第34話 突き付けろ破魔覆滅 二

「天奈潤子、会場まで走るヨ付いて来て!」

 正面を向いたまま黒音が力強く呼びかける、バスの傍に居た二人は志津理と視線を交わす。


「こっちは出来るだけ引き付けとくから、呪物ってのは任せるし」

「うん必ず浄化して見せる、そっちも気を付けて!」

「後で会おうね! さあ行くぞーアメンボ!」

 そして少女二人は凍った亡者の間を駆け、黒音に近づく。


 右側面からバイクのエンジン音が緩やかに聞こえる。

「俺達が外の奴らを、そっちが中に居る旗乃条と呪物を片付けるだったな、俺も負けねえから……無茶すんなよ」

 天奈達に向ける道広の視線は、妹を心配する兄の様な慈愛を感じられた。二人は強く頷き笑顔を返す。


「うし黒音! 道を開ける!」

「道広君、オネガーイ♪」

 黒音は半歩下がり道を譲る、前面に塞がった小鬼たち目掛けて朧バイクが唸りを上げた。爆音が轟き、突進する車輪がたやすく敵を轢き飛ばした。


 駐車場から会館玄関口の緩やかな斜面が開ける、朧バイクは鮮やかにカーブを決め側面の亡者に攻勢を続けた。そして黒音は走る背後の天奈達に速度を合わせ、一定の距離を保ち残った前方の敵を斬り払った。


『ゥあ亜嗚呼ああ!』

「お化けなんてもう怖くない! てやあーー!!」

 側面から迫って来た両腕の無いふんどし姿の亡者に潤子はアメンボを横薙ぎで叩きつける。ぶつかった腹に刀身の霊気が流れ一息に破裂した。

「でもやっぱグロイ⁉」


「空はお任せをこちらで制空権を握ります、手荒く行きますよ――虫けら共」

 手足を軋ませ空中を埋め尽くそうとする羽虫達目掛け、ホタルは若葉色わかばいろの斬風を次々放つ、蛾や蜻蛉の切り裂かれた羽が地上に降り注ぐ。

 さらには己の身を回転させ突撃、目にも止まらぬ速さで敵を穿ち、黒き槍は縦横無尽に大空を支配した。


 黒音一行と志津理、道広たちとの距離が開く。その間に倒れる怪異の残骸から泡が立ち込み更なる怪異達が出現、前衛と後衛が明確に分離された。


「彼らは入り口に向かったな、よし定位につけ……放水始め!!」

 隊長の号令に続き消防隊員たちが一斉にホースの水を噴射、前方から軋み迫る大蜘蛛達に奔流をぶち当てる、水圧に耐え切れず大蜘蛛は弾け飛んだ。

 のっぺらぼうも運転席の窓から近くの小鬼に対し、塩袋を投げつける。


 周囲に水溜まりが生まれる、それを見計らい志津理が大きく両手を大地に向け広げた。

「ホタルっちが言ってたイメージ、凍らせるだけじゃない雪女の怪異譚を強くイメージ……」

 地面を薄水色の瞳で凝視して、志津理は頭の中で想像する。


「志津理様の力を拝見しましたが、雪女の怪異融合にはまだ先があると考えます」

 昨晩、就寝する前にホタルから告げられた提案。


「氷雪とは何も凍らせるだけが芸ではありません、凍てつかせた先にこそ雪女の本領は発揮されます……かつて私には雪女の友がおりました、彼女を一言で表すならまさに彫刻家アーティスト、冷気を操り幾つもの傑作を作り上げていました……ええ懐かしき思い出です」

「ふんふん、つまりどういう事だし?」

「貴女の力なら出来るかもしれません氷雪の武器を造ることが、故に具現するのです貴女が望む氷像を、それが敵を打ち払う刃となる筈です、頭の中で明細なイメージを持ってください」

「頭の中で強く……」

「怪異融合者の力はその程度では無い筈です」


 ……。


 言われた通りに志津理はイメージを働かせた。襲い来る亡者と虫、奴らを一網打尽にする痛烈な一撃を。集中力が高まり全身から底冷えする霊気が流れ出す。


「【凍って、刺し貫け!】」

 収束した氷雪の霊気が大地を駆け巡る。


 叫びに反応して地面の霜が音を鳴らし、一斉に高き氷柱を生やし襲い来る怪異の胴体を貫いた。

「こんな感じ、だし、はぁはぁーだる」

 駐車場の四分の一を埋める程の氷柱の林、処刑された怪異達の応募作アート。思った以上に霊気を消費した志津理は軽く息を整える。


「すげえな貝藤、けど長い戦いになるんだ少し休んでろ、後は俺がやる!」

 朧バイクは止まらない氷を砕きながら怪異を撥ね続ける、時折前輪を持ち上げ器用に亡者の顔を殴り飛ばした。

 砕かれた細かな破片が志津理の近くに飛び散る。

「アウトドア派はほんと元気、こっちは休み休み凍らせるし」

 火照った体を冷やす為ニットを脱ぎ、放水の隣で先の黒音達を視線で追う。既に彼らは会館入り口に辿り着こうとしていた。


 しかし侵入は容易ではない、閉ざされた扉の前には旗乃条が施した結界術式が起動している。町を覆う結界と似た紫の円状の障壁、不可思議な文様が浮かぶソレを破壊しない限り侵入は不可能!


「ちょいナァ!!」


 黒音の躍動する回し蹴りが障壁をあっさり突き破り扉を破壊した。

「くんくん、オジサンの気配はーーコッチだネ」

 屋内の膨らんだ布に包まれた分厚い扉に大鎌を指す、あの先は恐らく演奏会などが行われる大ホール。


「あの先に居るっ、潤子先に行って!」

 砕かれた玄関に近づく亡者に向けて天奈は光を広範囲に浴びせる。そのまま中に入り最後にホタルが続いた。敵は彼女達に追随ついずいして建物に近づく。


 後方から鳴り響く怒号と共に飛び上がった朧バイクが小鬼を踏み潰し、そのまま入り口前に陣取った。

「通さねえよ一匹も、俺が気の済むまで相手してやるから――来いよ」

 道広は落ち着いた様子でバイクから降りる、両腕に力を籠め霊気を強めるとバイクと融合していた車輪が分離、回転しながら周りを浮遊する。


「【潰して、回れぇ!】」

 無垢なる鉄拳に合わせ車輪が宙を駆け巡った。


 ◇◇◇◇◇◇ 


 場所は移り市民会館内部ホールへの内扉。右斜めから大鎌の刃が走り一気に破壊される。


 広大なホール内に先行する黒音、続く天奈、潤子、ホタル。

 ぼんやりとしただいだいの灯りが照らされた座席の列隊、外の喧騒とは正反対の静けさが漂う中で黒音はゆっくりとブーツの歩を進ませる。


「はぁしてやられたな、ここを特定するすべを君は持っていたという事かコンダクター?」


 黒音達の視線の先、コンサート壇上の中央で胡坐をかく旗乃条の姿がはっきりと見える。


「昨日ぶりミスター旗乃条、君が大切に育てた折角の大願成就たいがんせいじゅを踏みにじりに来たヨ♪」

 ホール内の壁を伝い黒音の魔声ませいが反響する、座席の列に刃を這わせ鳴らす黒音、頭を搔きゆっくりと立ち上がる旗乃条。

 対極に位置する異端両者の視線がぶつかり合うピリピリとした圧迫感、潤子の膝に緊張が走る。


「恥辱の想いだ、黒幕らしく尊大に格好をつけ撤退したのだが、今の様は笑い者もいい所、やはり壊しに来たのかね? 私の【蟲毒坩堝・天魔錬成】を」

「ウィ本音を言うとこの術式嫌いなんだよネ僕……それにさジェンガは崩すまでがジェンガでしょ? 組み立てただけで満足しちゃいけないヨ♫」

「ふむ破壊の美学か……一理あるな」

 顎に手を添え納得する旗乃条を尻目に黒音達は段差まで付き、正面から向き合う状態となった。


「私も聞きたいことがあります、いいですか?」

 

 感情の色が一切聞き取れない冷たさすら覚える天奈の真剣な声、その機械的な声に黒音達はぎょっとして天奈の顔をうかがった。


 目鼻立ちが整った銀狐の美少女の表情は余りに無機質、わった大きな眼はぶれることなく旗乃条をじっと見ていた、銀の尾は微動だにせず直立している。


(あ、天奈がマジ切れしてる)

 只一人この状態の彼女を知っている潤子だけが震える顎に手を添えた。


「どうして街をこんな地獄に変えたんですか? 答えてください」

 有無を言わせない強固な物言いに皆は黙るしかなかった、重厚な威圧感を直に向けられた旗乃条は一瞬だけ声を詰まらせた。


「り、理由いや動機か? まあ君達としては是が非でも知りたいか……とは言え声高らかに吹聴する程の動機でも無い、只の好奇心だよ好奇心」

 旗乃条は解を言葉にした、ファミレスでモカブレンドを注文する時に似た平坦な声で。


 この男は何と言った? 

 好奇心? そう眉唾まゆつば戯言ざれごとを口走ったのか?


「全国各地の民間伝承に記される怪異忌憚を調査する過程で、偶然にも天魔錬成の存在をことが出来た」

「……」

 今のセリフ中の一つに黒音は目元を僅かに細めるが、ホタル以外誰も気づかない。


「論理式は組みあがり必要な資材も揃えた、後は仮説を実証するだけ、この眼で見たかったのだよ天魔が誕生する瞬間を、きっとこの地球上で何より美麗で素晴らしく甘美に満ちた光景だろう」

「その天魔錬成のせいで街の人達が、たくさん、沢山亡くなったんですよ? 痛くて苦しんで助けを求めて、みんな居なくなった」

「そうだな大勢命を落とした、だが仕方ない私は学者だ自身の研究成果を形にしたい、死した魂にはすまないと思うが己の好奇心には抗えない、私は私に対して素直で有りたいのだよ……君はどうだ? 今の矢染市は中々に味わい深い情景だとは思わんかね?」


 旗乃条は一切悪びれることなく胸を張っている、己がしでかしたことを誇らしく、他者からの称賛と同意を待ち望んでいる。


 罪悪感など欠片ほども持ち合わせていない、人の死をビーカーに注ぐ薬液のように使い捨てて当然と本気で思ってる。


「答えを知る事できた天奈?」

 隣の黒音が僅かに心配の色が混じった真摯な声を掛ける、不思議と天奈の心は波紋一つない水面みなもの様に静かだった。


「うん、あの人の全てを何一つ理解できなくてしたくもないって、理解できた」

 本当なら罵詈雑言ばりぞうごんを旗乃条に思いっきり浴びせるつもりだったが……怒りが臨界突破すると逆に心が冷えていくのだと、天奈は知った。

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