第7話 いやデートじゃないと思うんだけど
――落ち着かない。
自分の格好を見て、周りを見渡して、最後に近くの時計を確認する。
高校生のうちは、こんなことはないと思ってたんだけどな。
望んでいなかったかと言われれば否定はできないけど、俺の目標とは相反するものだと思っていた。
なんて考えているうちに、後ろから俺の肩を誰かが叩く。
「――おはよう、待った?」
「いや……全然。というか、まだ十五分前だし」
「確かにね」
そう言って、私服姿の神籐さんは教室とは違って素直そうな顔で笑う。
まるでデートだけど、わざわざ言うまでもなく、俺は神籐さんと付き合ってはいない。
――そして、どんなに相手が綺麗でも、これはデートなんかじゃなく
それだけははっきりしていた。
◇◆◇◆◇
『私とデートしてください』
そんなLINEが届いた後、俺は十時間ほど返事を迷うことになった。
十時間というのは冗談とかではなく、本当に外が明るくなるまで俺はこのメッセージと真剣に向き合っていた。寝たのは朝の五時。
まず、その時の俺はてっきり、もう神籐さんは俺とは、顔も合わせたくないような状態だと思っていた。
だから、デートなんてあり得ない、このLINEはきっと何かの暗号で、言葉通りに受け取ってはいけないに違いない。何か別の考え方をすれば真のメッセージが浮かび上がるんだと、そう考えた。
結果、全く答えは浮かばなかった。
そうか、これは暗号じゃないんだ、と気づいた辺りでもう五時間は経っていた。間抜けだった。
しかし、暗号じゃないとわかったところで、そのメッセージが意味不明なことには変わりなかった。
何故俺が神籐さんとデートするんだ? もしかして神籐さんは俺のことが? いやそうなる理由ないだろいつの間にか皆主人公に惚れてるラブコメかよ? みたいなことを考え続けていると、いつの間にか三時間ほど経っていた。
それからは睡眠時間のこともあり焦りに焦った。
学校に行くまでには返事をしなければ岩須がどうなるかわからない。
ただ、いくらたった二つのメッセージを見て延々と考えたって、神籐さんの思考は読めない。
俺に文字から感情を抽出するような特殊能力はなかった。
結局、五時くらいまで粘っても眠気に襲われている俺の思考に進展はなく、俺は岩須を脅した上でこんなメッセージを送った神籐さんの話を聞くために、『わかった』と了承のメッセージを送ることしかできなかった。
◇◆◇◆◇
「――で、俺はどこに行けば?」
そうして来てしまった約束の休日。
LINEで待ち合わせた通り駅前で集合したところで、俺は完全に行動を神籐さんに委ねた。
誘ってきたのは神籐さんの方だし、本当にデートをするとは最初から思っていないから、俺は何も考えていないし、下手な行動を起こす気もなかった。
それに対して、紺のニットウェアに白のスカートといういつもと違う服装のせいか、学校より大人っぽく見える神籐さんは、顎に手を当てて子供らしい仕草で「んー」と唸り、
「優太郎の行きたいところがあるならそこで」
「俺は別に……」
アニメイトなら一人で行くし。
それに、こんな風に休日に誰かと出かけるなんてことは滅多にないから、どうしていいか正直わからない。
神籐さんに委ねるだの言ってるけど、実際のところ自分で考えようとしても多分考えられない。
道下と岩須が相手なら行く場所は直感でわかるから楽なんだけどな。
「まあ、とりあえず、話せるところには行きたいけど」
「それは私も」
結局、神籐さんは待ち合わせに来なかったり、わざと遅れたりすることもなく、普通にデートみたいな私服で待ち合わせ場所に来た。
この場で嫌がらせをするわけでもないなら、一体何が狙いなのか、とりあえず落ち着いて話せるところで話したかった。
神籐さんもわかっているだろうけど、今日の俺の目的は当然デートなんかじゃない。
俺の友達を使ってこんなことを仕掛けてきた神籐さんに話を聞くことだ。
「じゃあ、私がよく行くところでいい?」
「……俺も入れるところなら」
「それは大丈夫。二人の方が安いから」
「ふーん……?」
神籐さんみたいな女子がよく行って、二人の方が安い場所。
それがどこかは全く予想できなかったけど、オタクがそんなこと考えても無駄かと、俺は素直に神籐さんについていくことにした。
まあ、きっとオシャレな場所に連れて行かれるんだろうけど、余計なことはしなければ目立つことはないだろう。多分。黙ってれば。
それから約十分後、俺ひたすら後ろをついていき、神籐さんの言う話せる場所に来ていた。
テレビのある個室に案内され、周りから誰かの歌声が聞こえる中、神籐さんはゆっくり顔を上げる。
「じゃあ……どうする? 歌う?」
「いや歌わないけど!?」
あれ? 俺歌いたいじゃなくて話したいって言ったよね? 言い間違えた?
そんなことを思ってしまうくらいごく自然に俺が連れてこられたのは駅から徒歩で十分ほどの場所にあったカラオケ。
俺の予想とは180度違う場所だけど、神籐さんはウキウキでマイクを持とうとしてる。
いきなりこんなところに連れてこられても、俺は歌わないし歌を聞くつもりもない。
「あの……話せる場所に行くって話じゃなかったっけ?」
「二人で、個室だし、話せない?」
いやめっちゃ騒々しいんですけど。隣のおじさんめっちゃ上手いんですけど。
他の部屋から聞こえる歌声のせいで小さい声は聞こえないし、本気で選んだんだとしたらさすがに理解に苦しむ選択だった。
神籐さんなら絶対もっといい場所も知ってるだろうに。
まあわざと話さないためにここを選んだなら策士だなと思うけど、「いつも来てるから来やすかったの」と言って唇を尖らせてる神籐さんを見るとどっちかわからない。
「まあ……話してくれるなら、どこでもいいんだけど」
「そっか」
ちなみに、カラオケの料金は三十分ごとに加算されるプランで、お一人様は+20円。
確かに二人の方がお得といえばお得だけども。そうじゃなくないか。
「それで、話だけど――」
「優太郎は何か頼む? ポテトとか」
「……いや、そんな長居するつもりないし、別に」
「わかった」
そう言ってすぐ、神籐さんは受付に電話して水とポテトを頼んでる。
あれ、なんかこの人普通にエンジョイしようとしてるような気がするんだけど気のせい?
「あのー……普通に遊ぶなら俺以外と来てる時にしてもらって」
「優太郎以外って?」
「普通に、いつも話してる友達とか?」
「私、滅多に人とカラオケ来ないから」
いつも一人だから、と神籐さんは結構意外なことを言う。俺が言ったら似合いそうな台詞。
言われてみれば、学校では神籐さんは友達とも話してるけど、そこまで仲良く遊ぶような雰囲気でもないかもしれない。
案外一人が好きだったりするのかな。
……って、普通にそういう雑談してたらここに来た意味がないな。
興味が無いかと言われれば否定できないけど、このカラオケにいる間に聞かなきゃいけないことはたくさんある。
「……まあ、俺はカラオケはあんまり行かないからわからないんだけど」
「そっか」
「でも、カラオケに来たことの前に、聞きたいことがあるんだけどさ」
「なに?」
首を傾げる神籐さんに、俺はスマホを操作してLINEの画面を見せつける。
「物凄く今更なんだけど、『デート』ってなに?」
画面には『私とデートしてください』という神籐さんのメッセージが映っている。
数日前、俺の連絡先が岩須から漏れた際に送られたメッセージだ。
「……デートじゃない?」
「いやデートじゃないと思うんだけど」
これをデートと本気で言うのなら俺は神籐さんの頭まで疑わなければいけない。
メッセージでわざわざ『デートってなに?』って聞くのも野暮だと思って聞けなかったけど、そもそも今日の集まりは一体なんなのか、それが今日一番に聞きたいことだった。
俺は「話したいことがあるから休日に会える?」という意味で神籐さんは『デート』と言ったんだと思っていたけど、神籐さんは特に話があるようにも見えない。
「これは正真正銘のデートなのよ♡」と言われたら俺はポッ///と頬を赤らめるしかないけど、俺と神籐さんの関係は明らかに友達未満だろう。
「学校じゃ話せないことがあるから呼び出したのかと思ったけど、そうでもなかったし。岩須のこと使ってまで俺を学校の外に呼び出した理由って、なに?」
少し言い方はキツかったかもしれないけど、このままはぐらかされ続ける可能性を考えたら、ここでちゃんと聞いておくしかなかった。
心を壊され百合星人になった岩須のためにも、この場でこれはちゃんと聞いておかなければいけない。
それに対して、神籐さんはあからさまに嫌そうな顔をする。
嫌そうというか、面白くなさそうというか。そんな顔。
そんな顔のまま、神籐さんはそっぽを向き、
「学校で話せるならそれでよかったんだけど」
と、俺に聞こえるか聞こえないかくらいの声で呟いた。
……『学校で話せるなら』?
「えっ、それってどういう意味っ?」
小声ということもあって凄く意味がありげに聞こえる、ゲームで言う重要イベントみたいな台詞に思わず体が前に出る。
「えっ? 別に……ちょっ!?」
それに対して神籐さんはなんか逃げようとしてるけど、ここは何があっても話を聞こうと、俺は「どういう意味?」と連呼しながら前進する。
今の台詞を突き詰めていけばきっと何か答えが見つかる。神籐さんの態度がそう言っていた。
ずんずんソファを横に動いて神籐さんに近づいていくと、明らかに神籐さんの様子がおかしくなる。
絶対に何かの答えがそこにはあると神籐さんの顔は示していたけど、神籐さんは何も喋れない様子で後ろに下がっていく。
喋らないつもりだということはその仕草からわかったものの、これは学校では聞けないこと、そして、俺の高校生活に関わることだという確信があった俺は、隙を与えることなく距離を詰めていった。
その間も「どういう意味?」と問うことは忘れない。
――ただ、俺の「どういう意味?」が二十個ぐらい連なって、とうとうソファの端に座る神籐さんの逃げ場がなくなった辺りで、コンコンと部屋の扉から音が鳴った。
「失礼しまー――……」
「あ」
我に返って自分の姿を見ると、そこには同じクラスの女子をソファの端まで追い詰めて、耳元で「どういう意味?」と連呼している変態がいた。
気づくと、なんかいい匂いがした。
「えっとねぇ……君達? そういうことは、ここじゃしちゃ駄目なんだけど?」
◇◆◇◆◇
カラオケの帰り道。
あまり通らない道を歩く俺の隣には、行きよりも随分と雰囲気の暗くなった神籐さんがいた。
「もう、あのカラオケ、行けない……」
「……ごめん」
何のことかは言わずに謝っておく。
言ったら思い出させてしまうかもしれないし。
とぼとぼと歩く神籐さんはカラオケを出てから、多分集合場所に向かって歩いてる。
次どこかに行くという雰囲気でもないし、きっとここで解散だろう。
結局、あの後は無言でポテトを食べて終わりだったし、聞きたいことは何も聞けなかったな。
学校じゃ近づけないし、今日は神籐さんが何を考えて動いてるのか、探れるだけ探りたいと思っていた。
それは、俺の高校生活を守るため、というのもあるけど、本当に俺は神籐さんを敵として見るべきなのか、それを知るためにも、探りたかった。
俺はまだいまいち、神籐さんが何を考えているのかわからずにいる。
横をゆっくり歩く神籐さんを見ながら、今は話す雰囲気じゃないよな、と再確認する。
「……優太郎、学校と外だと結構違うよね」
「…………えっ? あー……いや? 別にそうでも……ないと、思うけど」
そんな確認をした直後に話しかけられて、隙を突かれたような反応になってしまった。
「あんなこと、学校で女子にしないでしょ」
「……まあ、それは」
してたら多分俺は
ただ、別に今日は間違っただけで学校と外で違いはない――と思っていたけど、言われてみると、自分でも結構違いがある気がしてきた。
自覚はなかったけど、学校では、というかクラスメートに対しては、いつももっと慎重に行動してる。
言葉遣いも気をつけてるし、空気もなるべく読もうとしてる。
だけど、今日の神籐さんに対しては、あんまりそういう慎重さはなかった。
神籐さんもクラスメートではあるんだけど、今日は岩須と俺の高校生活を守るため、話を聞き出すために、結構積極的になっていたかもしれない。
神籐さんが一番気をつけるべきクラスメートなはずなのに、いつの間にかそんな意識が薄れていた。
ただ、きっと学校の中に戻れば、さすがに神籐さんにそういう態度を取ることはない。
高校生活に影響があるかどうか――そんな基準で、もしかすると俺は無意識に態度を変えているのかもしれない、そう思った。
「……カラオケにいる時『学校じゃ話せないことがあるから呼び出したのかと思った』って言ってたでしょ」
「ああ、うん」
「私も聞きたいことができたから、聞いていい?」
散々話を聞こうとした俺がここで否定なんてできるはずもなく、頷きながら横を向く。
すると、足を止めた神籐さんは、さっきまでのどんよりとした雰囲気は捨て、少しのブレもなく俺の目を見ていた。
そうして、神籐さんは推理する探偵のような仕草をして。
「少し思ったんだけど――学校内では私に近づかれたくない理由とか、あったりする?」
「…………」
俺の中にいろいろな選択肢が頭を巡る。
神籐さんの疑問は当たっている。
だけど、それを言ったところで俺には良いことがない。
思っている通りのことを言ったらきっと神籐さんは俺を不快に思う。
そうなれば俺は今より神籐さんに嫌われるだけで、それで高校生活が理想に近づくとは思えない。
言うだけ損だ。
……――でも、残念なことに、俺は上手い嘘は吐けない。
どんなに考えようと。
一呼吸置いてから、俺は回りくどい答えを返した。
「……それ、あるって言われたら、どうするつもり?」
「別に? 傷ついた後、策を練るだけじゃない? 優太郎からは駄目な理由があっても、私は優太郎に興味あるし、話したいから」
「……――――」
飄々と言う神籐さん。
そんな姿に、俺は思わず綺麗さのみならず、格好良さまで感じてしまった。
俺は今の今まで、今日のデートのことを、そして神籐さんのことを、少し勘違いしていたかもしれない。
神籐さんは俺に何故か興味を持った。そして友達になろうと言った。きっとそこに嘘はなかったんだろう。
――だけど、俺はてっきり、それを断られた時点で神籐さんの中の俺への興味はなくなったんだと思っていた。
興味が裏返って逆に俺を嫌いになり、憎しみから嫌がらせでも画策しているんだと思っていた。
しかし、それは違ったらしい。
神籐さんはしつこい。この容姿でヒトカラしか行かないなんていうひねくれた性格も今なら納得できる。
神籐さんの俺への興味は変わっていなかった。
俺が友達になることすら断って、「なんでよ!」と叫んでいた後も、神籐さんは予想外にも断りやがった俺を何とかする策を考えていたらしい。
ずっと不思議に思っていたデートの理由も、今ならわかる。
単純に、学校の外でなら俺と話せるかという実験だったんだろう。
たった今気づくまで、神籐さんの思考がわからなかったから何も決められなかったけど、今ならはっきり言える。
――俺の過ごす高校生活において、神籐さんは『敵』だ。
俺の三年間の計画を、真っ向から潰しにきているのが神籐さんだ。
「――じゃあ、答える」
「うん」
「学校内では神籐さんには近づかれたくない理由がある。ごめん」
そんな神籐さんとどう付き合っていくかがこの高校生活の鍵を握る。
そんなことに、俺はその時やっと気づいた。
「……わかった。悪いけど私は気にしないから――明日から学校でよろしく」
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