第21話 来年も出ようね
「よーし、勝ってこいよお前らー」
開会式が終わった直後。
他の高校は一旦顧問の先生の元に集まっているけど、顧問が観客席から手を振っているこの卓球部はそうもいかない。
ということで、全員真っピンクのユニフォームを着た俺達ピンク集団は部長の一声で散っていく。
「光永君、頑張ってね」
「うん。安戸さんも」
手を振り、善戦を願ってピンクの安戸さん達とも別れる。
男女の差もなく、俺達は全員ピンクのユニフォームを纏っている。
ちなみに、柄もない無地のピンクという選択をしたのは当然部長で、選んだ理由は「男に着せたら一番ダサそうだから」だった。
当然このユニフォームを貰った時は男子全員からブーイングが起こった。
ただ、個人的には今はこのユニフォームで良かったかなとも思っている。
周りがめちゃくちゃ格好いいユニフォームを着てる中で無地のピンクはかなり目立つから、仲間の位置がすぐにわかって安心する。
あの少しぽっちゃりしたピンクは岩須だな、みたいな。
まあ、試合中はそんなことも考えてはいられないんだけども。
とにかく、ここからはそれぞれ一人での戦いだから、俺も事前にアナウンスされた台に向かう。
さっきから見ていたけど、体育館に数十台の卓球台が並べられて、その台全てに人がいる様子は壮観としか言いようがない。
俺もこれからその中の一人になるわけだけど、あんまり実感はない。
少し迷いながら台に着くと、相手がもう先にいて、台の前で俺を待っていた。
先にいたのは、野球でもやっていそうなガタイかつ、スポーツ漫画で熱血キャプテンでもやっていそうな坊主の三年生。
きっと、常人なら相手の姿を見た時点で降参していたと思う。
俺ももう駄目なんじゃないかと思っている。
ただ、俺は今日は優勝しなければいけない。
その使命だけを頼りに、想像以上にバックバクの心臓を押さえながら荷物を台の後ろに置いて、ラケットを取り出す。
「ふー……」
立ち上がって台の方に向かっていくと、熱血キャプテンはスポーツマンシップを感じる顔で俺に笑いかけてくる。
いよいよ始まるのか……。
「よろしく!」
「……よろしくお願いします」
向こうから挨拶を仕掛けてきたから、俺も何とかその挨拶をレシーブする。
ちなみに試合前のルール的なものは俺はあまり知らない。
挨拶があったから、俺はそのまま握手でもするのかとするのかと思ったんだけど、熱血キャプテンは手じゃなくラケットを俺に向けて差し出してきた。
ラケット同士で握手する派か?
「あ」
……ああ! ここでラケット交換か!
確か試合前にお互いのラケットを交換して、軽く確認するんだよな。わかるわかる知ってた知ってた。
急いで俺のラケットも渡して、相手のラケットを受け取る。
ほうほう……なんか高そうなラケットに高そうなラバーが貼ってあるな……なるほど。
「…………」
もういいかな? と思って顔を上げたら、熱血キャプテンはまだめちゃくちゃ真剣な顔で俺のラケットを観察してた。
ああ、俺は軽く見るだけだと思ってたけど、もっとちゃんと見るべきなんだな……?
えー……ラバーは両面凹凸のない裏ラバーで、ラケットにはカーボンが入ってて、メーカーは多分あそこで……なるほどね。
もういいかな?
「むぅ……」
何を見てるんだ? この人。
ラケットの持つ過去とか歴史まで視てそうな表情で俺のラケットを観察してる。
意味があるのかはわからないけど、相手が時間を掛ければ掛けるほど俺にプレッシャーが来るのは確かだった。
ラケットを見るだけで相手の全てがわかる裏技みたいなものが卓球にはあるのかもしれない。
ただ、そのラケット交換も一応常識的な時間以内には終わって、ラケットを返し終えたところで、相手が手でグーを作る。
何のじゃんけんだろう。
「じゃんけん――」
「最初はぐ――あ、ごめんなさい」
「ごめんごめん」
熱血キャプテンははっはっはと笑ってくれる。
恥ずかしいけどよくあるよくある。
しかし、何のじゃんけんだろう。
「じゃんけん」
「ぽん」
俺はグー。熱キャはパー。
あー、負けか。
……何のじゃんけんだろう?
ただ、普通にじゃんけんをして、俺は普通に負けた。
何のじゃんけんかは知らないけど。
「ッショ! レシーブで」
「あ、はい」
どうやら、サーブかレシーブかのじゃんけんだったらしい。
「ッショ!」はよくわからないけど。
まあ、俺はどっちでもいいから関係ないな。
特にサーブが得意とかレシーブが得意とかはない。
じゃんけんが終わったところで、俺と熱血キャプテンはようやく卓球台に立ってラリーを始める。
何も知らなかったら試合開始だと勘違いしていたかもしれないけど、試合前に軽くラリーをすることくらいは俺も知ってる。
ただ、上級生だし、めちゃくちゃハイテンポなラリーを強いられるのかと思ってたら、熱血キャプテンはわりと優しいラリーをしてくれる。
俺に明らかに初心者のオーラが漂っていて遠慮してくれているのか、それとも熱血キャプテンはそこまで強くないのか。
前者の可能性の方が高いんだろうけど、このラリーで俺の中に少し希望が湧いたのは確かだった。
この時点でついていけなかったら、俺は試合前にこの試合を諦めるしかない。
フォアとバックで一分ほどラリーをしたところで、熱血キャプテンがラリーを止めて、最初にサーブをする俺の方に球を渡す。
ついに本番か……周りも徐々に試合を始めてる。
この台も、俺のサーブからようやく試合開始だ。
あ、試合開始の前に挨拶をしておこう。
「よろしくお願いしま――」
「――お願いシャス! お願いシャス! お願いシャス! お願いシャス!」
「!?」
俺が挨拶をしようとすると、熱血キャプテンは回転しながら周りに挨拶をし始めた。
審判にも、観客にも、仲間にも、俺にも……!?
こんな挨拶はテレビの試合じゃ見たことない。
俺もするべきなのか……?
「……よろしくお願いします」
だけど、周りからこの挨拶は聞こえてこなかったから、今の挨拶は俺にプレッシャーを与えるための威嚇だと判断した。
というか、そんなことは今は知らない。
気にしてられない。
「ふー……」
何だか、試合前のルールで散々心を乱されたけど、ここからはそれは関係ない。
ここからは試合だ。
とりあえず、一点から取っていこう。
はー……スポーツでこんなに緊張するなんて久しぶりだけど、試合が始まればやることは一つだ。
まず一戦、勝ってやろう。
「ふっ……」
一回目は何回も安戸さんと練習したあのサーブから。
左手に乗せた球を空中に上げて、ほぼ水平のラケットで球の下を擦るようにサーブを繰り出す。
こうすることで、球にはサーブを出した俺の方に戻ってくる、ラケットに当たると落ちるような回転が掛かる。
くらえ! 必殺奥義【下回転サーブ】!
――……あ、ちょっと浮いた。
「――フンッ!」
「…………っ!」
パシィン――と、音だけを残して、球が一瞬で俺の横を通過した。
スコアボードを持った審判の手が、ぺらりと相手側の数字をめくる。
正直、何も見えなかった。
「ッジョー!」
\ナイスボールー!/\ナイスボールー!/
そして、点を取ると熱血キャプテンは振り向いて雄叫びを上げ、それに呼応して後ろの下級生が気合いの入った応援を送る。
この光景はテレビ越しならわりとよく見る。ただ、テレビ越しと目の前でやられるのとでは全く違う。
試合前から圧倒はされていた。だけど、試合開始して数秒でさらに圧倒されてしまった。
今は熱血キャプテンから赤いオーラが見える。
熱血キャプテンの気合いの入った表情がそんなオーラを
ただ、熱血キャプテンが表情だけの人間だったらそんなオーラは見えなかっただろう。
それはたった今、うちの卓球部では見られない強烈な点の取り方を見せられたからこその圧倒だ。
あれくらいのミスも許されないんじゃ、俺の腕じゃ厳しい。それくらいは俺でもわかる。
「フー……」
……正直、終わったか?
正直に言うと詰んでないか?
俺も正直になりたくなんてなかったけど、薄々感じてた通り、数週間と三年間じゃ差がありすぎるんじゃないか?
試合中に正気に戻るなんて思ってなかったけど、実際のところ俺は結構な初心者だ。
三年生と当たったらそりゃ負ける。一年生相手でも多分負ける。中学三年生相手でも多分負ける。三年間があるから。
それは大会に出ようと言われた時からわかってたんだ。気づかないようにしてただけで。
きっと「頑張ったけど負けちゃった☆」で終わるんだってわかってたんだ。
それか「相手が強かったわーてへへ」で終わるってことは。
「ハーっ……」
――でも、それじゃ何の思い出にもならないよな。
敵わないからって、最後の最後で負けるつもりでやるんじゃ、安戸さんと本気で練習した意味がない。
戦うんだったら、安戸さんとの数週間は皆の三年間を超えると信じて戦わなきゃ駄目だろ!
「っし……サー!」
サーブで球を構えながら、見様見真似で卓球選手っぽく叫んでみる。
少し、いや、結構恥ずかしい。だけどいい。
本気で戦ってる選手は、そんなこと気にしないんだろうから。
そうして、安戸さんとの練習の日々を思い出しながら、俺は立ちはだかる大きな大きな壁、熱血キャプテンに立ち向かっていった。
◇◆◇◆◇
「はぁ……」
大会全体の試合開始から約二十分後。
ピンクの陽気なユニフォームを着た俺は、一回戦が終わったところで敗北に打ちひしがれていた。
結局、俺は三年生相手に波乱を起こすことはできなかった。
熱血キャプテン、本名は
スコアは4-11、5-11、6-11。ストレート負け。
ただ、一応スコアにも表れている通り、戦いながら成長している実感はあったから、大会のルールが20ゲーム先取くらいだったらいい戦いができてたんじゃないかと思う。
まあ、残念ながらこの大会は3ゲーム先取のトーナメント戦だから、これで正真正銘俺の試合は終わりだ。
ちなみに、負けた俺は今、さっきまで戦っていたコートで審判をしている。
負けた奴はすぐ次の試合で審判それが決まりらしい。
帰って泣くことも許されない。非情なルールだ。
「ああぁ……」
本当に終わったんだなー……実感ないなー……。
あんなに安戸さんと頑張ってたんだけどなー……一瞬で終わるんだなー……。
皆で初戦は勝とうって言ったのになー……。
せめて、他の人は勝ってるといいなー……。
「……ぁあ」
ほとんど放心していた俺はそんなことを考えながら、ちょこちょこミスを指摘されながら審判を終えて、近くのコートで審判をしていた岩須と道下を尻目に観客席へ戻っていった。
「あー……」
観客席に戻ると、一番前に陣取ってる俺達の荷物の場所には、もうピンクのユニフォームではなく、高校のジャージを着た部長だけが座っていた。
負けて審判なんてやっていなさそうな涼しげな顔。
……まさか、オタク部の部長だと思っていた部長が、めちゃくちゃ卓球は上手かったみたいな展開――
「ケケ、光永も初戦負けか」
「あ、はい」
「お揃いだな」
「……デスネー」
まあそうだよな。上手かったらもっと練習してるよな。
上手そうな伏線も特になかったしな。
「はぁ……誰か勝ってませんかねぇ……」
「なんだ光永、鈍感ラブコメ主人公ぶって」
「この場面で言われるならただ鈍感なだけじゃないですかね」
どこにもラブコメ要素があるようには見えないし。
何かに気づいてないなら鈍感ではあるだろうけど。
「光永なら真っ先に聞いてくるかと思ったんだけどな」
「顧問がここにいないことについてですか?」
「それは聞くまでもないだろ」
聞くまでもないかと言われると疑問が残るけど、確かにいなくても違和感はない。
でもそうなると、部長が何を言いたいのかよくわからなかったけど、
「ほらよ」
ただ、そう言って部長が手で示した先を見て、ようやく部長の言っていたことがわかった。
体育館の端に並ぶ卓球台の一つ。
女子の中ではそこまで目立たないピンクのユニフォームで、まだ試合をしている部員がいる。
「――――」
それが見えた瞬間、俺はすぐに観客席の、その台に一番近いところまで移動していた。
観客席から見えたスコアは2-7。
俺もさっき経験したけど、ここまで点差が離れるとさすがに心が折れかける。
だけど、そんな中でも安戸さんは粘って粘って、相手がミスした球をスマッシュして得点した。
レベルが高い勝負とは言えないかもしれない。
だけどそれは、誰が見ても熱くなるような、安戸さんの粘り勝ちだった。
「――ナイスボールー!」
卓球の応援についてはド素人だけど、どうしても何か言いたくなって、さっきまで聞いていた応援を真似して叫ぶ。
すると、安戸さんは驚いた顔で振り向いた後、笑顔で俺の方に腕を突き上げた。
それをまた真似して、俺も観客席で一人拳を上げる。
それから試合が終わるまで、俺は特等席から、夢中になって安戸さんを応援していた。
◇◆◇◆◇
「負けたねー」
いろんな意味で大会が終わった後の体育館前。
一応反省会みたいな形で帰る前に集まった俺達卓球部員達は、皆悲しい顔をしてる――かと思いきや、皆そこそこ明るい顔をしていた。
数時間前に集まった時のお通夜ムードは何だったのか。
特に、大会のプレッシャーから解放されたからか、奈良さんと江道さんはニコニコして俺を見たり安戸さんを見たりしてる。ちなみに二人とも試合はストレート負けだったらしい。
結局、俺達の中で一番勝ち進んだのは二回戦負けの安戸さんで、予選を勝ち進むなんて話には全く絡まないまま、俺達の大会は終わってしまった
一年生相手だった道下と岩須も全く歯が立たなかったらしいし。
「負けたなー」
「負けたでござるなー」
「負けたでごわすなー」
「ケケ、皆負けたからな」
「そういうこと言わないでくださいよ」
別にいいじゃん。
「負けたなー惜しかったなー」みたいな空気出すくらいいいじゃん。
実際のところ、スコアだけ見たら「そりゃ負けるよなー」みたいなことを言うのが妥当なんだろうけど。
まあでも、個人的には、ボロ負けではないと思ってる。相手も強かったし。
確か相手の熱キャ……田中君は順調に勝ち進んでたはずだ。やはり名前じゃ強さは測れない。
「でも、思い出にはなっただろ? このユニフォームのおかげだな」
「このユニフォームじゃなければもっと集中できた可能性もありますけど」
「いやいやこのユニフォームだからこそ思い出になっただろ?」
「ピンクを着たことはいい経験になったかもしれないですけど」
「思い出にはなったんだろ?」
「…………まあ」
いじられた思い出で上書きされそうだから、掛け声で言ったからって変ないじり方をしないでほしい。
でもまあ、思い出になったと言っても、今後記憶に残るのは、俺の試合じゃなく、安戸さんの試合だろうな、と思う。
一緒に練習してきた期間のことも含めて、安戸さんが頑張っていたシーンの方が、俺のことより全然鮮明に覚えてる。
それは俺の方の記憶が薄かったからじゃなく、安戸さんの試合が濃すぎたからだ。
だから、安戸さんの試合に関しては、多分一生忘れないだろうな。
「――ただまあ、大体は、俺っていうか安戸さんの思い出ですけどね」
「……へっ?」
「ああ、二人で通じ合ってたもんな」
「はい?」
「そうそう! 応援が熱すぎて僕達近づけなかったもん」
「……ほ?」
……ん? なんだこの流れ? 俺なんか変なこと言ったか?
……いや言ったな。あ、言ったな。わりと変なこと言ったな。
安戸さんが俯く程度には変なこと言ったな。
「ケケケ、いよいよラブコメ主人公だな光永も」
「二人の思い出かー素敵な台詞じゃなー」
「いや待って! 今説明するから!」
「二人で一緒に練習した日々は大事な思い出ですってことだろ? 説明するまでもねーよ」
「いや大体合ってますけど! 前提が合ってなくて!」
「大丈夫大丈夫りかっちも喜んでるよ」
「そうじゃそうじゃ遠慮しなくていい」
「二人とも!」
……――そんなこんなで、何故か卓球大会の終わりはわちゃわちゃしていたけど、大会結果に似合わず楽しげな雰囲気で解散となり。
帰る前に、完全に騒ぎに巻き込まれた安戸さんとは、皆が離れたところで一瞬目が合い、「来年も出ようね」と一言約束をして別れた。
軽い口約束かもしれない。だけど、約束したからには、俺は来年こそ、地区予選は優勝できるよう仕上げなければいけなさそうだった。
ちなみに後日、騒ぎに全く参加しなかった岩須と道下からは、俺が画面の中ではなく現実に目を向けているのではないかという疑惑が持ち上がり、俺がこれからもオタクとして高校生活を送る決意を赤裸々に語ることになったけど、それも俺の高校生活らしくていいのかな、と思った。
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