第10話 今日から俺は攻撃表示

「オタクの純真さをを弄ばれたでござる!」

「もう現実の女子なんか信じないでごわす!」


 放課後の卓球部部室前。

 ここまで一緒に歩いてきた俺の友人二人は、甘いアニメからの辛い日常に現実逃避するオタクのようなことを叫んでいた。


 各々現実の残酷さを嘆く二人の手にはピンク色でめっちゃハートマークの入ったきゃぴきゃぴな封筒。

 今ここを通りかかった人でもあっという間にストーリーが理解できる親切仕様だった。


「まあまあお二人さん……」

「優太郎殿もそんな悠長に構えていてはいけないでござるよ! これは絶対に神籐恋美の仕業でござるよ!」

「そうに決まってるでごわす! この後優太郎にも、おおお、恐ろしいことが待ってるでごわすよ!」

「うん……」


 まあ、犯人に関しては二人の言う通りなんだけど。

 実際のところ俺は特に大きな被害には遭っていないから、どう振る舞えばいいのか迷う。


 今日、朝に鉄壁ガーディアンがおびき出され、それと同時に神籐さんが来た後、俺には何も起こらなかった。

 鉄壁ガーディアンの二人は、朝に靴箱に十枚ほど入っていたらしい『○○時に○○に来てください♡』というラブレターならぬ罠レターに見事に全部引っかかり、休み時間になる度「い、一応行ってくるでござる」「そ、そうでごわすな」と教室を離れては「現実の女子なんてクソでござる!」「もう百合以外信じないでごわす!」とコントのようにギリギリになって教室に戻ってきていた。


 十枚も入れて、全ての時間に俺と二人を引き離すということは、全ての休み時間に何かあるのか、と思っていたけど、朝以外には結局何も起きず、ひたすら翻弄される友達二人を憐れむ日となってしまった。

 毎時間トムとジェリーの再放送でも見てる気分だった。


 まあ、俺への被害は少なかったけど、今日は全く二人とオタク話もできなかったし、やられたな、とは思っている。


「こんにちはー、部室、今開けるね」

「あ……こんにちは」


 なんてことを話してると、部室の鍵を持った安戸さんがやってきてしまった。


 安戸さんとは今日は話してないけど、二人の様子を見れば何があったかはわかってしまうだろう。

 さっき言った通り二人の持ち物と言動に全てのストーリーが詰まってる。


 そして、その予想通り、部室が開くとまだぷんすか文句を言いながら部室に入っていった二人を見て、安戸さんは苦笑いを浮かべて俺の方を見ていた。


「……何かあったんだね」

「まあ、うん」


 あのラブレターは偽物でした。まる。


「光永君は……何もなかったんだね?」

「え? ああ……俺は、モテないから」


 こう言うと鉄壁ガーディアンへの皮肉みたいになっちゃうけど。

 でも実際モテないし。俺もガーディアン仲間だ。


 だけど、安戸さんはそれに対してよくわからない表情を浮かべて。


「そ、そんなことないと思うけど……」

「え?」

「ほらっ……神籐さんと話してる男子なんて光永君くらいだし」

「……いや、それは」


 「違うよ! 勘違いなんだよ!」と言おうと思ったけど、ギリギリで踏みとどまった。

 まだ安戸さんの勘違いは解けてない。


 また中身もなく言葉だけで違う違うと否定しても、必死過ぎて安戸さんにドン引きされるだけだ。


 実際、今日の朝神籐さんが教室で近づいてきたところは安戸さんも見てただろうし、俺が何を言おうとオタクが美少女に話しかけられて恥ずかしがってる図にしかならない。悲しいことに。


 そう考えると、もう神籐さんはだいぶ攻撃を仕掛けてきてるなぁ……。

 何気なく神籐さんが教室の中で声を掛けてくるだけでも俺にとっては致命傷。

 俺へのダメージはともかく、周りへ与える影響が半端じゃない。


 これに対してずっと防戦一方じゃ、俺の高校生活がいつか崩れるのは目に見えてる。

 何か対策が必要か……。


「はぁ……」

「あ、え、困ること言っちゃったかな!?」

「あ、いや、安戸さんは悪くないんだけど!?」


 悪いのは大体ラブレターを偽装するクラスメートなんだけど!?

 まったく……こんな些細な勘違いまでされるなんて許せないな……間違って安戸さんが傷ついたらどうしてくれる。


 ――と、そんなことを考えながら廊下で安戸さんと話していると、安戸さんのポケットでスマホが震えた。

 「誰から?」なんて聞いたら興味津々で気持ち悪いし黙って見ていたけど、スマホを見た安戸さんは自分から話してくれる。


「あ……女子の方の二人は追試だから遅れるって」

「あー、前の小テストの」

「うん」


 まあ、あれならすぐに終わ……とか考えちゃいけないよな。

 俺はガリ勉じゃなくあくまでオタクなので。勉強にそんな自信は持っていないので。


「光永君は、勉強できるもんね」

「えっ? いや……ソンナコトハ、別に」


 実際今のところは特に目立ったことはしてないはずだし。普通のはずだし。一般的なオタクだし。


「授業でいっつも良いところで答えてるよね。この前先生が『光永に当てればいいから楽だ』って言ってたよ」

「マジですか」


 誰だそいつ。許せねぇ。

 今度特定して、授業で変な回答して変な空気にしてやる。


 まあこういうオタクの妄想は大抵想像で終わるんだけど。


「ははっ、じゃあ、一応部長にもあの二人のこと言っとくね」

「ああ。でもあの人どうせ来るの遅いから……」


 「言えるのは後になる」――と、言おうとしてたんだけど。


「……あれ」

「えっ、どうかした?」

「ああいや、部長の連絡先知ってるんだなって」

「うん。部活のこととか、報告しなきゃいけない時もあるから」


 そう言って安戸さんは『女子二人は追試で遅れます』というメッセージを送る最中のLINE画面を見せてくれた。

 見ていいのか迷ったけど、その上にはそういう報告とは関係ない普通の雑談っぽいメッセージもあった。女子っぽい。


 あと、安戸さんのアイコンはなんかのボールっぽかった。なんだろ。


「一応、女子は皆知ってるんじゃないかな?」

「えっ、へー……」


 ……そっかぁ、あれでも部長も女子だったんだなぁ。

 女子らしく女子と女子女子したLINE送り合ってたのかぁ。女子いなぁ。


「そうだったのかー」

「……そういえば、光永君って、あんまりスマホ見ないよね?」

「え? ……そう?」

「あっ、私が見てる時だけ、なのかもしれないけど……」


 自分だと全然思ったこともなかったから、なんて答えればいいのかわからない。


 でも、安戸さんが言うならそうなのかもしれない。

 そのくらいの、ちょっとの思い当たる節はある。

 実際高校に入るまでLINEなんて使わなかったし、スマホ自体もそこまで使っていなかった。


 そのせいで、一番最初に道下に「LINE教えてほしいでござる」と言われた時はかなり焦ったし。


 それからも積極的に誰かと連絡先教えてほしいなんて言うことはなかったし、自分から言わないことで誰かと繋がるチャンスはだいぶ逃してるんだろうなーと思う。

 安戸さんの連絡先だって俺は知らないし。


「でも、連絡できる人が少ないのはあるのかなー」

「へ、へー……そうなんだ」


 俺が知ってる連絡先といえば道下と岩須くらいだ。

 あとは学校だと誰も……


「あ……じゃあさ、一応、私と――」

「あぁっ!」

「どうしたのっ!?」


 ――そういえば、すっかり忘れてた。


 急いでスマホを取り出して、今までLINEで話してきた相手を見てみる。

 そこには当然、数日前にやり取りした『神籐恋美』の名前。


 俺を外に呼び出すために利用されてからそれっきりになっていた連絡手段。

 向こうが使ってきた手だし、神籐さんから仕掛けられない限り、もう返信することはないと思っていた。


 ――けど、向こうからメッセージを送れるなら、こっちからだってメッセージを送ることはできる。


 向こうがラブレターで仕掛けてきたように、俺から神藤さんにLINEで仕掛けることだってできる。


 上手く使えるかはわからない。

 だけどこれはもしかすると、防戦一方の今の状況を変える手段になるんじゃないのか……?


「……ふっふっふっふっふ」


 神籐さんに向けて、俺からもできることがあるという事実につい頬が緩む。


 今までの俺は神籐さんの行動に合わせて、後手後手で対策を考えるだけだった。

 対策を考えるどころか、神藤さんの作戦に流されるだけのこともあった。

 先攻有利とされるこの駆け引きゲームで、俺は先攻の選択肢すら持っていなかった。


 だけど、そんな時代はもう終わりだ。


 今から起こすのはオタクからマドンナへの下克上。

 今日からは俺は守備表示ではなく攻撃表示。

 仕掛けられた勝負は相手じゃなく自分が決める。


「……光永君、だ、大丈夫?」

「もちろん! もう大丈夫だよ!」


 俺と神籐さんとの関係を勘違いし、果てには俺の下手な言い訳でドン引き。

 しかし、俺と神籐さんの圧倒的な人間としての差に、今はこうして心配までしてくれている隣の安戸さんに、これ以上の勘違いをさせないためにも。


 ――俺は今日の夜、あの神籐恋美に攻撃を仕掛けることを決めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る