第20話 いい思い出にしましょう!
「うっわあ~……」
インターハイの地区予選大会当日。
休日の卓球部員達は、大会が開催される体育館にそれぞれ集まっていた。
うちの卓球部は当然コーチや先生が送ってくれることもなく、俺はそこまで遠くもなかったからあえて歩いてきたんだけど、普通はやはり部活単位で集まるものらしく、体育館前に停まったバスや車からジャージ姿の高校生が次々集まってくる。
既に威圧感を感じるのは気のせいだろうか。
「緊張してきたでごわす……」
「いや、まだだ岩須……ここで緊張してたら保たない……!」
「そ、そうでござる……こ、これから拙者達はこの中に入るんでござるよ……!」
何となく集合することができた岩須と道下は、体育館を見てさっきからずっと武者震いしている。
顔が真っ青だけど、きっとこういうタイプの武者震いなんだろう。
ただ、三人集まったはいいものの、一向に他の四人は現れない。
部長はともかく、安戸さんが集合時間に遅れるとも思えなかったから、もうそろそろいるんじゃないかと周りを見渡してみると、入り口を挟んで向こう側に俺達と同じジャージを着た三人組がいた。
「駄目だ……僕もう帰らなきゃ……」
「お、落ち着くんじゃ……わしらは見てるだけでいいんじゃから……」
「二人とも落ち着いて……見てるだけじゃ駄目だから……」
近づいていくと、向こうからも大体同じような会話が聞こえてきた。
部長は見当たらないけど、一年生の六人は全員集まってたらしい。
「おはよう」
「あっ、おはよう」
「部長はいない?」
「まだじゃないかな?」
「じゃあ部長だけか」
女子側に集まってるのかと思ったけど、普通に遅れてるらしい。
……というか、お互い後ろに二人連れてるはずなんだけど、俺と安戸さん以外誰も喋ろうとしない。
あれ……? 卓球部ってこんな静かだっけ……?
安戸さんも口では「緊張するねー」と言って笑っているけど、多分後ろの二人と比べたら緊張の大きさは100分の1くらいだろう。
体育館前にいるはずなのに、なんか「吐きそう……」「死にそう……」って聞こえてくるし。
ちなみに、そんな元気そうな安戸さんとは、この数週間ずっと練習を頑張ってきた。
学校にいる時はもちろん、学校にいない時でもLINEで練習メニューを相談したり、学校でもLINEでも、ずっと卓球の話ばかりしていた。
昨日の夜には「頑張ろう」とお互いを励ましてからここに来た。
改めて大会前に顔を合わせると気恥ずかしくもなるけど、頑張ろうという気持ちは当然嘘じゃない。
「今日は、頑張ろうね」
「うん、皆勝とう」
二週間頑張ってみて、あ、これキツいな、というのもわかったし、オタク活動もあるから、残念ながら俺がこれから卓球で世界を目指すようなことはないだろうけど、今日はどんなことがあっても勝ちたい。
それは、俺個人の事情も当然あるけど、ここまで一緒に練習してくれた安戸さんにも、良いところを見せたい。そういう感じだ。
「というか、部長まだかな……」
この青春感が消えないうちに試合に入りたいんだけど。
その方が勝てる気がするし。
「あ」
なんて考えていると、徐ろにスマホを見た安戸さんが声を上げた。
安戸さんの方を見ると「先に入ってていいんだって」と、そのスマホの画面を見せてくれる。
画面には、部長からのLINEで『もうすぐ着くから先に良い場所とっといてくれ』というメッセージが映っていた。
ちなみに集合時間は既に過ぎてる。
なんてスタイリッシュな遅刻報告なんだ。
「……じゃあ、もう行こうか?」
「そだね」
ということで、何となく俺が先導する形で、体育館の入り口へ向かう。
知らない場所を先導できるような人間じゃないけど、六人のうち四人は使い物にならないから俺か安戸さんが先導するしかない。
なんだかんだで、こういう時に部長がいると引っ張ってくれそうだし、こういう時だけは頼りになりそうだったんだけど、今日はそれ以前の問題だったな……。
「えー……」
とりあえず体育館に入り、靴を履き替えて何となく周りに合わせて歩いていくと、左手には階段が見えて、右手には大きな扉が見える。
……行動学の見地から人は迷うとうんぬんかんぬん。無意識に左を選ぶからうんぬんかんぬん。クラピカがうんぬんかんぬん……。
よし、あのジャージ姿の高校生についていこう。
そうして他の高校生をストーカーして階段を上がっていくと、体育館内のコートが見渡せる観戦席に出た。
その席に参加する選手達は鞄やジャージを置いていってるっぽい。
「えー、じゃあ……とりあえず、固まっておこうか?」
「うん」
別に人がいっぱいいるわけでもないし、場所には困らないけど、一応部長の言葉通り一番前に堂々と陣取っておく。
一番早く帰ったら恥ずかしいなこれ。
周りを見ると、他の高校の場合は顧問の先生っぽい人が生徒に指示を出してる。
俺達の心細さはあの生徒達には一生わからないだろう。
安戸さん以外の四人はもう観客席に座り込んで動きそうにないし。
「……そういえば、結局うちは顧問の先生とかいるのかな……」
「あ、先輩と一緒に来るみたい」
「えっ、そうなの?」
そりゃ来なきゃおかしいのかもしれないけど、この部活なら来ない可能性もあるんじゃないかと思ってたから意外だ。
来るとなると、どの先生なのか気になってくるけど、さすがに面識のある先生ではないだろうな。まだ一年生だし。知らない先生ばっかだし。
そんなことを話しながら観客席で準備をしてるフリをしていると、そこまで時間も経たないうちに、観客席に上がる階段の方から「おー、待たせたなお前らー」と頼もしい助っ人のような声が聞こえた。
振り向くとその声の主は別に頼もしくもないただの部長だったんだけど、その後ろに、何だか見覚えのある若い女性の姿が見えた。
「よしよし、皆集まってんなー。ちゃんとコーチ枠で顧問も連れてきたからよ」
そのラフな格好の女性をよく見てみると、見覚えがあるというか、学校で毎日見ている、
ちなみに、ここにいる一年生全員の担任でもある。
「……あれ、沢住先生、顧問だったんですか?」
「あれ? 皆卓球部だったの~? 奇遇ね~」
「いやそれ顧問が言う台詞じゃないと思うんですけど」
しかも今の言い方だと卓球部のメンツすら知らなさそうだったし。
「沢ちゃんの中では、卓球部は私が新入生の、いずれ潰れる部活で止まってたらしいんだけどな。どうせすぐ帰れるからっつって来てもらった」
「私は普通に応援に来ただけよ~? 皆頑張って~」
「はあ……」
今の説明の後だと「(皆頑張って~)早く負けて~」にしか聞こえない。
これで卓球部が全員集合したはずなのに最高に気合いが入らないけど、恐らく、皆の担任である沢住先生を早く帰らせたくないというところで、一年生の気持ちは一つになれたんじゃないかと思う。
「うーし、全員これ見とけよー」
部長が来てから少ししたところで、部長がようやく部長らしく動き始め、なんと大会のトーナメント表を持って戻ってきた。
トーナメント表を見ると、当たり前だけど、一年生から三年生までの高校生が参加してる。
ここで、数年前から卓球をしていれば、同じ地区の相手に「フッ……今回はあいつか」と闘志を燃やせたんだろうけど、残念なことに今の俺達には相手が何年生かという情報しか頭に入ってこない。あと名前が格好いいかどうか。
「拙者は一応……一年生同士でござるな。名前は弱そうでござるが」
「おいどんも、誰かわからないけど一年生でごわす。……名前は強そうでごわすな」
名前の強弱はともかく、岩須と道下の二人は幸いにも一年生と当たったらしい。
三年生はシードの選手もいるとは言え、ここで一年生を引き当てるのは単純に運がいい。
だって俺は、
「優太郎殿は……」
「……三年生だ」
「あっ……」
何かを察したような声を出すのはやめろ!
いや、うん……察するのもわかるけどな……。二年生ならまだしも三年生は。
学年だけで威圧感があるし。
「ま、まあ……名前はそうでもなさそうでごわすよ?」
「そ、そうでござるな……名前はモブでござる」
「ああ、そうだな……」
名前しか判断材料がないから仕方ないけど、その何の根拠もないフォローは逆に心に来る。
でもいいんだ。優勝するならどうせ全員倒さなきゃいけないんだから。倒すのが早いか遅いかなんだ。いいんだいいんだ。関係ないんだ。
「ケケ、大会らしくなってきたなぁ。男子はどんな感じだ?」
「優太郎だけ三年生が相手でごわす」
「ああ……」
「大丈夫です勝ちますから!」
部長まで察さなくていいから!
「ああ、そうだな。諦めなければそこで」
「試合終了でござるな」
「逆逆」
とにかく俺は勝つから大丈夫だ。
本当はそこまでの自信がないことは言うまでもないけど、試合前から負ける気でいたら話にならないし。
俺は勝つ。諦めなければそこで試合終了だ。あ、
「じゃ、あとは試合するだけだな。開会式まで下で練習できるらしいから、練習しとくか」
「あ、そうなんですか」
観客席から下を見ると、ガラガラの観客席と違って台はほとんど埋まってる。
観客席の一番前を取る前に台を取っておくべきだったか。
「じゃあ急いで行きましょう。もう着替えていいんですよね」
「ああ。あ、その前に円陣組もうぜ」
「いや忙しいんでいいです」
台取らないといけないし。
「なんでだよ。いいから組むぞ円陣」
「いや早く行かないと台が」
「駄目だ。円陣組むぞ。部長命令な」
「なんで!?」
何この人円陣好きすぎでしょ!?
どうせアニメの円陣が格好良かったからしてみたいとかなんだろうけど。
「いや真面目に時間が……」
「いいから来いって! 格好いいから!」
そう言って、部長は俺と安戸さんを無理やり掴んで両脇に持ってくると、肩を組んで円陣を促した。
部長は格好いいからやりたいだけだと判明してるせいか皆ノリ気じゃないけど、何だかんだ歪な円はできあがる。
「そもそも卓球でこういうのやるんですかね……」
「別にどんなスポーツでもやっていいだろ、ほら、そこもっとちゃんと円になれ」
部長の指示で円が少しまともな形になって、部長はそれを見てにんまり笑う。
ここまで来たら早く終わらせてほしいんだけど。
「勝つぞー」「おー」とか言って。
「…………」
「……部長」
掛け声を皆待ってるんですけど。
「ケケ……よし、光永、いけ」
「…………はい?」
「ほら、なんか言え」
「は……?」
この人今、無理やり円陣組ませといて掛け声は人にぶん投げたか……?
もしかしなくても部長は人の皮を被った悪魔なのか……?
「いやっ、ちょっ……」
そんなの他の人に――と思ったけど、当然円陣の掛け声をしたい人なんてこの中にはおらず、誰かが「俺がやるよ!」と言うこともなく、皆指名された俺の方を生暖かい目で見てる。
完全に俺がやらないと終わらない流れ。
……なんだこれ。試合の前に今日一番の山場が来てるんだけど。どうしてくれるんだ。
「はー……」
当然俺の頭には何も思い浮かんでないし、始めからこうするつもりだったならせめて事前に言っといてくれと今は思ってる。
残念なことに、円陣で掛け声を任されるような人生は俺は送ってきていない。
ただ、うなだれながら改めて周りを見ると、この円陣に関しては、部長の言う通り、案外悪くはない。
大きな体育館の背景と、こっちを見てる部員全員の顔は、意外と青春という感じがする。
高校を卒業した時、円陣を組んで見えるこの景色は、意外と記憶に残っているんじゃないかと思った。
そんなことを考えながら、初めて掛け声を任された俺は、自然と頭に浮かんだ言葉を喋り始めた。
「えー……皆初心者なので、どのくらいできるかわかりませんけど」
それが掛け声なのかはわからなかったけど、少なくとも俺の中の熱は、一段階上がった気がした。
「皆で頑張って、初戦は勝って……卓球部の、いい思い出にしましょう!」
『おー!』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます