しまもと散歩はつづく
もう少ししたら、俺たちは3年生になる。
エロ本収集は、しばらくお休みすることにした。そんな暇はなくなった。もちろん大学受験が控えているのもあるが、それ以前に。それ以前に、誰かさんのせいで。でも、誰かさんの方が、ずっと…………
「いや、エロ本と比較すんなや。失礼な!」
「痛っ!」
デコピンされた。小学生か。
「たっくん……どこの大学受けるん?」
「まだ決めてへん……、一緒の大学やったらええけど、ちゃうくなるかもしれへんし」
「どっちにしても、ずっとこんなふうにいよな?」
「うん」
実は、彼女はものすごく成績が良く、クラス内でトップクラスである。そもそも、元々はもっと偏差値の高い学校を受験していたのだが、当日に酷い風邪を拗らせてしまって実力が発揮できなかったのだそうな。滑り止めで受けた高校が、ここだったのだ。自宅から遠いのでパパさんは嫌がっていたそうだが。
同じレベルの大学に進学しようと思ったら、中の下くらいの成績の俺には猛勉強が必要なはずだ。バイトもしたいのだが、予備校も行った方がいいのかなあ。
これからも、迷いながら歩いていくのだろう。知らない駅の周りとか、夜中のイオンとか、繁華街とか、散歩を続ければ続けるほど、知らないことは増える。いきなり大人になれるわけじゃないけど、少しずつ自分が変わっていくような、そんな気がしている。
島本「見歩」という名前は、「見て歩く」という意味で付けられたらしい。この前、初めてパパさんに会った時に、そう話してくれた。
パパさんが経営するというバーに、昼間の営業時間外に特別に入らせてもらって、ポテトチップスを3人でつまんだのだ。当然ながらアルコールはダメだと言われたが、代わりにホットコーヒーを挽いてくれた。パパさんはカフェで働いていたこともあるらしい。
そんな願いを込めて「見歩」という名前を付けたのに、実際は過保護になりすぎて束縛していたということに最近になって気づいたと言っていた。だけど、1人しかいない娘はとっても可愛いから、とも言っていた。パパさんは、事あるごとに「みほたんは可愛いからねえ」を繰り返し、その度に見歩は「みほたんって言うな」と繰り返していた。よし、今度、絶対にみほたんって呼んでからかおう。
あと、10年前に病気で亡くなったというママさんは「見絵(みえ)」という名前で、「見」という漢字はそこから取ったらしい。
見歩の門限は、夜9時まで。ただし、俺と共に行動するのが条件、ということで、話がまとまった。
地井武男も加山雄三も高田純次も出て来ないが、散歩はまだ続く。
「今日はどこ行く?」
「スタバ」
「……ドトールじゃあかんの?」
「あの、やたら難しい名前のフラペチーノ飲みたいねん!」
夢は叶っていく。俺の財布のお金は減っていく。やっぱりバイトしよう。実は、ホワイトデーに渡すために、こっそりミニオンのぬいぐるみを買ったところなのだ。メルカリで買ったのは内緒な。
「たっくん♪」
「……………」
「あれ?嫌がらへんの?」
「……最近慣れてきて。むしろ、ちょっと嬉しい気になってきてん」
「なんや、おもんなっ」
「みほたんっ♪」
「……………ッッッ!!!!!!!!」
「って、呼ばれてんねやろ?パパに?」
「やめ!やめて!マジ恥ずいから!」
「みほたんっ♪」
すぐには大人にはならないけど、この子の気持ちを、見て歩こう。
「みほたん」
「たっくん」
もっと、小さい頃から出逢っていれば良かったのに。
2022年に成人年齢が上がっても飲酒と喫煙が20歳を超えてからなのは変わらないらしいが、その頃には俺は20歳を迎えている。どんな世界なんだろう。見歩と一緒にお酒が飲めるんだ。タバコは……。
「チョコレートクリームドーナツが食べたかってん」
「それ注文するのんは、全然難しないやろ!」
「たっくんも、ちょっと食べる?」
見歩の口元には、チョコレートの跡がちょっと付いていたけど、かわいかったので、しばらく指摘しなかった。やっぱりまだ、タバコはいいや。チョコレートでいい。cigarette、chocolate....,スペル合ってるよな?どこの大学を受けるにしろ、英語は必須科目なんだよなあ。ちゃんと勉強しないと。
「チョコレート、口に付いてるで?」
「自分もな?」
「そういえば、だいぶ前にメイドカフェ行ってたやろ?あそこって女子でも行ってええもんなん?」
「別に大丈夫やと思うけど」
「今度、一緒に行こや?」
散歩は、まだまだ続きそうだ。
CHOCOLATE≠CIGARETTE @pullerna
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