第四章

第33話 突き付けろ破魔覆滅 一

 高い天井のライトが僅かに灯され真下の椅子達を淡々しく照射しょうしゃ。楕円状の広き空間、一階、二階のバルコニーに並ぶ千を超える座席、圧巻されるこの場はコンサートホールと呼ばれ親しまれる、事件の異界点。

 その中で光輝が強い壇上の中央に、くたびれた白衣の男が直立している。


 旗乃条加見津はたのじょうかみづ


 矢染市を狂い落した異変の真犯人。彼は右手に持つ水晶の霊気を逐一見ながら、度々頭上へと視線を這わせていた。

 ここは彼が拠点とする、矢染市の市民文化会館。異変の中心点である呪物が供えられた隠れ蓑。


「呪具で繋がる結界の波動に揺らぎ無し、しかし依然に街は静寂を保ち、闘争過敏による紛争が起きる兆しは無い、と」

 水晶に移る情報、結界の状態と市街地で発生している人と怪異の争いの簡易確認、 街を覆う結界は異常無く安定、しかし静かすぎる街も変わりなく天魔を生む土壌は一向として育つ見込みが無い。


「ここが私の限界か、いや凡人の私が天魔錬成を起動できただけでも奇跡と呼べるだろう……しかしこれより先に進む為にはどうすればいい?」

 ぶつぶつと思案を口に出しながら、円を描きながら歩き続ける旗乃条の不気味な姿。


「やはり私も前に出て閉じ籠ってる人間に闘争過敏を促すか? つい昨日ここに隠れると宣言したばかりだしなぁ、傷もまだ痛む、ううむ」


 旗乃条は歩を止め、壇上の先に座り込み顎に手を添える。


「焦らず、地道にに食わせて成長を待つか? 途方もなく時間はかかるのが、研究とは時間を捨てて研鑽を連鎖させ繰り返すもの……――ん?」

 思考に熱中していた彼は、水晶の点滅に気付くのが遅れてしまう。


 点滅が伝える記号は――“警告”。


「! 馬鹿なこの場所を感づかれた?」

 旗乃条は意外と筋の整った鼻先がくっ付きそうな距離で覗き込む。

「既に近くまで来ている、何故⁉ 周囲の索敵は万全の筈だ⁉」

 呪物が祀られるこの場所、周囲七キロ圏内に敵意を持つ者が足を踏み入れた瞬間、すぐさまに水晶から、警告が伝達される。


 しかし水晶から旗乃条の脳に伝えられた警告では、既に敵は祭殿から三キロ圏内に入り、依然こちらに近づいている、との事。

「呪物の眼をくぐった? 気配を、いや姿


 何かに気付いた彼は、ギリッと奥歯を噛み締めた。


「――そんな芸当を扱うのはっ」


 ◇◇◇◇◇◇

 

 市民文化会館からおよそ三キロ程離れた市街地の車道。

 歩道に乗り上げ横転する事故車、鉄棒がへし折れて地面に刺さる案内標識の看板。


 そんな荒れ果てた車道の中央をのさばる亡者達、人間と言う獲物も見当たらず彼らは当てもなく彷徨う。

 

 【闘争過敏】、その傾向とは余りに遠く大人しいものだ。この静寂こそ天魔錬成の欠陥の証明に他ならない。


『ぁぁ唖亜ああー、ぁぎゃがっ⁉』

 歩行していた落ち武者の霊が突如吹き飛んだ。

 何かが衝突した音が響いたが、車道に物体は見当たらず空の道が続く。


 なのに不可解。また亡者が一体歩道へと弾き出された。


「どうやら向こう側も感づいたみたいですね、では我が【煙嵐けむあらし】、これにて終了と致します」


 波紋し聞こえるは、凛とした女性……“妖霊ホタル”の声。

 声を起点として、車道の空間の一部がぐにゃりと歪み、風が剥がれ落ちる。


 数秒後現れたのは先頭を走る赤いバス、真後ろを並走する二台の消防車、最後尾で追随する朧バイク。


「走れ~走れ~、地平線の彼方ま~で、戦車よ進め~♫」

 

 バスの頂上に仁王立ちで腕組する死神。

 風に荒ぶる赤髪とゴシック服、朗らかに彼は詠う。

 

 ――嘲笑う蝙蝠の首領【コンダクター】、音羽黒音。


 彼に付き従い、背後で座するホタルが両翼を靡かせる。

 先程までホタルが起動させていた術式の名は【煙嵐けむあらし】。

 物質を周囲の色と同化させ透明化、音すらも散乱させ霊気の気配すらも消す、迷彩の風。


 ホテルを出てすぐに起動された煙嵐により車体を現世より隠し、ここまで害なく近づくことが出来た。

 

「目標地点まであと僅か、妨害の手がそろそろ来るでしょう」

 ホタルの危惧は当たる。

 車道の先から湧き出る穢れ、旗乃条が差し向けた亡者と小鬼の群れが不規則な列を組み立ちはだかる。


「突撃部隊このままフルスロットル♪ 天奈達は掴まっててネ!」


 黒音の呼び掛けが足元の車内に伝わる、中に居るのは運転手ののっぺらぼう、そして天奈、潤子、志津理の三人。座席に付き少女達は衝撃に備える。


「行きますよ、お客さん!」

 パーツの無い顔を引き締め、スピードを維持したまま群れに突入する。

 大きな前面にぶつかり、次々と弾け飛ぶ怪異。幾つもの体を轢き潰す反動で車体が大きく揺れる。


「わわわっ、わーわー⁉」

 ガタガタと潤子の開けっ放しの口から漏れる音。

「じゅ、潤子舌噛むから、でもこれはっ」

「キツイし、事故だけは勘弁」


 人間を轢く感触はこんな感じなのだろうか?

 ゾッとする考えを振り払い、天奈は前方を注視する。


 亡者は潰れ千切れガラスに穢れが飛び散る、のっぺらぼうは冷静にワイパーで拭ってゆく。左右の消防車も安定した運転で等間隔を維持。


「すげえドライブテク、俺の出番はねえか」

 バスの足元から過ぎて来る亡者を躱し弾き、感心しながら道広の朧バイクが続く。


「主様、見えてきました」

 ホタルの声に未だ仁王立ちしていた黒音は視線を動かした。建造物の合間から覗く四角の屋根、バスと消防車は的確に右折する。


 近づいてくる市民文化会館、怪異の群れは密を高めドミノ倒しの間隔が早くなる。


「進撃隊ストーップ!」

 黒音の合図で移動車は停止、立ちはだかる群れは数百に迫るこれ以上の進行は難しい。しかし視界の先には目標地点がはっきりと確認。


 バスと消防車が侵入した学校のグラウンドに迫る広大な駐車場、周囲は遮蔽物が少なく芝が鮮やかに伸び、道路を挟んだ反対側には噴水が目印の緑地公園が存在、そして駐車場先の斜面を上がった先に五角形の市民会館が在った。


「作戦一段終了、それじゃあ皆、手筈通りに暴れようネ♪」

 地上から這い寄る亡者、空から飛び交う虫、黒音は大鎌を招来し足底で強く踏みしめる。


「アハハハハッ!!」


 何よりも速く、死神が先陣を跳ぶ。

 舞い降りる巨大な一閃を以て、容易く群れを吹き飛ばす。勢いままに体を回し更にもう一撃。飛翔する斬撃がバス前方の空間を広げていく。


『ギキキッ!』

『亜あ唖ア!』

『ジジジ!』

 自身の身体の一部が切り裂かれもがれたのに、怪異たちは気にも留めず前進する。

 既に魂の色は闘争過敏により、苛烈に染められている。


「しゃあ朧車、朝果麻たちの為に力を貸してくれ、ここからは手加減なしだ【回れぇ!!】」

 響くエンジン音、消防車の脇を駆け抜け突撃するバイク。泣き鬼から照らされるライトが標的を絞る、初速凄まじく火花散らし残虐なタイヤ牙が小鬼共を轢き潰す圧巻の光景。


 ――朧車の怪異融合者、大柿道広。


「決めた、この戦いが終わったら暫く引きこもるし取り戻せネット三昧、【凍って止まれ】」

 バスから一番に飛び出し、依然変わらない気怠げな眼で群れを睨み地面に右手を振り下ろす。極低温に冷やされた地面が枝を伸ばし、足先から亡者を次々に凍らせ停止させる。


 ――雪女の怪異融合者、貝藤志津理。


「【いろはにほへと、ちりぬるを】」

 続き下車する銀髪の狐っ娘、見れば轢かれ凍らされた亡者達の背後に穢れの球体が収束している。

「【けがれにすくいを、いのち絢爛けんらんであれ】」

 少女は膨らんだ穢れに光を浴びせる、邪悪を弾く極光は合間の怪異を巻き込み穢れを消滅させる。

「うん進もう私達の意思で、今度こそ悪夢を終わらせるんだ」

 ぴんと毛先が立つ銀の尻尾、周囲の音を敏感に聞き取る銀の耳。

 最早迷いは無い、少女は神使となることを受け入れ突き進む。


 ――稲荷神の怪異融合者、佐久野天奈。


 続いてアメンボを握る潤子、羽ばたき飛び立つホタル、手早く放水準備を始める消防士達。各々が僅かな緊張と決意に眉間をひそめながら増え続ける怪異達と真っ向から対面する。

 街角の影からそんな天奈を見続ける。背がとても高い白いワンピースの女性。


 ここに集うのは天魔錬成なる理不尽に抗い立ち向かうほむら。勇気に至った感情の旋律は揺らぐことは無い。


 最前線で黒音が立ち止まり、大鎌の柄先で大地を幾度も鳴らす。


「サァサァサァ我が名は音羽黒音! 嘲笑う蝙蝠のいただき一騎当千いっきとうせん悪鬼羅刹あっきらせつに彩るカルテットのコンダクター! ここに爪弾くは荘厳なるオーベルテューレ! 有象無象の骸共むくろども、退かず恐れず立ち向かえ全身全霊で押し通る!! ――テネ♪」


 時刻は間もなく正午、結界に拒まれた鈍い太陽が天上から指す今日この頃。


 ――矢染市解放戦、開幕。

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