第11話 ……これも違う

 帰宅後。

 俺は正座をしてスマホと向き合っていた。


「よし…………」


 しばらく目を瞑った後、覚悟を決めて床に置いたスマホを持ち上げる。

 ホームボタンを押すと、『神籐恋美』と表示されたLINE画面。

 安易に触れれば『あ』と間違えて送ることもあり得る画面だ。


 このLINEを使って、俺は今から神籐さんに攻撃を仕掛ける。


「ふー…………」


 指先の力を抜いて、一文字ずつフリック入力していく。

 一文字に十秒くらい掛けて慎重に入力し、二分くらい経ったところで、一つ目メッセージが完成する。


「『こんばんは。光永です』……完璧」


 頭の中に思い描いていた文をそのままメッセージに反映することができた。

 LINEの天才現る。


 このまま送ってしまおう。こういうのは勢いが大事だ。


「ふぅ………………っ!?」


 送った瞬間、五秒も経たずに『こんばんは』と返信が来た。

 早すぎる。LINEの天才現る。


 ただ、ここの返事は既に決めていたから、また慎重に『少し話せませんか』と入力し、二分後くらいに送った。

 それに対し神籐さんはまた五秒も掛からずに『いいよ』と返してくる。


 これで、俺は神籐さんとLINEで話す関係となった。

 ここまで進めただけで俺の目的は達成されたと言っても過言じゃない。


 でもこれじゃ、全く攻撃にはなっていないんじゃないか、と思う人もいるかもしれない。

 しかし、神籐さんの目的は、俺と話して、神籐さんの中にある俺への興味、それを満たすことだ。


 なら、現実じゃなくLINEでその興味を満たすことができれば……そうだ。神籐さんは現実で俺と話す理由を失う。


 ふははははは……我ながら完璧過ぎる作戦だ。

 あとは、神籐さんの興味を満たせるよう、自分のことを赤裸々に話せばこの作戦は成功する。

 さあ、こうなったら自分のことを全部語っていこうじゃないか。


 えっと……? 今は『少し話せませんか』からの『いいよ』が来たところだから……?

 ……まあいいや。次の予定はっと、


「『聞きたいことがあれば何でもどうぞ』……これで予定通り」


 例のごとく返信まで二分以上掛かってるけどこんなもんだろう。

 そして今回は珍しく神籐さんからの返信がすぐには来なかった。


 少し話せないか聞かれたと思ったら聞きたいことがあるか聞かれて混乱してるんだろう。

 俺も混乱してる。


 ただ、混乱していても俺よりは時間は掛からず、一分ほど経ったところで。


『好きな食べ物は?』


 と、最初の質問が来た。


 こんな家に住んでいても、別に貴族のような食事をしているわけではないから、ここは無難に『白米』と返しておく。この答えなら怪しまれることもないだろう。


 続けて、白米から五秒も掛からないうちに、


『おにぎり?』


 と短くメッセージが届いた。

 おお、なんか会話してるっぽい。


 ただ、おにぎりという質問には肯定はできない。

 白米は何にでも合うから白米と言ったのであって……そのまま書くか。


『白米は何にでも合う』


 これも二分くらい掛けたけど、送信した瞬間に当然のように既読がつく。

 そして当然のように次のメッセージ。


『何と食べるのが好き?』


 おお、また会話してるっぽい。

 だけど、何と食べるのが好きと言われると諸事情で詳しくは言えない。

 あくまで何にでも合うから好きな食べものとして言ったわけであって……そのまま書くか。


『何にでも合うから好き』


 送った瞬間、ざっと今まで送ったメッセージの流れを見てみる。

 うん。俺LINE向いてないな。


 だけど、神籐さんは俺の珍回答にツッコむこともなく『そっか』と返信してくれる。

 LINE越しだと凄く良い人な気がしてきた。これがクラスのマドンナか。


 それから、話題が切れたかと思って悩み始めようとしたところで、また神籐さんから一分も掛からないうちに、


『恥ずかしがり屋?』


 と質問が飛んでくる。

 神籐さんが相手ならしばらく会話が途切れる気配はない。


 俺としてはLINEで話が続けば続くほど攻撃した扱いになるから好都合だ。

 この質問の意味は、ちょっとよくわからないけど。


 答えになってないけど、素直に『なんで?』と返してみる。


 すると、今度は一分ほど経ってからURLが送られてくる。

 スパムかな。


 だけど会話の流れ的に見てみるしかないとURLを開くと『恥ずかしがり屋な人の特徴と対策』みたいなページに飛んだ。


 ページをスクロールしていくと、記事の一番上には大きな文字で『人がいる前だと恥ずかしい!?』と書いてある。

 人前だと恥ずかしくなっちゃうのが恥ずかしがり屋の特徴の一つらしい。へー。


 俺はLINEに戻って『なんで?』と返した。


 URL先との関係がよくわからなかった。


 すると、俺がURL先を読んでる間も待っていてくれたらしい神籐さんはすぐに『人がいる前だと恥ずかしいのかと思って』と返信してきた。


 また『なんで?』と返そうかと思ったけど、これはあれか、俺が人前だと話さないのかとか、そういう話か。

 恥ずかしいのかと聞かれても、恥ずかしくはないから答えはノーになる。


『恥ずかしがり屋ではないと思う』

『そっか』


 と、深く追求されることもなくサクッと話は終わる。

 返信には二分以上掛かってるけど。


 ただ、意外にもLINEでは普通に神籐さんと会話してる感じの雰囲気になっていて、予想外にちょっと楽しくなっちゃってる自分もいた。

 道下と岩須とはオタク関係の話しかしないし、クラスメートとこんな風に普通の話をするのは案外初めてかもしれない。


 白米が好きだなんて高校に入ってから誰かに言った憶えないし。


「『趣味はなに?』……ま~、そんなのアニメか漫画かラノベか~――……ハッ」


 ――ただ、このままのめり込むようでは俺は神籐さんとただの友達になってしまう。

 あくまでこれは作戦であり攻撃。


 それさえ忘れずに神籐さんとLINEができれば――明日の朝にはもう、神籐さんの俺への興味は燃え尽きているだろう。

 その時を楽しみに、今はLINEを続けようじゃないか。


「くっくっく……えー……『あ』、『に』、『め』、『か』……ま、ま……『ま』、『ん』、『が』……――」



 ◇◆◇◆◇



 翌日。

 教室に陽が差し込む、清々しいほど良く晴れた朝のこと。


「おはようでござ――だ、大丈夫でござるか?」

「えぇ……? 何がぁ……?」

「目にとんでもないクマができてるでごわすよ……」

「えぇ……? 本当……?」


 あれれ~おかしいな~……?

 俺は昨日たった一人とLINEして過ごしてただけなんだけどな~……?

 LINEってそんなに長時間掛かるものだったっけなぁ~……?


「ちなみに何時に寝たでござるか?」

「午前四時」

「ちなみにいつも何時に寝てるでごわすか?」

「日が変わる前には寝てる」

「ヤバいでござるな」


 そう。ヤバい。

 だけど、ヤバいと言いつつ岩須と道下はそこまでは驚いてない。

 まあそういう日もあるよね、みたいなテンションだ。


 高校生には「オール! オール!」が鳴き声の人種もいると聞くし、夜更かしは結構普通なんだろう。

 でも、残念ながら俺はここまでの夜更かしは経験がない。

 脳が働かない目がしぱしぱする目蓋が重いもう無理帰りたい。


 というか寝る。


「……今は起こさないでおこうでごわす」

「……そうでござるな」


 優しい二人の声が聞こえる。

 どうせならこの二人とLINEで仲を深めれば良かった。


 そう。俺がこんなことになってしまったのは全て頭のおかしいLINE魔人のせい。

 だけど、俺はできるところまでやった。

 もう興味を持つところなんて一つもないってところまで付き合った。


 今日はもう、安らかに眠ろう……。


「――優太郎殿、優太郎殿」

「えぇ……?」


 なんて思ってたら、大して時間も経ってないうちに起こされた。

 さっき優しいこと話してなかったっけ? 二人とも。


「廊下の外で人が呼んでるでござる」

「部長……?」

「部長じゃないと思うでござるけど」


 俺、部長以外にクラス外に知り合いはいないはずなんだけどな……。

 卓球部にいる一年生も全員同じクラスだし。


「……まあいいや。……いいか」


 めちゃくちゃに重たい頭でもオチが何となく読めた。

 読めたけど、もういい。


 面倒くさいし行こう。行ってすぐ寝よう。


 ノロノロと教室を歩いて、廊下に出る。

 その先には誰もいない、かと思いきや。


「おはよう、優太郎」


 神籐さんが後ろから歩いてきて、そのまま廊下に出てきた。

 何だかその表情はいつもより明るいように見える。


 俺にはその理由を考える頭はないけど。


「……はい、おはようございます」


 ただ、挨拶を返すと、その表情が少し曇った気がした。

 その理由を考える頭も俺にはないけど。


「寝不足だったらごめん。私のせいで」

「いや、大丈夫なので。お気遣いなく」


 気にすることないよと丁寧に言ったつもりだったんだけど、言うとまた表情が曇った。

 もう曇りを通り越して悪天候に突入しそうだけどその理由を考える頭も俺にはない。


「……それで、今日の放課後のことなんだけど」

「はい。何か用ですか?」


 ピキッと、何かが砕ける音がする。

 あ、これ前にも見たやつだ! と考える頭は今の俺にもあった。


 そして、俺の予想通りその会話を最後に黙ってしまった神籐さんは、くるっと回転して俺に背を向けて。


「……これも違う」


 なんか呟いて、教室には戻らずにどこかに歩いていってしまった。


 とりあえず俺の睡眠時間を返してくれとどこかで言いたかったけど、学校では丁重に扱うと決めた神籐さんにそんな無礼なことを言えるはずもなかった。


 それから俺は授業中にぐっすり眠って。その日の夜。


 神籐さんに『話ならLINEだけじゃ駄目?』とメッセージを送ってみたものの、『まだ諦めてないから』と謎のメッセージが返ってくるのみだった。


 ちなみに、その夜も神藤さんからのLINE爆撃が止まなかったことは言うまでもない。

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