第4話

  親父は、自分の信念がここにあるという場所に座敷わらしを連れていこうとしていた。怪物の誕生した場所だという、パワースポットだ。ここに座敷わらしがいれば、国体の護持や外患の根治で万世が平和になるという。


  俺はずっと前、まだガキだったときに、怪物は有害なだけだと言ったんだ。 

  たしかゲームをしていた。ポケモンだ。そうだ、ちょうど「サイコソーダ」を渡そうとしていたときだった。親父がまた怪物の素晴らしさを語ろうとする。

  俺はこたえた。その怪物は、足元にいる人間に苦痛だけを押し付ける。俺たちになにも与えてくれないんだと。マンションの5階から突き落とされたね。酒に頼らなければ、生きていくことすら困難なくせに、俺に対しては強いんだ。

  『ケン 』

  薫の声をそのときはじめて耳できいた。双子なのに。両親にも聞かせたことないのに。

  病院に運ばれたら、外傷は一切なくて、なんてことない脳震盪をおこしただってさ。むしろ、親父の方が長期入院を余儀なくされていた。

自動車事故にでもあったのかというような骨折と内蔵の損傷だったらしい。

それ以来、二つの変化があった。親父は薫に手を出さなくなった。そして薫の声が俺にだけ聞こえるようになった。


  ――煙草の火をけして。それじゃあ父さんと同じやん

  ――かもな

  釣り銭入れに、落とした煙草を押し付けて火を消した。

  「なぁ、座敷わらし、いるんやろ? 」

  「ここにいるよ」

  おばさんの目が見開かれた。後ろを振り向くと、尊大な顔つきのガキがいた。

  「その人には手を出さないであげてほしいな」

  「へぇ、優しいんだ」

  ――人に危害を加えるわけじゃないんかな

  ――そうですね。楽しくありませんし

  ――へぇ、こっちでも喋れるんだ

  ――発話だけが意志疎通の手段じゃないのは当然でしょう? 電話とかを使う前にこっちを磨けば節約と人材の適材適所ができるのに

  ――……

  薫が言葉を失うのを見るのは初めてだ。おばさんは、急に押し黙った俺たちを見ていぶかしんでいる。

  「クネさん、別に庇わなくて良かったんですよ」

  「いや、恩人を守らなければ生きている意味がありませんから」

  ――恩人。

  ――金持ちにしたとかかな

  ――いえ、彼女の意識時間座標を重複させる形で巻き戻したんです。座敷わらしの力なんてその程度ですよ

  「破滅したと思える人生に、やり直すきっかけを与えてくれた恩人です。その方に手出しするのは、絶対に許しませんよ」

  おばさんは、羽はたきを片手に立ち上がった。それで俺を叩くつもりかと思うと笑えてきた。 

  ――座敷わらしにできることなんて、限定的だからね

  ――どういうこと?

  ――たまに君みたいな超能力者がいるけど、そういう子達がよってたかったところで、集団はポシャるときはポシャるといえば、分かる?

  座敷わらしは、史学の棚から太平洋戦争の資料を指し示した。

  「おばさんに協力したのは一度だけ。それでおばさんはそれなりに努力して、それなりの生活を得ることができました。

  たいして、これ。何十何百と協力したけれど、どうも助からない。今回はあと何年もつか分からないけれどだいぶもたせた方なんじゃないかな?」

  ――どういう意味?

  俺はおばさんをみた。するとおばさんは涙を流して人生を語り始めた。

  貧しいなかで離婚して子供たちとともに死のうと思った瞬間に、座敷わらしがあらわれて、すると意識が結婚生活のはじめに戻されたらしい。そこから、自分と子供が苦労しないような働き口と法的支援を得て離婚ができたそうだ。なんとまぁささやかな。


  ――個人の努力で富を得るのと、集団を助けるのとでは意味が違う。手助けをはじめた最初は、本土決戦本土決戦と五月蝿かったねぇ。みーんな死ぬまで戦って無駄死に。戦争が終わった後もずーっと無駄死にばかり。あるとき気がついたよ。日本人って皆で一緒に死ぬために生きているんだなって。それからは、個人の手助けだけにとどめたんだ。個人的には死にたくないだろうけど、総体的には死にたいようだし、それに任せたらいいんじゃないかな?

  ――ケン、どうしよう。なんか嫌な予感がする

  薫は震えながら言った。

  俺は座敷わらしの胸ぐらを掴んだ。

  ――てめぇ何をしようと……

  ――こっちの力では無理があるし、何よりやる気がない。君たちだけで戻ってやり直したらいいんじゃないの?  



  じめじめと蒸し暑い。ゲームをするのが少し面倒だが、みんなポケモンをやっていて、俺だけおくれる訳にはいかない。

  しかし、このストーリーはどういう訳か既視感がある。

  「おい、ケン。聞いてんのか」親父がいつものように、怪物について語ろうとする。

  「うるさいなぁ」気まぐれに俺は口ごたえしたくなった。薫は正座をして待っていた。しかし、狼狽えながら周囲を見渡している。いつも大人しいのに、珍しい。

  本当にどういうわけだろうか。記憶から抜け落ちた番組の再放送を観ている気分だ。

だから、俺は知っている。今からサイコソーダを渡さなければならないのだ。

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サイコソーダをもう一度 古新野 ま~ち @obakabanashi

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