恋する魔王と勇者様

石動なつめ

恋する魔王と勇者様


 静謐な魔王城の玉座の間で魔王と勇者が対峙していた。

 昔から良くある英雄譚のように勇者は魔王を倒しに来ているのである。

 人間というものは英雄譚に弱い。共通の敵さえ作ってしまえば、どれほど諍いをしていたとしても一時的には協力し合う。そういう種族だ。

 魔族にとっては良い迷惑である。

 そんな一方的な事情で勇者は魔王城へと攻めて来るのだ。


 だが今回の勇者は今までとは少し違うように感じられた。

 今までの資料を読めば勇者が魔王城へやって来るのは一年に一度くらいと記載してある。

 しかし今回の勇者は一年に一度どころか、数週間に一回という頻度でやって来る。

 一度で勝負がつけば良いのだが何故か毎回「キリの良い所」で勇者は戦いを止めて帰っていくのだ。

 そうしてすでに五年もの時間が経っていた。

 そこまでの時間があれば魔王城の者たちも勇者とはすっかり顔なじみで「今日はこういう訓練しようぜ!」みたいなノリで対応する始末。

 前代未聞ではあるものの――おかげで人間たちからはそれ以上の悪さはなく、平和である。

 だがしかし、勇者は何がしたいのか。

 あまりに何度も来るものだから、ある日魔王は勇者に聞いてみる事にした。


「お前はどうしてそう、何度も何度も来るのだ?」


 魔王がそう聞くと、勇者はきょとんとした顔になる。

 そうして少し間を空けて今度は何とも難しい顔になった。

 やや不機嫌そうにも見える表情に、魔王はその豊満な胸の下で腕を組んで不思議そうに首を傾げる。

 何か変な事を聞いただろうか。

 そう思っていると、勇者はムッとした顔のまま、

 

「…………どうして僕が何度も来ているのか、分からないのかい?」


 と魔王に聞き返した。


「戦うのが好きだから?」

「ひと言多い!」


 魔王が思った事を答えると、勇者は両手で顔を覆い、天を仰いだ。 

 魔王が「どうして顔を覆うのだ」と聞くと、勇者は「そりゃあ覆いたくもなるよ」とガッカリした様子で呟く。

 何が「そりゃあ」なのか分からなくて、魔王は首を傾げた。


「戦うのが好きではないなら、そう来る事もあるまい。お前がここへ来始めてもう四、五年ほど経つだろう。時間の経過は私にとってさしたる問題ではないが、人間には大きい時間だろう。そろそろ嫁さんを貰ったらどうだ」

「…………」


 親切心から魔王がそう言うと、勇者は露骨に不機嫌な表情になった。


「何故むくれる。せっかく綺麗な顔をしておるのに、台無しだぞ」

「男に言う台詞じゃないよ」

「男も女もあるか。綺麗なものは綺麗だ。顔も良いし、名誉も立場もあるお前ならばモテモテだろうに」


 訳が分からず魔王がそう言うと、勇者は手を下ろし、肩をすくめる。

 そして大きなため息を吐いてから、


「お見合いの申し込みは、それなりに来てたよ。でも全部断ってる」


 と言った。お見合いなんてどうでも良い、というような言い方だ。

 魔王は「何と勿体ない事を」と目を丸くした。

 そんな魔王を見たまま、勇者は表情を引き締めて、


「だって僕には、ずっと好きな人がいるからね」


 と言った。その目は一瞬であっても魔王から逸らさない。

 しばし見つめ合う両者。

 良く見れば勇者の頬は心なしか赤くなっているように思える。


「お前……」

「…………」

「馬鹿者、ならば何をぐずぐずしておるのだ! お前、歳は!」

「へ!? え!? に、二十六ですけど……」

「あっという間に三十路になるではないか! 人間の一生は短いのだぞ! 好いている奴がいるならば、さっさと告白でも何でもして来い! 自分をもっと大事にしろ!」


 魔王は目を剥き、大慌てでそう言い放った。

 第三者から見れば明らかに「好きな人」が誰なのか分かるようなものだが、仕事一辺倒であった魔王にはそういう「察する」のは難しかったようである。

 さすがに勇者はポカンとした表情になった。


「ハッ! もしや私を倒さぬと告白せんと決めているのか? それならば、うーむ、うむ……負けたフリをする、というのもやぶさかではないが、だがしかし魔王としての矜持がな……」

「…………」

「よし分かった、一度だけ負けてやる。何、今まで勝ち越した方が多いのだ、一度くらいは構わんだろう。さあ、来い!」

「…………」


 魔王の言葉を聞いていた勇者は、ついに堪えきれないと言ったように噴き出した。

 そして涙を流すくらいに笑い出す。

 急に笑い出した勇者に魔王は困惑して、


「何を笑うておる。笑っている場合ではないぞ」

「分かった。じゃあ、勝たせてもらって良い? ただし、勝負の方法は僕が決めるよ」

「む? うむ、構わんぞ。カードゲームか何かか?」

「いいや」


 勇者は笑顔のまま首を横に振ると、魔王の前に跪く。

 そうして魔王の手を取ると、彼女の目を真っ直ぐに見上げた。

 魔王は何の勝負だろうと不思議そうにしていると、


「魔王。僕は、君の事が好きです。どうか僕とお付き合いをして頂けないでしょうか」


――――告白である。

 遠まわしに告げるのは悪手であると判断した勇者は、今度はストレートに言葉をぶつける事にしたようだ。

 予想外であったらしい魔王は、しばし岩のように固まったあと、


「……………………は!? 何を言うておるのだお前は。勝負だと言ったであろう」


 と大真面目に答える。

 勇者は楽しそうに笑って頷いた。


「だから告白勝負。負けてくれるんだよね?」

「私が負けたらどうなる?」

「僕と付き合う」

「お前、好いた奴がいると言ったではないか。遊んでおる時間などないぞ」

「だから、好きな人に告白してる」


 勇者からの告白に、魔王はまた数秒間固まった。

 勇者は魔王の反応を辛抱強く待つ。

 今度は先ほどよりも早く我を取り戻した魔王は、空いた手を頭に当てた。

 まだ混乱しているようだ。

 

「い、いや、待て。何故そうなった!?」

「気が付いたら。僕が何度もここへ来ても、君は面倒くさがらずにちゃんと相手をしてくれたでしょう?」


 勇者は思い出を語りながら、柔らかく微笑む。

 愛しい相手に向ける慈しむような眼差しだ。


「どんなに慕われていても、どんなに持ち上げられても、それはその内、惰性になる。何年も勇者をしていれば嫌でも分かる。だけど君だけは違った。君だけはいつも真面目に僕の相手をしてくれた。今だって僕のために考えてくれた。……そんな君が、僕は好きです」

「…………」

「…………だめ?」

「だめ、と言うか……困っている」

「……そっか」


 魔王の言葉に勇者は落胆したように目を伏せた。

 振られた――そう思ったのだろう。

 だが魔王は全く別の事を考えていた。


「仕事以外の時間がほとんど取れないので、付き合う時間の捻出をどうしたら良いか」

「え?」

「仕事を減らすか……? いや、だがなぁ……」


 ぶつぶつと考え込む魔王に、今度は勇者が困惑して名前を呼ぶ。


「あれ、あの、魔王?」

「何だ?」

「あの……今の言い方だと、付き合ってくれる、みたいに聞こえるんだけど」

「む? うむ、そうだが。負けると言ったからな、私は約束を守るぞ」


 魔王はそう言って朗らかに微笑んだ。

 ああ、そう言えば――そんな約束しているんだっけ。

 勇者は自分の言葉を思い出して苦笑する。

 義務的でも付き合えるなら、好きになって貰えるように頑張れる。勇者がそう思って礼を言おうとすると、


「あ、ありが――」

「それに、私もお前と話すのは好ましく思う。付き合うとはそういう相手とするのだろう? 冗談でないのならば断る必要はない」


 次の言葉に、勇者の顔が真っ赤に茹で上がった。

 そして勇者は感極まった様子で魔王を抱きしめる。


「どうした、勇者。熱でもあるのか?」

「うん、ある」

「それはいかんな、旅の疲れか? うむ、何か飲み物でも持ってこさせよう」


 魔王は勇者の背をぽんぽんとあやすように叩く。

 勇者はもう死んでも良いかなと思えるくらいに幸せだった。


「魔王」

「うん?」

「大好き」


 にへらと、どこか幼く見える笑顔を浮かべた勇者を見て、魔王は目を瞬く。

 大好き。

 そんな好意だけが詰まった言葉を贈られれば、嬉しくないはずはなく。

 魔王は珍しく少し照れて笑い返したのだった。

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