エロ本収集家のその後

さて、バイトだ。3日めにして最終日。当然のごとく、やる気ゼロだった。後から知ったのだが、バイトを辞めるには最低でも2週間前には通告しなければならないそうだ。「そこはなんとかしておきます」と事務の人は無感情に言った。3日で辞める奴なんか、ざらにいるのだろうな。


もう契約を取ろうという気概など0.0001ミリもなかったが、それでも仕事をしている振りはしなければならない。最後の3時間をなんとか乗りきった。が、ついに1件も契約が取れなかった。お力になれず申し訳ないという気分と、こんなにたくさんの人にアピールしてもダメなら仕方がないのではないかという気分が交錯した。まあ、もう辞めるわけだけど。


帰りに喫煙所のそばを通ると、山崎さんがいたのでびっくりした。


「あっ」と、思わず声が出てしまった。向こうも俺に気づいたらしく、「ども」と、軽く返ってきた。初日のようなきびきびしたビジネスライクな感じではなく、砕けた雰囲気だ。 


「あの、……出向になった、って、聞きました」


出向がおめでたいことなのかそうでないことなのかよくわからないので、どんな顔をしたら良いのかわからない。しかし、山崎さんの表情は穏やかだった。


「はい。同じ系列の京都の会社で人事部の仕事をするようになりまして。新卒採用とか、研修のサポートをすることになりまして」


「元気そうで良かったです」


あ、「元気」じゃなくて「お元気」か。こういう言葉遣いの雑さが、まだ子供なところなんだろうな。しかし実際に、山崎さんは以前よりも顔の艶が良く見えた。少し砕けた話し方なのは、もう上司と部下という関係性ではなくなったからなのか。


「どうも、数字を日夜追っかけて、というのは、僕の性に合わないみたいで。だから、出向して部署が替わって、むしろホッとしてるんです」


「それは、良かったですね」


どうにも、大人の会話をするには、俺はまだまだボキャブラリーが貧弱だ。


「本口さんも、辞めてしまわれるんですね。まあ、数字とか競争とかを思いっきり楽しむ才能のある方もいて、これが天職だ、って言う人もいるし、1日で飛んじゃう人もいるし……どの選択が正しい、ってわけじゃないんですけどね」


それからしばらく、俺は山崎さんと話した。色んなことを聞いた。山崎さんは元々は20代にして株式会社ハードエニイの部長職まで昇りつめた人物で、かつては年収1000万プレイヤーだったこと。どうやらもうすぐ結婚されるらしく、その相手の女性は京都に住んでいて、出向はむしろありがたいということ。時期を見て京都に移り住むらしいこと。今日はその旨を社内の人たちに伝え、お別れしに来たのだそうだ。


「京都といっても、そう遠くはないんです。円町のあたりですから。稼ぎはだいぶ減りましたけど、彼女と過ごす時間がだいぶ増えたので、感謝してるんです」


お幸せに、と言って、山崎さんと別れた。今後、会うことがあるかどうかはわからない。初日にいただいた名刺はもう捨てようと思っていたのだが、いちおう取っておこう。テキトーに財布の中に突っ込んだ名刺はクシャクシャになっていた。やっぱり俺は、まだまだ子供だ。ろくに常識をわかっていない。


ビルの前のレクサスは、今日は外出していた。そういえば、社長は近いうちにビジネス系のテレビ番組に出演する予定だと社内掲示板に書いてあった。その収録に行ったのだろうか。全国放送されるらしく、オフィスにもテレビ局の撮影が来たらしいが、俺はその日はいなかった。まあ、別に映りたくはないが。


最初の業務説明の時に山崎さんが話していたが、社長はひとつ前の事業を失敗させて巨額の借金を抱えて自己破産、知人の伝手を巡り回って株式会社ハードエニイに紹介してもらい、そこでトップ営業マンになり、やがて子会社のユーエイを設立した、とのことだ。東証二部に申請中だとか言っていたような気がするがよくわからなかった。でもたぶん、テレビに呼ばれるということは、これから有名になるのだろう。




今日、とうとう、進路希望調査用紙、なるものが配られた。一応は進学校のここに入学した時点で、いずれ目にするものだとはわかっていたが、いざその1枚を手にすると、予想以上に戦慄が走った。


進学を志望する大学はどこなのか、具体的に書かなければならない。今まではのうのうと中くらいの成績で赤点をまぬがれて安心していたが、今後はそれだけでは済まなくなるのだ。就職という道ももちろんなくはないのだが、バイト3日しか職務経験がない俺に何ができるのか。


そういえば、ソータのお兄さんは無事に大学に合格したのだそうだ。そして、ソータは少し前から予備校に通っていて、そこでなんと2つ歳上の彼女さんができたらしい。お兄さんと同い年だが、なんと、お兄さんの高校生の頃の同級生なのだという。社会のことはまだよくわからないが、意外と狭いのかもしれない。


ヨドにはまだ春が来る気配がないが、彼は成績が良いので、国立を目指すと言っている。なんと第一志望は京都大学だという。Twitterで拡散されていた学園祭の楽しそうな様子や、自由な校風に憧れているらしい。


ナカやんと山田は順調なようで、たまにノロケ写真のLINEを送ってくる。めんどくさい時は既読スルーしているが、そうするとなぜか見歩に怒られる。「あさみが幸せだと自分も嬉しい」らしい。 


塚本は予備校を2つ掛け持ちしている。実は努力家なのだ。やはり理系の大学を志望している。


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