第26話 家に友達呼びたくないんだってよ

 神籐さんに勉強会の断りを入れ、命からがら逃げてきた翌日。


 俺は、何だかいつもよりも不機嫌に見える神籐さんの様子を伺いながら朝の教室で過ごしていた。


 結局昨日は部活後の待ち伏せだったり、LINEで何か言われるようなこともなく、俺は自分の中に逃げた罪悪感みたいなものを抱えながら悶々と過ごすことになってしまった。


 栖原によれば帰宅時のストーカー事情も今はすっかり元通りになったらしいけど、たった今自分の席に座って、話しかけてきている友達二人を無視している神籐さんを見るととても気にしていないとは思えない。


 まあ、今は教室にいる以上、神籐さんは何もしてこないだろうし俺も何かするつもりはないんだけど……


「そうでごわす! おいどんが思うにあの後の展開は――……どうかしたでごわすか優太郎」

「えっ? 何が?」

「おいどんが話してる最中に思いっきり背中向けてたでごわすよ」

「あっ……ごめん、背中が痒くてさ」

「掻いてくれって意味だったんでごわすか今の……?」


 岩須は明らかに困惑してたけど何だかんだ言いつつ背中を掻いてくれる。なんだこれ。


 いや、言わずもがな背中を向けてたのは後ろの誰かを見てたせいなんだけど……素直には言えないし。


「優太郎殿ーどうしたでござるかー? 最近注意散漫でござるよ」

「そうだな……気をつけるでござる」

「別に話に飽きたわけではないでごわすよね?」

「飽きてない飽きてない! 俺も丁度今読んでるし」

「ならいいでごわすが」


 最近はいろいろありすぎて困ってるけど、オタク趣味を蔑ろにしてるつもりは全くない。

 むしろ高校生活に他の要素が多すぎて、最近はより二人との雑談を渇望してるくらいだ。


 ただ、教室だとどうしても他に気になる要素が存在するのが難しいところ。

 部活ならもっと自由に話してるんだけどなー……。


「まあ、優太郎殿は勉強もあるでござるからね」

「ああ……いや、まあそれは別に……」

「他に何かあるでござるか?」

「…………いや、主に勉強かな?」


 もう少しでテストだしね? そういうことにしておいた方が自然だ。

 ただ、テスト前でも勉強量を変えたりはしないから実際には別にそこは負担じゃない。


 そこに「会」という漢字がつくと一気に自分の中で重量が増すけど。


「やっぱり優等生なんでごわすなー」

「いや違う違う……二人もテスト前はやるだろ、勉強」

「おいどんはテスト前日までそういうことは考えないようにしてるでごわす」

「拙者もでござるな」

「あー」


 いいなそれ。高校生っぽくて。今度から俺もそのキャラでいこうかな。


「でも点が取りたくないわけではないでござるよ?」

「最小限の労力でいい点が取りたいんでごわすな」

「なるほどな?」


 俺も今度からそう言うことにしよう。勉強になる。


「それで、優太郎に提案があるでごわすが」

「ん?」

「ああ、そうでござるな」


 別に相談してたわけではなさそうだけど、二人とも言いたいことは同じという雰囲気。


 なんだなんだ。

 ツンデレの話か。ヤンデレの話か。


「今度、優太郎の家で勉強会をするというのはどうでごわ――」

「――――」


 瞬時に岩須の口を塞ぐ。

 ……まだセーフか? まだ――


「そうでござる! 優太郎殿の家でオタク話兼勉強か――」

「――――」


 瞬時に道下の口を塞ぐ。

 三人目が現れるようなら足を使うことになる。


 しかし、一応話は途中で止めた。

 これはセーフか? 今の声量ならまだ――


「はわぁぁぁぁあ……?」


 なんて考えてると、背中の方から物凄い悪寒を感じた。

 寒い。めっちゃ背中が寒い。振り向けない。


 振り向いたら生きて帰れる自信がない。


「な、なにするでごわすかまったく……それで――」

「やめろ岩須……」

「えぇ?」


 岩須はいつもの感じで俺の顔を見る。


 ただ、そこからの表情の変化を見るに、俺の表情は全くいつもの感じではないらしい。それだけは、鏡がなくても俺もわかった。


「――その話は…………後で、しよう…………」



 ◇◆◇◆◇



 放課後。


 部室まで移動しながら、ずっと俺は今の状況について考えていた。


 ちなみに、教室では一時期物凄い悪寒を感じたものの、その後それに関する話題はなかったからか、特に背後から刺されることはなかった。

 そこに関しては二人に感謝しなければいけない。


 それで、問題は家のことなんだけど。


「はぁ……」

「今日はめっちゃため息が多いでごわすな?」

「さながら一人で悩む主人公でござるな」

「いや、うん……」


 そう言われるともっとため息吐きたいとか思っちゃうけども。


 ただ、ため息は吐いてるけど、実はこれは今日始まった悩みではなかったりする。

 家に来たいということは、前から二人からはよく言われていたのだ。


 漫画を貸してあげたいとか皆でアニメを見たいとかそういう話で。


 そして、それに対する解決策は結構前から考えていた。

 今日はそんな前からの提案について改めて言われた、という形だ。


 その時期が悪すぎて俺が必要以上に悩まされているわけなんだけど。


 切り離して考えればいい、と言われればその通りではあるんだけど――


「ケケ、どうした? 三人でノロノロくっついて」

「ああ……こんにちは」


 もう少しで部室に辿り着くところで、上機嫌な部長が後ろからやってくる。

 俺達を見て「BLか?」とか言ってくる時の部長は大体機嫌がいい。


 今日の部長は「オタクボーイズラブだな」と言いながら俺達に並んできた。


「優太郎が家に呼んでくれないって話をしてたでごわす」

「いやっ、岩須さん……?」

「おーおー薄情なやつだなぁ? 本当か光永?」

「えー……」


 面倒くさいオタクに絡まれた。


「……まあ、準備とかがあるので」

「臭くても男同士ならいいだろ」

「いや匂いの話じゃないんですけどね?」


 それなら消臭剤で解決することくらい俺も知ってる。


「じゃあ片付けでごわすか?」

「まあまあまあ……」

「ああ、光永は汚部屋って前言ってたな」

「言ってないですけどね?」


 今日の部長は機嫌が良すぎて手に負えない。


 まあ、片付けの話だと思ってもらっておいた方が都合はいいんだけど、俺の部屋が汚くなったことがないせいでその方向に曲がりきれない自分がいる。

 どんな感じだろうか。汚部屋って。足の踏み場がないは行き過ぎか。


 なんて話しているうちに俺は三人に絡まれたまま部室に足を踏み入れ、安戸さん達と顔を合わせる。

 できれば今は入りたくなかったけど……まあさすがに皆巻き込むことはないか。


「こんにちは」

「ああ、こんにちは……」

「なあ? 女子はどう思う?」

「え?」

「光永の部屋が汚かったら」

「汚くないですけどね!?」


 今日ヤバいぞこの人!?


 普通そこ巻き込むか!? 三人とも困惑しかしてないぞ!?


「えー、汚いってどれくらい? 僕の部屋より?」

「いや汚くはないんだけど」

「わしの部屋より汚かったらダメじゃな」

「いやだから汚くはないんだけど」

「りかっちはどう思う?」


 そこでバトンは安戸さんに移動し、安戸さんは「え、えー……」と困惑の声を上げる。


「え、えーと……歩けたら、私は、大丈夫だと思うよ……?」

「あ、ありがとう……」


 何への感謝なのかは自分でもわからないけど。


「……それで……何の話?」

「光永が家に友達呼びたくないんだってよ」

「ああ、まあ、うん……」


 部屋汚いの前にそれ言えばよかったのに。


 それでも安戸さん達を巻き込む必要が全くないことには変わらないんだけど。

 ただ、友達を家に呼ぶことへの反応は、少し見たい気持ちもあった。


「わしも誰も呼べない部屋じゃから気持ちはわかるな」

「んぇー? それじゃどこで一緒にアニメ見るの?」

「そうでごわす! 会話してるだけじゃもう足りないんでごわすよ!」

「あ、その台詞BLみたい」

「唐突なナマモノはやめるでござる」

「ケケ、堂々とBL見れるのも腐女子の家の特権だからな」


 どうやら部長は江道さんの家で堂々とBLを見ているらしい。

 いや、別にそこは何見てようがいいけど。


「でも、わしの家には呼べんが、アニメ見るだけならえまの家で足りとるんじゃよな。そういう形式でいいんじゃないか? 汚部屋なら」

「汚部屋ではないんだけどね?」

「まあ拙者達の家でもいいんでござるが」

「優太郎は頑なに来ないでごわすから」

「ああ、嫌いなんだな、二人のこと」

「いや違いますけどね……?」


 今日部長と会ってから否定の言葉しか発してない気がするけど。


 いや、でも……違うんだよ。俺だって本当は二人の家に行ったりしたいんだよ。


 だけど、二人の家に行ったら今度は当然俺の家に、となる。

 もしそうならなくても、俺の家には誘わずに二人の家で遊び続けている罪悪感を俺はきっと感じてしまう。


 だから、会った頃からずっと家で遊ぼうとかそういう話はされてたけど、俺はそれを避け続けてた。

 その時によっていろいろな下手くそな嘘を重ねて。


 つまり、神籐さんに言われる前から、俺は家関連の話題からはずっと逃げ続けていたというわけだ。


 それが、今になって大爆発してしまった。


「薄情だなぁ、なあ? 安戸もそう思うだろ?」

「え、えー……私はー……」

「巻き込まないで巻き込まないで!」


 明らかに外から傍観してたんだから! オタクの会話に困ってたんだから!

 今日の部長はさながら誰にでも自分からぶつかっていくヤンキーだ。


 ただ、そんな安戸さんの出番を女子は皆待っていたのか、江道さんと奈良さんと部長の視線は何故か安戸さんに続きを期待している。


「私はー……家の事情もあるし、強要することじゃないと思うけど……」

「……そうでござるなぁ」


 安戸さんがそう話すと、さっきまでと人格が変わったのかうんうん頷く部長。


 俺もその援護は嬉しかった。

 けど、安戸さんは続けて、


「――でも、ダメじゃないなら……家で会えたら、嬉しい……んじゃないかなぁ」


 そう言い、わちゃわちゃ何だか慌てた動きをした後、「あっ……私準備してくるねっ」と部室を出ていってしまった。


「……難しいところでごわすなぁ」

「うーん、でござるなぁ……」

「…………」


 ――と、何だか思わぬところまで話題が広がってしまったけれど。


 実のところ、俺の気持ちは、放課後になった辺りで大体決まっていた。

 どういう解決法で、どう二人の提案を受け入れる・・・・・


 それが、部長の登場によって話すタイミングを失ってしまったけれど――安戸さんのおかげで、場はだいぶ話しやすい空気になった。


「……岩須、道下」

「ん?」

「どうしたでござる?」

「えーと……さ。めっちゃ話した後に言うことになって申し訳ないんだけど」


「もう少しで人を呼べるようになるかもしれないから――準備ができたら、今度、家に遊びに来てほしい」

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