第36話 突き付けろ破魔覆滅 四
「こちらの番? 終わるのは私? いいや違う発想を変えるのだ、転換し思考の限りを尽くす、今の危機は私にとって何よりのチャンスなのだと」
旗乃条は小賢しくも笑みを作る、右手の水晶を強く握り胸元に寄せ光らせた。
「現在この一帯には三人の怪異融合者と君がいるコンダクター、潤沢の霊気が一か所に集う好機、全員を鵺が喰らえば天魔への昇華の大幅な近道となる」
臨戦態勢を取っていた三匹の獣が動く、黒音は背後を庇い大鎌に霊気を流動させるが敵は襲いに来ず壇上の前に
猿は蛇に蛇は虎に虎は猿に。
互いの身に獰猛な牙を突き立てた。
「うえ、共食い⁉」
「いえ本来の姿に戻る気です、鵺として一つの怪異体に!」
獣の醜悪な行為に口をへの字に歪ませる潤子にホタルが答えた、天奈も鵺の存在を改めて思い出す。
鵺は複数の獣が混ざり合う、
噛み合う三匹の肉体が徐々に溶け茶色、黄色、灰色のグラデーションを描き球体に固まり始める。
「成程ネー、その鵺ちゃんを天魔にさせる為に三つに分散して街の霊を食べさせてた訳だ、じゃじゃ戻る前に斬っちゃうネ♪」
今回は見逃さない、融合中の球体に向けて黒音は刃を構えた。
「少々違うな、天魔と成るのはこの鵺と――私だ」
むん? 僅かの刹那、黒音は思考の虚を突かれる。
次の瞬間、旗乃条は真下の球体に勢いよく飛び込んだ。鈍重な音と共に初老の肉体は瞬く間に飲み込まれ姿を隠す。
え? え? 旗乃条の突然の凶行に
「あれは、怪異融合⁉」
ホタルの張り詰めた声に少女二人はハッと気づく、眼前の奇態はまさに人と怪異が融解している――⁉
続いて悍ましく躍動する球体から眩い電流が無数に放出、周囲を無差別に焼き尽くす。
「っ!」
向かって来た雷撃を黒音は弾き落す、散乱する閃光の眩しさに天奈達は目を覆う。
「まさか人間側から融合を望むなんてクレイジーだネ旗乃条、人である事を捨てるつもり?」
電流の嵐がホールを焼く中で怪異と人が混ざり合った球体が、新たな進化へと姿を作っていく。
膨れ伸びる毛深い四肢。
関節を曲げた黄色の足の先には刀身の如き鋭い爪。
具現した灰色の頭部と真っ赤な顔。
腰下からしなり生えた口のある茶色の刺々しい尻尾。
『、……く、くく、嗚呼あ、これが怪異融合、肉体も自意識も
くぐもった声が鼓膜に届き雷鳴の中、黒音は怪異から眼光を外さない。
座席を潰す巨大な四足の怪物その首元、苗が芽吹く様に黒い泥が立ち上がり人を形造る。大妖怪、鵺の首から騎手として生えるは旗乃条の上半身。
神話のケンタウロスに形状が似たグロテスクな半人半獣。
『ぎ、あ、く、くひゃはハは葉ははぁ!!』
融合を終え全身を軋ませる鵺、首から生える細き裸体の旗乃条は醜悪な笑いを続ける。
穢れに染まった黒い血管が全身から浮き出て、同じく目は真黒に塗りつぶし丸い瞳が赤く照り輝く、人としての在り方を放棄した黒幕の新たなる実態。
大妖怪『鵺』と人間が一つとなった、異例極まる大怪異。
怪異融合者――【
『さあ諸君静粛にぃ、くク、講義を始めようかあ唖アああ!!!!』
鵺から生えた男が高らかに両手を掲げた。
滲み出る膨大な霊気と妖気が大気を弾き衝撃を鳴らす。
「――天奈、潤子、君達は呪物の浄化をお願い、ホタル二人を任せたヨ」
「
黒音は後方に目配せして二席前の椅子に飛ぶ、指示に従いホタルは飛び上がる。。
「急・律」式を唱えホタルが発した柔い風が天奈と潤子を包み、華奢な体を床から浮かせた。
「きゃっ」
天奈は
「ひゃ、飛んでる!」
「このままお二人を祭殿まで送ります、しばしの高所体験ですが我慢を」
風の膜に手を当て潤子は首を四方八方動かす。
しかし風に包まれたのは天奈達だけ、黒音は依然として座席に立ち視線を敵から離さない。
「でも黒音は⁉」
「――アイツを倒す」
天奈に黒音は力強く言葉を返す、黒音の全身から燃え盛る赤黒い霊気が
『イカセヌヨ、祭殿にはなあ!!』
加見津乃鵺は上昇する天奈達に向けて尾の蛇を操る、槍の様に鋭くゴムの様にしなやかに蛇は喰らい付こうと突貫した。
しかし少女達を守る為に跳ねた黒音が立ちはだかり、縦に構えた柄で蛇口を押さえた。
『ビィ!』
「シャラップ!」
腰をひねり上顎に右足の蹴りを叩きこむ、快音響き蛇は弾かれる。
「みんな気を付けてネ!」
既に地面から数メートル離れ二階席と並行する上空に呼びかけ、黒音は座席に綺麗に着地。
「黒音!」
真下の彼を案じ天奈は切なく呼ぶ、その声に応じ黒音は左手を上げてサムズアップを決めた。
「天奈、黒音を信じよ」
「……うん黒音は絶対に負けない、行こう潤子ホタルさん!」
そっと肩に手を載せた潤子に天奈は頷き、決意を込めて天を仰ぎ見る。自分が成すべき事を確認して心を奮い立たせた。
「ではこのまま外に出ます」
そして二人一羽を包む丸い風は、天羽々斬に斬られた天井の大きな切れ目から外へと飛び立った。
これで照らされるホール内に残ったのは黒音と加見津乃鵺のみ。
『やれやれ通してしまったか、まアいい先ずは君だコンダクター、君を喰らい飲み干し更なる力を得た後で彼女達を追うとしよう』
「アハ、僕を食べたら食中毒一直線だヨー」
ゴシックな死神は強大な怪異となった敵を怯む事無く嘲笑う。
くるくる、
「残念だけど君の研究はここでお終い、絶望に
両者の気迫が静かにぶつかる。
壇上前で座席を踏み潰す、加見津乃鵺の四肢が膨れ電流が蜘蛛糸を張る。
黒音は天羽々斬を両手で和傘をさす様に握り笑みを消す。
ひと時の静寂、天井から破片の小雨が落ちる。
「『――!!』」
加見津乃鵺が咆哮を上げ荒々しく突進、合わせて黒音が膝を曲げ正面に跳ぶ。
音が反響する刹那――死神と狂獣は激突した。
◇◇◇◇◇◇
刃と爪牙の衝突音が真下から微かに届く中、天奈達を乗せた風は
「高い高い! ひぃ今更だけどめっちゃ怖い!」
縮小する街並から目が離せず潤子が怯える、天奈も下を決して見ないよう気を確かに持つ。薄緑の風を張ってはいるが殆ど透けており、今の浮遊感に何一つ安心できない。
改めて周囲を見れば螺旋階段は想像以上に高く伸び黒玉の祭殿は未だ遠い。
「これは祭殿まで千メートルを越えますね……」
ホタルが恐ろしいことを呟くが二人は聞こえないふりに全霊を尽くす。
その時、張り詰めた狐耳に穢れた妖気が膨らむ低音が聞こえた……真上から。
「え?」
思わず祭殿に視線を向けると、球体は雷は纏いながら真下に向けて濃紺の煙を吐き出した。
それは見覚えのある光景。
十日以上前あの交差点で結界が覆われた後に空から溢れてきた煙……と言う事は。
「まずい警戒されたっ、二人共屈んでください!」
ホタルが叫んだ後、煙をかき分け数百に達するしゃれこうべと火の玉の軍勢が一斉に御出まし、唖然とする天奈達に向かって流星となり降って来た。
「わあああーー⁉」
矢羽となり次々と風の玉に怪異が激突、膜内を激しく揺さぶられ潤子がたまらず悲鳴を上げた。
上から左右から際限なく襲い来るしゃれこうべと火の玉の弾幕、ホタルが風の玉を操作して回避に徹するが相手の数が多すぎる。猛攻に圧され風の上昇が弱くなってしまう。
「これ以上は逆に危険ですか天奈様潤子様、一度階段に降ろします――風よ叫べ!!」
ホタルが両翼を広げ球体の膜から烈風の刃を広範囲に放つ、敵が引き裂かれ襲撃の手が緩んだ隙を見て近くの段へと移動した。
長く大きな白板に着地した二人は、流れる冷たい風に身震いする。
「私が可能な限り奴らを引き付けます、お二人はここから祭殿へ上がってください」
「こ、ここから階段で……」
天音の声が僅かに上ずる、既に標高は数百メートル、手すりは無く隙間だらけ、この高度と安定しない足場に恐怖が全身を冷やす……もしここから足を滑らせたら?
「っ、敵が再び来ます天奈様潤子様、ご自分と主様を信じてください、では!」
こちらを狙いすまし落ちる怪異群に向けてホタルが疾風となり飛翔。
荒ぶる漆黒の鴉が嵐の刃を吹き呼ぶ。
「潤子登ろうここで止まる訳に行かない、大丈夫こんなのどこにでも在る只の階段だよ」
「怖くない怖くない怖くない、よし分かった! 根性見せよう登るぞー!」
アメンボを天高く掲げる潤子の姿に勇気をもらい、天奈は祭殿を勇ましく見つめる。
(諦めない、必ず辿り着いて見せる)
決意固く、二人は魔境の螺旋階段を駆け上がり始めた。
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