第9話 鉄壁ガーディアンでござる!

「ああああああああああぁぁぁあ~~~」


 神籐さんによるニセデートの翌日。


 部屋にいる俺は、物凄く激しい後悔から延々とヘドバンしていた。


「おえぇ……」


 脳をひとしきり揺らしたところで椅子に座る。

 よし、これでいい加減冷静な判断が


「ああああああああああぁぁぁあ~~~!」


 できなかった。


 ちょっと経ったらすぐに昨日のことを思い出してヘドバンしてしまう。

 昨日の夜からずっとこれだ。


「ふぅ……」


 とりあえず、言い訳をさせてほしい。

 神籐さんには届かないけどとりあえず言い訳をさせてほしい。

 昨日起こったあのデート、ニセデートの時のことを、言い訳させてほしい。


 俺は昨日、別に神籐さんと敵対するつもりは全くなかった。

 ニセデートの別れ際にしたあの会話は、まるでライバルができた主人公のように気持ちが高揚していた馬鹿おれがやっただけで、俺の望んだことではなかった。


 あの時の俺は神籐さんとの敵対が何を意味するかを全くわかってなかった。

 もう感覚が麻痺してきているけど、神籐さんはクラスで一番影響力のある人間だ。

 もうそれはそれは丁重に扱わなければいけない相手なんだ。


 だから、どんなに神籐さんが俺に対して「話したい」だとか「友達になりたい」だとかトチ狂ったようなことを言っていても、『逃げる』コマンドだけを選択してダンジョンを進んでいくように、受けては流して受けては流して、神籐さんの機嫌を損ねることはないように付き合っていかなければいけなかったのだ。


 それを昨日の馬鹿おれはわかっていなかった。

 だからそのことを、俺はずっと後悔して、後悔ヘドバンしていた。


「『近づかれたくない』とか口が裂けても言っちゃ駄目だろぉ……クソぉ」


 オタクがそんなこと言ったら、いつか神籐さんの気まぐれが解けた時に晒されて……


「ああああああああああぁぁぁあ~~~!」


 脳が震えるぅぅぅううううう!


「……もうそろそろ入ってもいいですか」

「あああああぁぁぁあ――いうえおかきくけこたちつてとらりるれろ……どうぞ」

「全部聞いてたのでそういうのは大丈夫です」


 なんてことを言いながら、栖原は平然と洗濯物を持って部屋に入ってくる。

 いや何が大丈夫なのかわからないし俺は大丈夫じゃないし俺の心はらりるれろだし。


「……そんなに睨まないでもらえますか」

「いやっ、睨んでるつもりはないけど?」

「『出てけ』と目が言ってましたよ」

「いやっ、そんなつもりは……いや、悪かった」


 栖原がそこまで言うってことは相当な目だったんだろうから、素直に謝っておこう。


 ただ仕事に来ただけの栖原に八つ当たりしても仕方がない。

 八つ当たりされるのは俺の脳だけで充分だ。あ、フラフラする。


「今日は特に何もなかったように見えましたが」

「……ああ、学校で?」

「私の見えないところで何かしていたんですか?」


 クローゼットを開けて洗濯後の衣類を畳みながら、栖原は自然と学校のことを聞いてくる。

 執事服姿の栖原の方が圧倒的に話すことが多いからか、たまに学校に栖原で監視されてることを忘れそうになる。

 けど、俺の高校生活は全部栖原に見られてるんだよな。

 今のところ変なところは見られたりしてないけど。あ、家ではたった今見られてたか。


「いや……今日は正真正銘何もなかったと思う」

「神籐恋美も、今日はいつもよりあの友達二人と固まっていましたね」

「ああ、そうなのか?」


 俺は前の方の席だから、そういうのは見れないしわからない。

 ただ、栖原の言う通り、今日は神籐さんとは少しも近づくことはなかった。

 あのニセデートの翌日だし、てっきり何かあるものだと思っていたけど、俺がビクビクしてるだけで終わってしまった。


「もう飽きたのかもしれませんよ」

「……そう、だといいんだけどなぁ」


 そうなれば、俺の高校生活における悩みは90%カットされるんだけど。

 ただ、栖原の見ていないところで起こったあのニセデートで交わした会話を思い出せば出すほど、そう簡単にこの攻防が終わるとは思えなかった。



 ◇◆◇◆◇



「おはようでござるー」

「おはようでごわすー」

「おはようでございますー」


 翌日登校すると、俺の机には上機嫌な道下と岩須が集まっていた。

 何も知らないクラスメートから見れば謎に上機嫌な二人は世界七不思議に見えているだろうけど、理由は単純に昨日放送されたユリマジが神回だったからだと俺は知っている。


「いやぁ、昨日は盛り上がったでござるな!」

「まさにあれが神回って感じだったでごわすな!」

「確かになー」


 ちなみに、最近の俺のオタク活動の方は、可もなく不可もなくという感じ。

 二人に勧められて百合に目覚めるくらいの時間はある。

 だけど、俺の思い描いていたオタク生活には程遠い。


 その理由は言うまでもなくクラスメートの誰かのせい。

 勉強の方は結構時間短縮できてるし、本来ならもっと時間を割けてるはずだったんだけどなー。


「はぁ……」


 精神と時の部屋ほしい。


「それであそこからキスした後の二連キスがトロンで――あれ、どうしたでござるか優太郎殿」

「元気がないでごわすな」

「ああ、いや、ごめん。何でもないんだけどさ」


 ただ金さえあれば精神と時の部屋に近しいものは作れるのか考えてただけで。


 別に、このオタク話に水を差したいわけじゃなかったんだけど、何か思い当たったらしい二人はチラッと俺の後ろの方の席を見て。


「優太郎殿……そんなに心配することはないでござるよ! 今は拙者達がついてるでござる!」

「そうでごわすよ! おいどんも怖いでごわすが守るでごわす!」

「ああ、うん……」


 なんてことを言い出した。

 道下の方は「鉄壁ガーディアンでござる!」と教室の中で大声を上げてる。俺の友達が勇者過ぎる件。


 って言っても、二人は昨日からこんな感じだった。

 二人がこんな風に盛り上がってる理由は神籐さんから身を守るため、らしい。


 別に俺が頼んだわけではないんだけど、前から二人だけは俺が神籐さんに絡まれていると思っていて、それに加えて岩須が直接危害を加えられたことで、二人の中のガーディアン魂は燃え上がってしまったらしい。


「もう少しでマラソン大会もあるでごわすし、憂鬱になる気持ちもわかるでごわすが、三人でいれば大丈夫でごわすよ」

「ああ、マラソン大会なんてあったなー……」

「その時も拙者達がガーディアンするから大丈夫でござる」


 要は一緒に走ろうってことだろうか。

 そうなると全員の走力の見極めが必要になるけど。


「……まあ、なら安心だな! ユリマジの話の続きしようぜ」

「その通り、安心でござるよ!」

「安心して百合に浸るでごわす」


 まあ、思っていた形とは違うけど、なんだかんだで友達との結束力も高まってるし、これはこれでいいんじゃないかと思う。

 一緒に苦難を乗り越えて仲間になっていく、やっぱり王道は最高じゃないか!


「あ、でももうこんな時間でごわすな……」

「ん? あ、確かにこんな時間でござるな……」

「え、なんかあったっけ?」


 まだホームルームまでは結構余裕はあるけど。

 今日なんか準備することでもあったっけか。


「いや、個人的なことなんでごわすが……すまないでごわす。ちょっと行ってくるでごわす」

「ああ、うん……」

「すまないでござるが拙者もちょっと大切なことが……行ってくるでござる」

「ええ? うん……」


 あれ? 鉄壁ガーディアンさん?


 まあ止める理由もないから見送ると、二人は一緒のタイミングなのに別々の方向に廊下を歩いてどこかに行ってしまった。

 先生に呼ばれてるとしたら別々に行くことはないだろうし、一体何なんだ。


 ただ、あの様子だとしばらく戻ってこないことはわかる。

 その間、鉄壁ガーディアンに見捨てられた俺はここに一人ぼっちだ。


 ……と、そこまで考えたところで、なんか悪寒がした。

 まるで、巣から落ちて一羽になってしまった小鳥のような気持ちが俺を襲う。


 無事でありたい。だけど、身の危険は避けられない。助けてドラえもん。みたいな。


 そんな気持ちは今の俺の状況を忠実に表していたようで――そこに、後ろから足音を立てて着実に近づいてくる天敵の気配。


 ――多分俺は次の瞬間「おはよう」と声を掛けられる。


「おはよう」

「……おはようございます、神籐さん」


 後ろを向き「貴様がやったのか?」と訪ねたくなる衝動をギリギリで抑える。

 俺の後ろに立っていたのは、予想通り、小鳥おれの天敵。神籐さん。

 ニセデートから一日空けて、ついに出陣の時がやってきてしまったらしい。


 タイミングからして鉄壁ガーディアンの二人を解散させたのは確実に神籐さんだし、どうせしたり顔で立っているんだろう――


 ……と思ったけど、なんか神籐さんは微妙な顔をして俺の方を見ていた。


 後ろの神籐さんの席の辺りには、いつも神籐さんにくっついてる女子二人も見える。

 どういう状況だ、これ。


「優太郎」

「はい、なんでしょう」


 ただ、どういう状況でも関係ない。

 俺は神籐さんを丁重に扱う。


「……今日の一時限目、わかる?」

「あそこに時間割がありますよ」

「…………」


 自分でも、理想的なクラスの人気者マドンナへの接し方だなと思う。


 彼女はクラスメートにとって高嶺の花。

 ああ、最初からこう接するべきだったのですね。


「……それで、今日の放課後のことなんだけど」

「はい、何か用ですか?」

「…………」


 俺の圧倒的執事力に神籐さんは何も言えないという様子。

 段々と栖原をインストールしつつある俺の気分は主を見つけて高揚している。


 ……ただ、なんかその会話を最後に黙ってしまった神籐さんは、不満そうな顔で俺を見た後。


「…………なんか違う」

「えっ」


 それだけ言って、自分の席へ戻っていってしまった。

 何か持ってくるわけでもなく、普通に席に戻っていく。

 これで終わりらしい。


 てっきり鉄壁ガーディアンを退けてまでする何かがあるのかと思っていたから、拍子抜けしてしまった。


 気になって後ろを見ると、いつもの女子二人に何か言われている神籐さんは、その二人を完全に無視して席に座っていた。

 ……女子の友達には困らないイメージだったけど、神籐さんにもいろいろあるのかもしれない。


「……まあ、いいか」


 モヤモヤするけど、結果的に平和ならそれでいい。

 俺が教室で神籐さんに失礼な態度を取ったわけでもない。


 ただ、俺が何かしたわけでもないのにやたら不安になりながら、俺はホームルームが始まるまで、一人ぼっちで鉄壁ガーディアンの帰りを待っていた。

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