第31話 前夜 一

「天魔錬成を消す方法、それは術式の中心に存在する呪物を破壊すればオッケー」

「呪物? また知らない言葉だ黒音さんそれって何ですか?」


 一先ず危険は無いと分かった潤子が、僅かに抜けた声で手を上げる。


「死んだ人や獣の怨みや妬みそんな負の感情に呪われた品が呪物、そだネー……ホラー映画とかで見たこと無い? 呪いの人形とかビデオテープ、ちょっと離れて心霊写真とか、それが呪物だヨ」

「あ、それかー、天奈がホラー映画よく見てるから知ってますよ、私も偶に付き合って見ることありますから」


「え、天奈、ホラー映画好きなノ?」

「う、うん変かな? 女の子がホラー映画好きなんて」

「んーん、僕も好きー♪ そうだ今度一緒に見ようよ! 映画館でもいいしレンタルでもサ☆」

「いいの黒音? それなら、うん私も一緒に見たい」

「スラッシャー平気? 血肉ドバドバーとか?」

「あまり酷いのじゃなければ大丈夫、心霊系とかが多いかな私は、殺人鬼系も見るけれど――」


「話が反れていますよ、主様、本題の続きを」

 咎めるホタルの言葉で、夢中になっていた天音はハッとして顔を真っ赤にさせる。


「あやや、パルドンパルドン。続き話すネ、その呪物は天魔錬成にとって最も重要なパーツ……内包している膨大な負の霊気で黄泉を開き、そして現世と繋ぎとめる接着剤の役割を果たしてるんだヨ」

「そして、呪物はその効力を最大限に発揮する為に、組み立てられた殿に祀る必要があります、我々の当初の目的は、矢染市のどこかに在るその祭殿を見つけ出す事でした」


 呪物、祭殿、そのキーワードを聞き天奈は顎に手を添え思案した。


「接着剤、それなら呪物を壊せば黄泉との接着が剥がれて術が消える?」

「あー、大黒柱だいこくばしら抜くってこと、それ?」

「それ、で大まか合っています志津理様……ただ」


 解決法が示されと言うのに、ホタルの声色は何処か浮かない。

「呪物の破壊、それは無理やり黄泉を引きはがす為――反動で莫大な妖気の波動が矢染市全体を襲うことになります」

 

 再び緊張がこの場に姿を垣間見せる。


「その衝撃が起きた場合、衰弱した人間は流れ込む妖気に耐え切れず……殆どの命が尽きるでしょう」


「……嘘、ですよね? ホタルさん前言ってましたよね? 街の半分の人達が衰弱しているって、街を開放してもその人たちは全員死ぬって事ですか⁉」

 天奈は思わず椅子から立ち上がる、黒音は冷静に言葉を返す。

「僕達は異変を解決する為にやって来たけど、その解決法は犠牲を出すことが前提だったんだヨ」


「それじゃ意味ねぇ、おい朝果麻も、妹も無事じゃ済まねえってことだろ!」

「衰弱した人って、お父さんもお母さんも?」

 街を開放しても自分の家族は死ぬかもしれない、各々の顔が徐々に青ざめていく。


「――そこで天奈の出番♫」


 そんな空気を掻き消すように黒音が人差し指を上げる。

「天奈の稲荷の光、神使の力を以て呪物を破壊するんじゃなく、浄化させることがラストミッション」

「私の力で? それで何かが変わるの?」 

「呪物を破壊して黄泉を無理に引き剥がすから衝撃が起きてしまう、でも呪物を浄化させて緩やかに黄泉を離していけば、衝撃が起きないまま結界を消すことが出来るヨ、それこそ僕達が求める、最高の『最適解』」


 だから天奈が必要なんだ☆ そう最後に黒音が付け足す。

(私のこの力で街を、皆を助ける……出来るの、かな?)


 説明はおおよそ分かった、しかしそれが可能かどうかは余りに未知数だ。

 天奈達は呪物がどんな物なのかも分からない、それに……。


「そう黒音そもそも呪物は何処に在るの? 探してるって言ってたけれど」  

「アハハ、よくぞ聞いてくれましたー、実の所必要なピースは既に揃ってるんだよネ、あーらよっと」


 黒音は立ち上がり、マヨイガポシェットを漁る。

 中から取り出したのは明らかにポシェットに納まる規格ではない、幅の広い液晶ディスプレイ。

 それを中央のテーブルに置き電源を入れる、すると画面にはどこかの地図が映し出された。


 全員がまじまじと地図を見る中、潤子が呟く。

「これって、ん? もしかして矢染市?」

「そだヨー潤子、コレをこっちにあーしてどーなった?」


 ガサゴソ、黒音は再び漁り奇妙な道具を取り出した。


「パンパカパーン、【ジーピーだたら・ドットコム】!」

 

 右手に持つソレは、一目で見ればガラス細工の工芸品。

 ヤジロベーに似た逆十字の形状、中心がひし形のクリスタルであり、繋がる足の先は針のように鋭い。

 そして、上部には風鈴を逆さにしたような楕円の容器が付いていた。


 不思議そうに目を丸くする天奈達を他所に、黒音はディスプレイの中央にソレを置く。

 【ジーピーだたら】は、画面からぶれることなく数ミリだけ宙に静止する。


「そしてー締めの調味料に、を一さじ」

 右手を振るい蒼き大鎌を招来させる。


 四人が反射的に驚く中、黒音は切っ先に指を這わせる。

 刃の先は赤で汚れており、軽く弾くとその赤だけが刃から離れ、指先の上で浮いて粒となる。


「黒音、それってまさか旗乃条を斬った時の?」

「ウィ、あのオジサンの血だヨこれを垂らして、っと」


 その血を【ジーピーだたら】上部の器に零す、すると緩やかに回転し始め、真下の地図までもが勝手にぐりぐりと動く。


「高速道路で旗乃条加見津はこれから穴倉に籠り続けるって言った……呪物を祀る祭殿は動かすことは不可能だし、不具合が起きないよう、常に術者が傍で管理しなければならない」

 黒音もまた、金色の瞳で動く地図を見続け言葉を続ける。


「これはネ、対象の細胞情報を取り込んで、そこから本人を追跡する霊具、つまり今、旗乃条がどこに居るのか探ってるんだヨ」


「そっかだから高速であの人を逃がしたんだ、呪物の場所まで案内してもらう為に」

「そういうこと天奈、あの時はオジサンが聞いてる可能性があったから、詳しく話せなくて」


 やがて回転は遅くなり停止してガラス全体が淡く光る。真下の地図も動かなくなり、針の先がある一点を指す。


「見つけましたか」

 沈黙の中ホタルが呟き、黒音は【ジーピーだたら】を取り上げる。

「サテサテ、んー、ここって?」

 この霊具が指示した旗乃条の居場所……そこは。


「矢染市、市民文化会館?」

 地図の場所に覚えがある天奈が、その場所を口にした。


 旗乃条の穴倉。

 矢染市、市民文化会館。

 

 恐らくそこに、呪物を祀る祭殿が在る。


「明日ここに行くヨ、術式の支点、呪いの爆心地、とびっきりの大決戦になるかもネー、もちろん勝つけど」

 

 その後はトントン拍子に話は進んでいった、手数が欲しいとホタルの提案により、消防隊へ協力要請、足が欲しいとのっぺらぼう運転手にも頼み込む。 


「俺も行かせてくれ、ここで待つってのはどうやっても無理だ! 少しでも力になりてぇんだ」

 道広は黒音に詰め寄る、彼がじっと出来ない性格である事は既に周囲も分かっていた。


「今度はその力、正しく使える?」

「ああ、アイツ等を倒したいだけじゃねえ、俺は助けたい朝果麻を皆を……今なら分かる朧車はその為に俺に力を貸してくれたんだ、だから、」


「それなら、私も行こうかな」

 続いて志津理も明日の参加を表明してきた。


「よろしいのですか志津理様? 危険な戦となります命の保証はできませんが……それでも?」

「命の保証なんかとっくに無いっしょ、正直な所昨日みたいなのはもうごめんだし、このままここでダラダラし続けたいけどさ」


 志津理はぶっきらぼうに頭のニットを脱いだ、毛先だけが水色に染まった黒髪がさらけ出され、彼女は真剣な眼差しを皆に向ける。


「犯人の奴、人様のインドアライフ台無しにしてくれてさ、イライラしてるんだよね私」

 真剣と言うよりは、ぎらついた眼。

 彼女もこの状況下で想像以上のストレスを溜めていたのかもしれない。


「イライラか、まっ確かに俺も犯人にはイラついてる、一泡吹かせたいって気持ちも、少しはあるな」

「その割には落ち着いてるし、大柿さん?」

「さっき散々イライラし尽くしたからな、もう迷惑はかけられねえよ貝藤」


「ははっ、もちろん私も行くよ皆」

 そして最後の一人、潤子は右手を上げて意思を示す。


「潤子、でも今までで一番危険かもしれないのに」

 天奈は不安な声で潤子に尋ねる。

 これまでずっと一緒だったが、それでもわざわざ危険に飛び込む必要は無い……そんな考えが頭をよぎる。


「うん決めた天奈が行くなら私も行くって、ここまで来て無関係でいたくない、いいですよね黒音さん!」

「君がちゃんと考えてそれで決めたなら反対しないヨ、ただし一つ条件があります」


 ピッと黒音は潤子の顔の前で指を立てる。

「な、何ですか?」

「いい加減、敬語を使うのはペケ、僕のことは黒音って呼び捨てでイイヨ」

「あ……――、うん、改めてよろしく、黒音!」

 元気よく返事した潤子を見て、天奈も止めることを諦めた。


「戦うって決めたなら僕は止めない、だってこの物語の当事者は君達なんだカラ」

 潤子、志津理、道広――覚悟を決めた者達を眺め黒音は語る。


「僕とホタルは結界の外からやって来た部外者に過ぎない只の蝙蝠、今この物語の中心にいるシンデレラとピノキオは君達だヨ」

 

 前に黒音は言っていた、「君達には知る権利があるんだから」、と。

 中心に居るからこそ、権利がある。

 知ることも、介入することも、解決することも。

 だから、黒音は止めない。


「ゴールはちゃあんと見えてる、明日とことんあらがって名一杯頑張って、トゥルーエンドに辿り着きましょうネ――勇猛果敢な皆様方」


 煌びやかな笑みを浮かべ黒音はスカートをつまみ、可憐なお辞儀を見せた。

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