第1話

 チイサナ王国を逃げ出してからかなりの時間が経った。世界地図やおとぎ話でしか知らなかった場所に俺は辿り着いた。王国から馬に乗ってここまで、長い道のりだった。小さなころから一緒だった愛馬「ホワイト」のおかげだ。酒場に寄ったのが昼過ぎで、今はもう日が暮れ始めている。まだ森を抜けられないから、そろそろ落ち着ける場所を探さないと。

 水の流れる音がした方に行くと、綺麗な水の流れる池があった。今日はここで休むとしよう。

 魔法のある世界だから火起こしなんて火の魔法を使えば簡単なのだが、俺はその魔法が使えない。というか王家専属の堅苦しくて頑固な爺に無理やり教えられた魔法を使いたくないのだ。

 最初こそ手間取ったが、今ではスムーズに火を起こせる。たき火に当たりながら、夜空を眺める。一年前の戦争の終結によって、こんなに落ち着いて夜空を見られるのは良いものだが、それに見合わないほど苦労をした。だから、逃げ出したんだと思う。


「いつかは、身分や貧富に左右されない暮らしをしたいんだけどなぁ……」


 独り言が小さく漏れ出た。

 だが、眠ろうと目を閉じようとした時。何かがこちらに寄ってくる足音がした。二足歩行……夜中に活発になる……ゾンビ系の魔物か?

 だが、目の前に出てきたのは、


「女の子……?」


 ボロボロの服にフードを被ったもうすぐ二十一年は生きたことになる自分より幼げな女の子だった。ずっとこの森を歩いていたのか、素肌が見えている部位は傷でボロボロだ。だが、違和感がある。フードの部分に見える二か所の小さな膨らみはなんだ?

 とりあえず優しく接してみる。


「どうした?迷子か。言葉はわかる?」

「……すいた」

「ん?どうした、もっかい言ってみ」

「お腹空いた」


 夜の森に、盛大なお腹の鳴る音がした。お腹が空いているようなので、ホワイトの積み荷からパンをあげた。余程お腹が空いていたようで、がっつくようにパンを食べ始めた。水もあげると大きく喉をゴクゴク鳴らしながら飲む。


「なんで子供がこんな森にいるんだ?しかも夜に出歩くなんて」

「逃げてきた」

「おーそうか、お兄さんも逃げてきたんだ。何から逃げてたんだ?動物?お化け?」

「人間」

「……そうか」


 なんとなく察しはついていた。フードからでも見える頭の膨らみは恐らく魔族特有の角。でも魔族はみんな勇者がやっつけたんじゃ……?


「私は、パパとママを勇者に殺された。パパは私とママをかばって勇者と戦った。でも負けちゃった。ママはこの前人間にいじめられてた。そこから逃げてきた」

「……そっか、悪いこと聞いちゃったな。もう一個パン食うか?」

「うん」


 なんとなく見えてきた。おそらく魔族は魔族でも、この子は魔王の娘だ。俺の横でパンをむしゃむしゃ食べてる女の子が、魔王の娘だ。人間となんら変わらない見た目の少女だ。


「自分の名前はわかるか?」

「デモンドウタ。十一歳」

「俺はアイアン。二十一歳だ。デモンドウタちゃんより年上だな」

「ドウタでいい。みんなからはそう呼ばれてた……ヒック……」


 俺はパンを勢いよく食べてしゃっくりをしているドウタに水をあげた。

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逃げ出し王子と逃亡魔王は、緩く暮らしたい 枕・ジョン氏 @Makura_John

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