第四章
第23話 大好きだもんね
少しだけ、いや結構問題のあったマラソン大会が終わった後。
倒れた日は体がだるかったものの、その後は体調もすっかり良くなった私には、一つの悩みがあった。
「私が聞いた人には特にいなかったね~」
「あたしの方も全然だったなー」
「……そっか」
私の机に集まっているのは、背が大きい金髪、
朝二人に作戦を伝えた後解散して、再び私達が集まったのは昼休み中のこと。
私達はとある情報を得るためにこの時間まで聞き込みをしていたんだけど、残念ながらその情報は得ることはできなかった。
ちなみに、そのとある情報というのは、
「ほんと、誰も知らないよなー。めっちゃ田舎から来たとか?」
「田舎というか、この辺ではなさそうだけどね~」
簡単に言うと、同じクラスの光永優太郎の、家のこと。
さらにその手がかりとなる、中学卒業以前のこと。
そして悩みは、その中学卒業以前の優太郎を知る人が全くいないということだった。
探す前は中学の同級生くらいどこかにいるだろうと思っていたけど、これが本当にいない。聞いたことはあるような、みたいな人もいない。
二人には、優太郎と同じ中学から来た人がいないかこっそり探ってもらっていたんだけど、ほぼ全てのクラスメートに聞いたはずなのに、優太郎の中学校を知る人は見つからなかった。
普通に一人二人は見つかるものだと思っていたから、私も驚いてる。
「ていうかさー、あの二人に聞けばわかるんじゃね? それが駄目だったら本人にさー」
「それは駄目」
「えー? でもそうしないと見つかんないし」
「でもさ〜それでいいんだったら私達が頑張った意味ないよね~」
「あ。たしかに」
姫夏の言う通り、それでいいんだったらわざわざ本人を避けて聞く必要はないし、そもそも事前にあの二人と本人には聞かないよう注意してある。
優太郎は学校では私と話すのを嫌がるから、そのためだ。
……まあ、LINEで聞けばいいのかもしれないけど、この前あまり送らないように言われてしまったし。そう言われる前に聞いておけばよかったと後悔はしてる。
『中学はどこでしたか』……いや、『家はどこにありますか』。……他の質問に混ぜれば、ギリギリ……どうだろ。
「じゃあ、家を知ってる人はいない、か……」
中学の同級生なら、地域も近いだろうし家を知ってる人が少しはいるかと思ったんだけど。
クラスの外まで探せば一人はいるのかもしれないけど、そこまでするのはさすがに怪しいし、クラスには一人もいなかった目当ての人物がクラスの外には何人もいるとは思えない。
たった一人見つけたところでその一人が優太郎と親しい可能性は低いだろうし、この方法で家を探るのは非効率だと思う。
さすがに続ける気にはならない。
となると、次の作戦は……
「でも~家が知りたいなんて大胆だよね~」
「……大胆?」
「大胆でしょ~」
……なんで今更。
私が提案した時はノリノリだったのに。
クラス中を探して疲れたのか、姫夏は私の机に突っ伏しながら雑談を始めようとする。
「まあなー、学校の全部すっ飛ばして家だもんなー」
「……別に、大胆でもないと思うけど」
「いやーあたしにはできないな」
なんだろう、いきなり二人して。
これを嫌味で言われてたらまだ反応のしようがあったけど、里乃は普通に感心して言ってるみたいだから反応に困る。
大胆……? そんなこと言われても――
「いや……………………あぁ」
だけど、ちょっと考えてみたら、別に不思議なことでもなかった。
忘れてたけど、二人と私とでは少し認識に差があるんだった。
私は単純に優太郎と話がしたいだけで、学校以外で話すとして一番効率がいいのは家を訪ねることだと思ったから、それを二人に提案した。それだけ。
でも、二人は私が優太郎のことを好きだと勘違いして私に協力してる。だから、そのせいで家を探す目的を勘違いしてる。きっとそんなところだ。
勘違いさせたのは私だし、別に否定することでもないからそのままにしておくけど。
勝手に妄想でも何でもしてればいい。
「ほんと、大好きだもんね~」
「…………大好き?」
「マラソン大会であんなことあったらなーそりゃなー」
「………………」
……勘違いさせたのは私だし、別に否定することでもない、はずなんだけど。
ただ、今の一連の流れは無性に否定したくなった。
二人は私が優太郎のことを好きだと思っているわけだし、言ってることはおかしくはないけど。
だけど、もし恋をしてるとしても大好きではないだろうし。私がメロメロになってるみたいな言い方は癪に障る。
今の発言は普通に馬鹿にしてそうだし。
……いや。でも、ここで「大好きじゃない」って否定するのは、それはそれで本当に恋をしてる時の反応みたいで嫌だな。
そういう設定なんだから、騙すためにやってもいいのかもしれないけど。……いや、でも。
「…………」
……まあ、どうでもいいか。別に普通にしてても、二人は私が優太郎のことを好きだと勘違いしてくれるんだから。
自然体で二人が協力してくれるなら、そこはどうでもいい気がしてきた。
「……それはどうでもいいけど」
「あ~大好きなのは否定しないんだ~」
「マラソン大会であんなことあったらなー」
「…………」
いや、二人にからかわれることを考えたらどうでもよくないかもしれない。
こういう時は適度に二人の熱を冷ます返答をしないと面倒くさくなるっぽい。
恋バナに関してはこの二人は小学生だと思わないと。
「……大好きではないし、マラソン大会は助けてもらっただけだから」
「でも助けてもらったら何もないことはないと思うけどなー」
「へ〜シロちゃんはマラソン大会に興味津々だね〜」
「だってさー、何もないなんてことないだろー絶対」
「いや……何もなかったけど」
ただ助けてもらっただけで、正真正銘何もなかった。
二人が何を想像してるのかわからないけど、起きた後も普通に話して別れただけだし。
「何もないことはないんじゃないの~? 行動の話じゃなくて、心情みたいな~そういう話でしょ?」
「いや、どんなに言われても――」
「前より気になるな~とかさ」
「…………」
……まあ、前より話したいと思ってるのは確かかもしれない。そこだけは。
家のことを考え始めたのは、マラソン大会が終わった後だし、言われてみれば、何もなかったとは言えない。かもしれない。
こんな些細な違い、何かあったには含めないものだろうけど。
ただ、二人には言えないだけで、私が優太郎と話したいと思っているのは話すことに目的があるだけで、二人が探ってるような変化は全くないのは確かだから――
「んふふふ~」
「…………」
「ひゃへっ!?」
姫夏がニヤニヤ見てた。
ムカついた。
脇をくすぐった。
「ひゃへははははっ!?」
「静かにして」
「へっ!?」
「あはは、脇弱かったんだなー」
一頻りくすぐると、姫夏は机に突っ伏したまま動かなくなる。
こんなのでも協力者だから、一応生かしておく。
二人が静かになったから、ようやく作戦の話ができる。
「――とにかく、手伝ってくれるなら新しい作戦で動くから」
「オッケー」
「ひゃひひ~……」
姫夏は相変わらず動かないけど、聞こえてはいるらしいから、その姫夏の頭に近づくように三人で集まる。
そして口の横に手を当てて、音量を下げてひそひそ話。
今度の作戦は、大声では言えない作戦だから。
「じゃあ、次の作戦は――」
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