? ああ、まあ、皆掃除好きだから……」
「おお、皆で掃除は凄いでござるな」
「そうそう毎日大掃除でさ……」
あまり家の話はしたくないから、口から出たでまかせは放り投げてさっさと階段を上がっていく。
道下が「大掃除でござるか」と反応していた気がするけど無視する。
この家を自宅だと言い張って住んでみたら嘘が上手くなりそうな気がする。
「階段も綺麗でござるなー」
「優太郎の部屋は二階でごわすか」
「ああ、うん」
ひとまず俺の部屋に入れればそれからはこっちのものだということで、移動中は会話もそこそこに、俺は二階に上がってすぐ右の扉を即座に開ける。
「……と見せかけて左の部屋なんだけどさ?」
そして即座に閉めた。
「さっきから何のフェイントでごわすか?」
「いや……緊張シテテ……」
気を取り直して左の扉を開けると、俺の望んだ通りの部屋が現れる。
ベッド、机、テレビ、そして部屋の中央にちっちゃいテーブル。
想定外の家具の登場に俺はそのテーブルに足の小指をぶつけた。
「てぃー――――……!」
「おー! めっちゃ部屋綺麗でござるなー!」
「準備なんていらないくらい綺麗でごわすよ!」
「ソ、ソウ……? アリガトウ……」
俺の表情は苦悶に満ちていたかもしれないけど、喜んでもらえたなら何よりだ。
「というかテレビ大きいでござるな!」
「おいどんの部屋の三倍はあるでごわすよ」
「ああ、皆と見るならこのくらいがいいかなって」
「この日のために買ったでござるか!?」
「いや冗談冗談冗談!」
「冗談が自然過ぎてびっくりしたでごわすよ」
俺も本当のこと言う時だけスラスラ口が動いてびっくりしてる。
制御しきれないもん。
「それにしても……凄い綺麗にしてるでごわすなークローゼットに閉まってるでごわすか?」
「ああ、クローゼットは、まあ……」
一応それっぽい物が入ってるからいいんだけど。
「勉強とかどこでしてるでござるか? 机も整理整頓が凄いでござるが」
「いや、机はNGなんだ」
「え?」
「机はNGなんだ」
二回言っても二人には伝わっていない。
どうやら俺は伝え方を間違えたらしい。
「え、ガチのやつでごわすか?」
「ガチのやつで」
「会社の機密事項でもしまってあるみたいでござるな」
「そうなんだ」
「そうなんでござるか!?」
自分で嘘がつけないから乗っかるしかなかった。
ただ、さっきより二人が机から距離を取ったのは確かだった。
「ま、まあ……複雑な事情があるから……そういうことで……」
「大人しくしてるでごわす」
「そうでござるな」
「じゃあ……なんか食べ物とか、取ってくるから」
「あ、別にそこまでしなくても大丈夫でござるよ?」
「いやいやいや……もてなすから待ってて」
せっかく家に来てくれたのに客に何も出さずに帰したら光永家(偽)の名誉に関わる。
何があるかはわからないけど、栖原なら何か一つくらいは用意してくれているはずだ。
ということで、さっき言った通りテーブルを囲んで座って大人しくしてる二人に見送られながら、俺は一人一階に戻っていく。
その間も心臓はバクバクだ。本当にもてなせるのか、さらに言えばちゃんと真っ当に家に呼べているのか、まだずっと心配している。
ただ――キッチンに行くと、そんな不安を払拭するように、栖原が数十個のお菓子をテーブルに広げて待っていた。
「上手くいってますか?」
「……このお菓子、栖原が……?」
「ジュースとコップも用意してありますよ」
「栖原ぁ……!」
この執事がいれば俺はどこまでも行ける気がする。
さっきまでずっと緊張してたのもあって、今感極まってるもん俺。
「お菓子類は選べた方がいいかと思ったので」
「ああ……ちなみにあのテーブルも?」
「そういえば食べる場所を用意し忘れたなと。急いで置いておきました」
「ありがとう……!」
たった六分の間にそれができる栖原が人間なのか俺にはわからないけど、たとえ栖原が妖怪の類だとしても栖原にはひたすら感謝しかない。
小指をぶつけたことなんてもう忘れたさ。
「ちなみに俺、どういうお菓子が普通なのかわからないんだけど……」
「どれでもいいんじゃないですか? この中にある物なら、どれを出しても驚かれはしないと思いますよ」
「……本当?」
「嘘を吐く理由はないので」
「……そうだよな?」
「それに、家に友達を呼ぶのはそこまで大きなことではありませんから」
「……というと?」
「食べさせるものにそこまで気を遣う必要はない、ということです。なので」
「楽しんできたらいいと思いますよ」
栖原にそう言われ、若干頬に涙が伝いそうになる。
そうだ。俺は今せっかく家に友達を呼んで遊ぼうとしてるんだから。
楽しんでこなきゃダメだったな。
「ありがとう栖原」
そうして、俺はありったけのお菓子を掴んで胸に抱えた。
「楽しんでくる!」
それから、俺は家にあるお菓子の量があまりにも多いと引かれながらも、岩須と道下と一緒に友達らしい時間を過ごした。
一緒にアニメを見ながら気持ち悪い反応をしたり、一緒に漫画を見ながら気持ち悪い反応をしたり、一緒にラノベを読みながらHな挿絵に気持ち悪い反応をしたりしていると、時間が過ぎるのはあっという間だと知った。
そんな時間の中で、最初に言っていたような勉強会ができたかというと答えは明白なんだけど、俺としてはずっと遊んでいたかったからそれでいいのではないかと思った。
勉強はどこでもできるけど、誰の視線も気にせず趣味全開ではしゃげるのは、家で遊んでいるから、そしてこの二人と遊んでいるからこそだろう。
「あー!」
「キタキタキター! でごわす!」
「このシーンでござるなぁ!」
「ラストが一番の名シーンでごわすからなぁ!」
「拙者ちょっと黙るでござる!」
「俺も黙るな!」
「じゃあおいどんもでごわす!」
そうして、部屋にいる間ずっと放映していたアニメの十二話目が終わった辺りで、時刻は午後六時になっていた。
「ひゃー……良かったでござるなぁ」
「良かったなぁ……」
「おいどんはもう賢者でごわすよ……」
開けていたカーテンの向こう側は少しずつ暗くなり始めている。
本当は勢いに任せて「まだいこうぜ!」と言いたいけど、ここを逃したら俺はきっとこの家で一晩を過ごしてしまう。
「じゃあ、もうそろそろ片付けて帰るでござるか」
「この大きいテレビが名残惜しいでごわすな」
「小さいテレビには小さいテレビの良さがあるでござるよ」
「そうでごわすな。今度は優太郎もうちに来てほしいでごわす」
「行く行く! また皆で見ような」
「その時は流すのは二期でござるな」
「二期は25話あるでごわすが……」
「朝から集まらないとダメだな」
そんな感じで、ようやく俺の二人の家に行けない呪いも解けて、これからはさらに楽しい高校生活を送ることになりそうだった。
またこの家に来たいと言われた時どうするかはまだ決めていないんだけど、それはまたその時考えようと思う。
とりあえず、二人がこの家から帰るということで、俺は二人が片付けている間に部屋から出て、久しぶりに通信機を触る。
「栖原。今から二人帰るから」
『…………』
「……栖原?」
なんだ。電池切れ?
まあ、最後に通信したのは数時間前だし、電源が切れたりしてるのかもしれない。
もしくは、栖原自身が寝ているか。
あれだけ家のことをやってくれたわけだし、疲れて寝ていても文句は言えないけど。
伝えられないのは不安だけど、多分帰る時は二人とも直接玄関に行ってくれるだろうし。問題はないだろう。
もし通信機が繋がらないだけで起きてたとしても、栖原なら察して上手くやり過ごしてくれそうだし。栖原はそういうスタイリッシュな執事だ。
「じゃあ、残りは俺が片付けとくから」
「ありがとうでござる」
「お邪魔しましたでごわす」
俺が持ってき過ぎたせいでだいぶ余ったお菓子をどう食べきるかは後で考えるとして、今は二人を玄関まで先導する。
最初に来た時は結構緊張していたけど、二人と長時間遊んだおかげで今はきちんとこの家が自宅のように感じる。
気持ちよく二人を我が家から送り出せそうだ。
「じゃ、明後日学校で」
「何なら明日爽太殿の家でもいいでござるが」
「さすがに一週間は準備させてほしいでごわすな……」
「じゃあ一週間後にしよう」
「なら、準備ができ次第伝えるでごわす」
なんて話をしながら、外までは見送るために俺も靴を履いて扉を開ける。
外はまだ街灯がついてないけど、もう少しで真っ暗になるだろうな。
我が家ながら見慣れない景色に踏み出していくと、近隣住民の方が我が家のすぐ前で話をしていた。
近隣住民と言っても数日間限定だから俺はあまり話したくないんだけど――
「…………ん……?」
暗がりの中だったけど、俺は見たことがあるような髪型に違和感を覚えた。
服は執事服ではないものの、あれは栖原だ。
栖原が家の向かい側で誰かと話してる。
……え? ダメじゃね? 二人に見られたらヤバくね?
「……! ……! ……らー! ……はらー!」
伝われー! ダメだ栖原ー! もう少しで来るから―!
ブンブン手を振ってジェスチャーを送ってみるけど、栖原は逃げてくれる様子はない。
ダメだ。いくら関わりがないと言ってもクラスメートがすぐそこにいたら気づかれてしまう。
――ただ、何とか気づかせようと手を振りながら、俺は何となく違和感を覚えていた。
栖原がこういう時に全く気づかないなんてありえない。栖原はこういう時、俺が何かするまでもなく気を利かせる人間だ。俺がここまでして気づかないわけがない。
というか、さっきから栖原はチラチラ俺の方を見ているような。見ている上で、何かを諦めているような。
そういう雰囲気は感じ取れたけど、一体何のことかもわからないし、俺は手を振り続けることしかできない。
そんなジェスチャーを繰り返しているうちに、当然一度閉まった玄関の扉はまた開いてしまうんだけど――
「――――あれ? 優太郎?」
「えっ」
俺が玄関の方を向いて二人の視界を塞ごうとした瞬間、幻聴が後ろの方から聞こえた気がした。
この数週間ですっかり聞き慣れてしまった、俺とよく話したがる女子の声。
ついこの間の断り方のせいで、すっかり俺の心に引っかかっている声。
「…………はい?」
もはや岩須と道下の視界を塞いでどうにかなる問題じゃないことを察して、俺はそろりそろり後ろを向く。
そこにいたのは、暗がりに紛れて気が向かなかった栖原の話し相手のシルエット。
今思えば気が付けなかったことが信じられない、クラスのマドンナ的存在。
「やっぱり。ここ、優太郎の家なの?」
家の前にいたのは、幻覚でもなんでもない、本当の神籐さん。
――そして、数時間前「楽しんできたらいいと思いますよ」と俺を送り出してくれた栖原は、その後ろに立ち、やらかした顔で俺の方を見ていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます