第35話 突き付けろ破魔覆滅 三

「聞きたいことはそれで終わりかね?」

「僕も質問、祭殿はどこに在るノ?」

 左手を律義に上げて黒音は核心を問う、ホールに入ってからホタルが視線は這わし、祭殿、その中に祀られる呪物を探すが気配は感じられない。


「さて? どこに在るのだろうな?」

 旗乃条は右手に持つ水晶から妖気を輝かせる、天奈と潤子は警戒に顔を引き締める。ホールの高い壁から壇上の床をから現れる穢れ……答える気は無いみたいだ。

「近くに存在しているのは間違いありません、しかし綿密に呪いの気配を隠しています」

「この建物を虱潰しらみつぶしに探してみると良い、出来ればの話だがな」


 ホール内に溢れだす穢れが大きく膨らみ破裂、中からソイツ等が現出する。


『『『ヒイイイーーー』』』


 右の壁から伸びてくねる一つ目の大蛇、左の壁より飛び出て着地する三つ目の大虎、そして旗乃条の隣に付き従い屈む四つ目の大猿。この数日間、幾度となく天奈達に牙をむけた三体の妖霊が集結して激しい殺気をこの空間を圧迫させる。


「あの三匹またっ、虎も黒音が倒したのに⁉」

 驚愕する潤子に天音は頷く、旗乃条の使い魔と聞いたがまさか不死身?

「流石は平安で多くの民を恐怖に陥れた、【大妖怪だいようかいぬえ】、大した再生力だネ」

 黒音は言葉を謡いながら前に畳まれた座席に飛び乗った、大鎌をバトン代わりに回し三匹に金色の瞳をぶつける。


「ぬ、え、鵺、そっかあの三匹はそういう事なのね黒音!」

「? ?? ぬえ? ナニソレ?」

「鵺は妖怪の名前、猿の顔、虎の胴体、蛇の尻尾がくっ付いた恐ろしい獣の姿をしていて、平安時代に大暴れしたって記されてる」 

 一人頭にクエスチョンを浮かべた潤子に天奈が説明した。

 

 ぬえ

 不気味な声で鳴き人々の心身を壊し、天災ともいわれる落雷で都を破壊しつくした大妖怪。その身は幾つもの獣が混ざり合った形容しがたい姿をしており、未だ謎の多い怪異の一つとして語られる。


「詳しいな狐の少女、如何にもコレが使い魔の鵺だ。天魔錬成により加護を得た不死の怪物、コンダクター、君がいくら殺そうとも天魔錬成が起動している限り幾度でも鵺は蘇り闘争を続ける」

「僕に勝つまでデスエンドリヴァイブ? しつこいのキライ」

「付き合ってもらうぞ、何処までもな!」


 互いに臨戦態勢をとる。

 相手が不死の怪物ならば戦い続けるのは得策ではない、天魔錬成、闘争が人と怪異の成長を促進させる代物なら尚更。


 黒音は大鎌を水平に構え後方を庇っている。

 呪物を癒すためにここに来たのに肝心の呪物が見当たらない、天奈の背中に冷汗が一滴流れた……。


 ――けーん。

『耳を澄ませて天奈、君になら聞こえる筈だあの悲鳴が』


 心に届いたのは狐さんの声、私には聞こえる? 天奈はまぶたを閉じ狐耳に全神経を集中させた。


 大気の深淵、深く流れる霊気と妖気の残影。

 その中に聞こえた僅かな声。


『…………れ、か……だれ……か……と、め』


「っ⁉」

 聞こえた、確かに聞こえた。

 天奈の耳が大きく跳ね尻尾がフリフリと躍動する、呪物の位置その声の根元は――。


うえ……そら?」

 天奈の顔が上を見上げる、ホールの天井、その先に確かに在る空を見つめる。

「黒音! 聞こえた呪物はこの上空に在る!」

 天高く指さす天奈に誰よりも動揺したのは黒幕の旗乃条、指の先を追い皆の視線が天井に集まる。


「天奈、ナイス♫」 

「っっ、鵺!!」

 笑顔で答える黒音に対し焦った表情で旗乃条は三匹の獣に攻撃の指示を出した、三匹の八つの目が鋭く敵を睨み襲撃に体を軋ませる。


破魔覆滅はまふくめつ!】


 轟く黒音の声を聞き届け、正面に構えた蒼き大鎌がまばゆ極光きょっこうを放つ、三匹の獣は光に怯え動きを止めた。

 大鎌から流出した霊気は稲荷の光に似た浄化の匂いを感じさせ邪悪を一歩たりとも寄せ付けない。


「なっ⁉」

 光を腕で遮る旗乃条を尻目に黒音はニコリと嘲笑う。

「ホタルは二人を守ってネ、さあ出番だヨ、【この一振りを以て真理を暴き出せ――天羽々斬あめのはばきり】!!」

 ホール内を埋め尽くす光の中心に立つ黒音が天井目掛けて蒼き大鎌――天羽々斬を力一杯投げた。


 轟音を立て広い天幕を回転する刃が切り裂く、市民会館を貫き天に飛ぶ大鎌が流星の輝きを演じ蒼く燦爛さんらんする。地上で攻防戦を繰り広げていた道広たちが何事かと空を見上げた。


 ……ジッ……ジジッ……ジジジッッ!!


 光り輝く空から何かが破れ弾ける怪音が大きく轟いた、黒く細い稲妻が幾つも枝分かれして荒ぶる。


 やがて旗乃条の手により現世に溶けて混ざり透明化していた、が皆の視覚の範疇はんちゅうに引きずり出された。


 市民会館の屋上を起点として幾枚もの白い板が段差を作り空へと伸びる。

 それは独楽こまの形状に広がる巨大な螺旋階段、会館よりも横に広がり何処までも高く東京タワーを優に超えて板は円状に並び続ける。


 ……そして螺旋階段の最果てに待っているのは、星のように浮遊停止する暗黒の球体。


「祭殿、見ーつけた♯」


 真上を見上げ黒点を視認した黒音は、役目を終え落ちてきた天羽々斬をキャッチして迎えた、破壊された天井の破片はホタルの烈風で端に飛ばされている。

「あの黒いのが祭殿、だったらあそこに呪物が!」

「ええ今度こそ間違いないでしょう、あのような場所に隠していたとは」

 同じく視認した天奈の中の稲荷神の欠片が、あの中に呪物が確かに存在すると伝えてくれる。


「天羽々斬……十束剣とつかけんの一振りか! 何ともけったいな姿に成ったものだ」

「昔はちゃあんと剣の形をしてたんだけどネ、色々巡ってドロドロに溶けちゃって新しく生まれ固まったんだヨ」

 大鎌を突き付けられた旗乃条の表情には先程までの余裕は無い、祭殿を暴かれたことがそれだけ予想外の事態だったのだ。


「天羽々斬は邪悪なるモノにまことの破魔覆滅を突き付ける神剣、どんなに巧妙に隠しても術式を破壊して白日の下に曝け出し、斬り裂き滅する……次は君の番だヨ旗乃条加見津」


 立場の優位性が逆転した。

 口を歪ませる旗乃条、睨む獣達に臆せず黒音達三人一羽は各々構えた。


 ◇◇◇◇◇◇


「空に浮かんでるアレが呪物ってやつか、オラアッ!」

 会館玄関前にて襲い来る欠損した亡者達を道広は車輪の回転で引き裂く、ヨーヨーに真似て巧みに車輪を放っては戻すループ&ループ。


 魂に宿す朧車が上空の黒い球体の中に呪物があると教える、駐車場で戦う志津理の雪女も同じく教える。


『アレ! アレアレアレ!! あそこにじゅじゅ呪物あるっチョ! 何とかしなきゃ あばばばば!』

「今まで静かだったのに急に自己主張すんなし、雪女!」 

 祭殿を発見した驚愕で雪女のテンションが上がり魂に動揺が響く、それを抑え込んだ志津理が三度地面に手を振りかざした。


 放水で駐車場全面に満たされた水が一斉に槍と化しうごめく怪異を貫く、極寒にまで研ぎ澄まされた霊気は飛翔する虫の羽をも凍てつかせ、哀れに墜落させた。


「相手の数も減って来ましたね、先程の光のおかげでしょうか?」

 運転席から周囲を探るのっぺらぼうの言葉通り、穢れから生まれる怪異の総量が減りまばらになり始めている。消防士達も放水を止め塩袋の投擲に切り替え、凍り鈍くなった一体一体を確実に仕留る。


 駐車場に染みる穢れは凍らされて進行が止まり彼らに被る心配はない。

 前線で戦う志津理と道広だけは飛び散る穢れに触れ、僅かな痛みを感じるがこの程度なら耐えられる。


(何とかなりそうか? これなら)


 道広が勝機を見出した――直後。

 怪異は加速する。


 彼の周囲に居た残り十数体の亡者と小鬼が突然溶解、穢れの溜まりとなり急速に斜面を降り駐車場に向かう。


「な、何だ? 貝藤気を付けろ、そっちに穢れが行った!」

 志津理が呼び声に顔を向けたその時、周囲の氷雪地帯が一斉に割れ中の穢れが蠢き出る。


「っ! これってお化けと泥が一か所に、集まってる?」

 唖然と呟く志津理は次の動作を判断できず立ち尽くす、穢れは彼女から離れた位置に集結して一つの池となる。


 穢れの池は弾力性の強いスライムの様に弾み縦に大きく伸び始めた。

 嫌な予感が志津理の脳裏を走る。


「【凍って、止まれ!!】」

 慌てて地面から冷気を流し凍らせようとしたが……穢れは氷結を物ともせず破砕音はさいおんを鳴らし更なる形状変化を起こす。


 伸びたから左右に十字を作る長く太い両腕、対してぬいぐるみの様に丸く短い両足、なだらかな全身は艶やかな光沢を放ち余りに不気味。


 海に沈みガスで膨れ上がった首無し死体。

 そう表現するのが近いだろうか?

 十メートルを超える巨体を人間と表しはしないだろうが……。


 紫黒しこくの首無し巨人、胸元に横一線切れ目が入り大きな大きな目が一つパツリと見開いた。

 

『おオおあ亜嗚ああアああああーー!!!!』


 亡者を虫を小鬼をその全てを取り込み混ざり融合した、口の無い一つ目の巨人が雄たけびを上げる。突如現れた新たなる敵、直面する巨大さに皆が恐れを抱き悲鳴すら上げることが出来ない。


『オオアあああ!』

 一つ目の首無し巨人は構うことなく右腕を高く振りあげた。

「まずい! 皆逃げろーー!!」

 巨人から離れた入り口前、急いでバイクに乗った道広が喉が裂けんばかりに声を荒げる。


「ぇ、ちょ、嘘?」

 動揺で足が竦む志津理を無視して、巨人は大木の如きかいなを大地に叩きつけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る