精神異常⑤
先ほどブラッド達が確認したのと同じような事を説明して、イレイズは他の警備員を連れて署に戻っていった。相変わらず奥方を宥めるアイルーを横目に、ブラッドとスカーは比較的大人しくしているという他の家族の元に向かう。使用人二人はちゃんとした教育を受けており、この件は決して口外しないと言っていたようなので、軽く話を聞いた後解放する事になっている。
「あ、ブラッド隊長」
奥の部屋から出て来たのは、先ほど話題に出てきたエラーと隊員が数人。今回の任務によほど気合が入っているのか、やや緊張した面持ちでブラッドの前に立つ。
「今、先に使用人二人の話を聞いてこようと思っていた所で…」
「後の家族は?」
「それが、まだ……。とても話せる感じではなくて」
「? 大人しくしているんじゃなかったのか」
「それはそうなんですが……。おばあさんの方が」
エラーがもごもごと伝えてきた事に、ブラッドはああ、と納得する。
「やっぱ思った通り、一筋縄じゃ行かなさそうなばあさんだね」
スカーが呟いた事に頷いた。
「分かった。家族には俺が話を聞こう。エラーは使用人を頼む」
「わかりました」
敬礼をして、出てきた部屋とは別の部屋にエラー達が入っていったのを見届け、ブラッドは家族が待機しているであろう部屋の扉を開ける。
「あら、今度は偉そうなのが来たね」
こちらを一瞥し、中にいた老婆が嘲るように呟く。
「防衛隊長のブラッドと申します。早速で申し訳ないのですが、異常者についてどこまで知っておいでで?」
「ふん、最初からそう言や良いんだよ。保護だのなんだの御託を並べて…」
「母さん…」
家の主でもある彼女の息子が窘めるように呼ぶが、老婆は一睨みして聞く耳を持たない。
「部下が失礼な対応をしたようで申し訳ありません」
ちらりとその横を見ると、老婆の孫でもあり、男の子供であろう十二歳くらいの娘が怯えたように身を縮こまらせ、成人前くらいの息子がその肩を抱いている。
おそらく彼等を怯えさせない様に『保護』といった言葉を部下達が使ったのだろう。けれど男は兎も角、老婆に彼等を気遣う様子はない。
「おばあさんに、息子さん。玄関にいらっしゃるのが奥さん、そちらがお孫さんでよろしかったですか?」
「まったく、役に立たん嫁だよ。早く捕まえておくれ」
「……。お孫さん二人は、別室に移動しましょうか」
不穏な台詞に、子供たちがびくりと肩を揺らしたのを見て、ブラッドがそう言うと、男がホっとしたような顔をする。スカーがその言葉に動いたのを、老婆の視線が鋭く追いかけた。
「その必要はないよ。その子らもあの子と一緒だ。早く捕まえて処分しちまいな!」
「母さん!」
過激な発言に、男が悲鳴を上げるように叫んだ。ブラッドは眉を潜める。
「あの子…?」
「……俺の弟の事ですよ」
異常者の。と男が口の中で呟いた声が聞こえた気がした。老婆がフン、と鼻を鳴らす。
「こんな呪われた家系がいつまでも続くと思うと悍ましいよ」
自分の息子と孫をまるで仇のように一睨みして、老婆が黙った。その隙に、スカーが子供達を部屋の外に連れ出す。娘は隠しきれない嗚咽を漏らしながら泣いていた。
「……、今のがどういう意味か聞いても?」
老婆の発言は、誤魔化しきるには過激すぎる。固く口を閉ざした老婆の代わりに、息子の男が重い口を開いた。
「うちの家系は……、呪われているんです」
バーボン家の祖父。つまり老婆の旦那も異常者だった。その頃はまだ異常者の二次被害を防ぐために情報を秘匿する事が徹底されておらず、老婆はあっさりと自分の旦那が異常者だった事を知る。
息子の一人がそれを知って引きこもりがちになり、住んでいた家に火を放って失踪。幸い、家族は無事だったが、家は全焼し、もう一人の息子である男が立て直す事になる。それが大体十年前の話。過去、防衛隊が捉えたという異常者だった息子を捕縛した時期とあっていた。
老婆は、逃げた息子が異常者ではないかという事は、すぐに疑い始めた。けれどその頃には異常者の情報が秘匿され、簡単にその真実を知る事は出来なくなっていた。自分の旦那も異常者だったんだとしつこく警察に出向いた結果、漸く『観察保護』を条件に真実を知った。
「過去二人も異常者が出たこの家計は呪われている。……情報が中々手に入らなかったのも、血縁である遺族も異常者になる可能性があるからなんですよね」
「……行方不明と聞けば、まず異常者と思え。と、警察や防衛隊ではそれが暗黙の了解となっていますからね」
老婆の過激な発言も、ある意味普通の反応なのだろう。けれど、今現在この家で異常者になり得そうのは、異常者とは血は繋がっていない筈の、男の嫁だ。ふと耳を傾けると、ロビーからまだ女のヒステリックな叫び声が響いている。
「奥さんはいつもあんな感じなんですか?」
「……いえ、ここ最近で可笑しくなってしまって。母さんが変な事を言い出すから」
息子が異常者だったと知った瞬間から、老婆は息子や孫に厳しく当たるようになったのだ。それこそ過激な程に。
「あの女が一番頭が可笑しいんだ。はやくなんとかしておくれ!」
「もうやめてくれ……」
男が意気消沈したように縋りつく。それをまたも鼻で笑いながら、老婆は吐き捨てるようにこう言った。
「アタシには分かるよ。あの女も、あのくそじじいとバカ息子とおんなじ化け物なんだよ」
化け物を、安らかに殺す方法 みけ @umikorone24
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