第24話 好きだからじゃないですか?

「ストーカー……?」


 卓球大会を終えた日の夜。


 卓球大会、そして両親への結果報告を終えわりと疲労困憊の俺は、自分の部屋で一つの手紙を眺めながら栖原と話をしていた。


 その雑談は、いつもと比べるとかなり真剣で、衝撃的な話だ。

 疲れなんて吹っ飛ぶくらいに。


「はい」

「……えー……と、神籐さんが?」

「神籐さんとその取り巻きの二人ですね」

「その三人が、俺を?」

「はい」

「ストーカー?」

「はい」

「警察じゃん」

「警察ですね」


 …………警察じゃん?


 そう、俺達は今ちょっとした事件について話をしていた。


 その発端は、今日の夕食で、父親を介して俺に渡された、神籐さんからの手紙。


 内容は『優太郎の家で勉強会がしたい』という、一応父親に見られてもおかしくないようなもの。

 しかし、先生に家の場所を聞き、それが叶わずに先生が届けることになったという手紙が届けられた経緯といい、家への執着がどこまでも見られる手紙となっている。


 そして、そんな手紙が来たならと、話したいことがあるという栖原が俺のもとを訪ねてきたのだ。


 その結果、俺は同級生からストーカー被害を受けていたことをたった今知ることになっている。


 いや……神籐さんがそんなことするなんて未だに信じられないんだけど。

 どう見てもストーカーする側かされる側かで言ったらされる側なのに。


「えー……一応聞くけど、それは本当?」

「一応写真も撮ってありますね」

「ガチじゃん」


 警察じゃん。


 警察に証拠はありますかって聞かれたらありますって言えるやつじゃん。


「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇええ……?」


 すとぉかぁ……?


 そんなことする人……だったのかなぁ? ……まあするかぁ? しそうではあるな。


 だけど、今までは話したい話したい言っていただけだったから、それは唐突過ぎて戸惑ってしまう。


 突然俺の家や親のことに気づいたとか……? いやでも、見当がついてたらこの家はデカすぎてストーカーするまでもなく見つかるからな……。


「ちなみに……いつから?」

「マラソン大会が終わった後辺りですね」

「ああ……」


 わりと前だな。


 俺が卓球の練習してる期間丸々、向こうはストーカーの練習してたってわけか。

 向こうも一回戦敗退だな。


「……でも、だとしたら俺、家知られたかもしれないな」


 一回戦敗退とは言ったものの、俺自体は全然ストーカーに気づかなかったし。


 練習でへとへとになって帰ってたのもあるけど、後ろになんか全く注目してなかった。


 そんな中で無意識にストーカーを撒き続けていた自信は全くない。忍者じゃあるまいし。


「いや、それは大丈夫ですが」

「え、なんで?」

「私が毎回追い払っていたので」

「え、なにそれ」


 すご。かっこいい。惚れそう。


 あれ? 執事ってそんなかっこいい職業だっけ? 俺もなりたいんだけど。


「え、栖原って一般人だよな」

「世間から見れば一般人だと思いますが」

「超能力なしでどうやって戦ったんだ?」

「普通に気をそらしていただけです」

「へー……」


 何気なしに言うところもかっこいい。


 あれ、やばいな。栖原の全てが格好良く見える。


 かっこいい……。


「幸い、毎回一人だったので」

「あー、一日交代でやってた、みたいな感じか」

「そんな感じでしょうね」


 それなら、気をそらすのは一般人でも頑張ればできるか。


 ……だけど、そうなると、やる気のある神籐さんに二人がついていったとかじゃなく、三人とも一人でいる時でも大真面目にストーカーしてたってことになるよな。


 神籐さんだけならまだわかるけど、どういう思考を共有したらそんな協力の仕方ができるんだ……?


 俺の家なんて本人に聞けばいいだろとか考える奴はいなかったのか。


 そんなことのために三人で交代して毎日ストーカーなんて――


「あっ」

「どうかしましたか」

「………………もしかして、栖原が疲れてた理由って?」

「主にこれですね」

「ごめんなさい」

「仕事なので大丈夫です」


 まさか自分の自由気ままな登下校で栖原にそこまで迷惑を掛けているとは思わなかった。というか毎日俺の後ろに栖原がいたことを今知った。


 どうしような……この機に登下校は車に変えようかな……でも登下校するのは栖原も同じだから、結局問題はストーカーなんだよな……。


「…………」


 手元の手紙に視線を落とす。


 家で勉強会……今の話からすると、ストーカーは栖原に阻まれ続けて失敗して、次の作戦としてこの手紙を書き、あわよくば学校から俺の家の情報を抜き出そうという作戦に思い至ったんだろう。


 結果、学校からという作戦も当然失敗しているはず……だけど、手紙が届いた以上、今度は学校でも栖原でもなく俺が対応する番となる。


「……で、どう話せばいいと思う?」

「ああ、警察じゃないんですね」

「え、警察のつもりだった?」


 もしかして栖原の中では警察の方向で話進んでた?


 いやでも、さすがに高校生同士のストーカーに警察は……動いてくれるのか? いや、普通の高校生の場合はわからないけど、俺の場合は動く可能性はあるのか……?


「……でも、クラスに犯罪者は作りたくないし……」

ていよく神籐恋美を排除するチャンスですが」

「いやだから排除とかを求めてるわけじゃ……言うほど体良いか?」


『神籐さんが光永君のストーカーをしていました』ってなったら誰も俺の味方しなくね?


 それで転校とかしちゃったら俺にいろんなダメージが来そうだ。


「いや……だけど、一応未遂だしさ。神籐さんも気が狂ってこんなことしただけだろうから……」


 更生に期待したいところではある。


 一応俺としては、高三の頃には神籐さんとは仲が悪くも良くもないたまに話すクラスメートになっているのが理想図だから。


 今は気が狂って興味を持つ対象を間違えてるだけなんだ彼女は。そうであることが理想なんだ。


「まあ、実際危害は何もないので排除まではいかないと思いますが」

「だろ?」

「脅迫の材料くらいにはなるのでは」

「栖原ってそういうキャラだっけ?」


 あれ? 神籐さんに対しては厳しくないか? ストーカー対策で疲れたことで恨み持っちゃってない?


「いや、まあ……俺はあくまで、平和に話すつもりなんだけどさ」

「その手紙に対してですか」

「まあ、そうだな」


 ストーカー行為に対しては、言及した時点でいろいろなものが崩れる気がする。

 知らなかったことにして、闇に葬り去らないといけない事件だ。これは。


 ……そうなると、本格的に手紙への返答を考えないといけないんだけど、


「手紙に対する返事を考えるには、まず家を知りたがってる理由を探らないと駄目だよな……」


 まずは相手の思考を予想し、そこから対策を立てていく必要があるだろう。

 ……これで成功したことない気がするけど、何もないよりはマシだ。多分。


 まあ、個人的には、家で話すっていうのは学校で話されるよりはある意味マシなわけで、俺のその気持ちを予想した上での行動なのかもしれないな、とは考えたりもしているんだけど――


「好きだからじゃないですか?」

「……んっ?」

「好きだからじゃないですか?」


 笑いながら言っているのかと思ったけど、栖原の顔は至って真面目だった。

 栖原には神籐さんに絡まれてる理由も話してるし、そんな真面目な顔で言われても困るんだけど。


「いや……神籐さんが俺に話しかけてくる理由はそういうのじゃなくてね……?」

「変わってる可能性もあると思いますが」

「えぇー……?」


 ……まあ、マラソン大会の件とかは、凄いラブコメっぽいエピソードだったなと今は思ってるけど。


 死にかけたせいであまり覚えてないのが惜しい。


「まあ、家を探す理由には直接は関係ありませんが」

「……んー、んー……まあ、そうだな?」


 そこに関しては、たとえ興味だろうと好意だろうとほぼ同じだし。知りたいのはその先の理由なわけで。


 ……いや、そこまでわかってるなら余計なこと言わないでほしかったけど。もしそうだったらどうしようとか考えちゃうだろ。男の子なんだから。


「別に、私は理由なんて関係なくはっきり断ってしまえばいいと思いますが」

「……それで犯人を刺激したらどうする?」

「刺激して言いふらすような人間ではないでしょう」

「……まあ、そうか」


 こういう心配は散々してきたけど、結局神籐さんがクラスに俺の悪評をばらまくようなことはなかった。

 俺が学校で話したくないと伝えたら、律儀に学校ではあまり話さないようにしてくれるような一面もある。


 ここまで来ると、ある程度思い切って話をできる相手なんじゃないかという可能性もあるけど――


「まあ、周りの二人がどうかは知りませんが」

「そうだったなぁー……いたなぁー……」


 マラソン大会辺りからなんか怪しかったけど、城市さんと喜多川さん? ……あの二人が今は完全に神籐さんにくっついてるんだよな。

 前から仲は良かったと思うけど、前よりもずっと三人でいるところを見るようになった。


 しかも、栖原によるとストーカーの協力までしているときた。完全に共犯だ。


 うーん……そうなると、あの二人はどこまで知ってて何に協力してるんだ……? 神籐さんが『優太郎に興味がある』とか言ったら、それに協力する気になったのか……? いやならないだろ……謎だな……。


「とりあえず、あの二人がいないところで断る、というのが無難でしょうね」

「ああ……それが一番だな……」

「ええ」


 そう決めたところで、「はっきり断ればいい」派の栖原は、まだ仕事があるらしく残りの作戦会議には参加せず部屋を出ていった。


 細かい作戦をやりたきゃ一人で考えてろということだろう。


 それにしても、同級生に家を探られてるという事実に直面してもあの落ち着きよう、そもそもストーカーすらもその場で対処してしまう栖原の冷静さは素直に羨ましい。


 まあ、俺だから大変なことに感じるだけで、家を探られるという行為に関しては、普通の友達同士なら「家どこ?」で終わるくらい普通なことなんだろうとは思うけど。


「…………考えてはいるんだけどな」


 高校生活を送る間の、俺の家に関しては。


 ……まあ、ただ、この作戦を神籐さん相手に使うことはないだろうしな。


「……明日どう話すか考えるかぁ」

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