第30話 天魔錬成
ロビーの隣に位置するシックな
先程、異変を終わらせると言った黒音は天奈と潤子にこれからのことを全て話すと言い、場所を移そうとした。
「んー、それ私も聞いていいし?」
「俺も聞きたい……知りたいんだ、頼む」
その時、志津理と道広が自分達も話を聞きたいと申し出てきた。
天奈には二人の心境が何となく分かる、怪異融合者と成ったからだろうか、もうこの件に関して無関係ではいられない。そんな
黒音は了承し、委員長たちと別れてラウンジに足を運んだ。
……。
「まず話すべきは矢染市全体で発生している術式の全容についてでしょうか」
ホタルは揺らぐことなく静かに語り始める。
「街を結界で囲み人々を閉じ込め、黄泉と繋ぎ多くの怪異を招来させた……あの男、旗乃条加見津が起動させたこの術式の最終目的は二つあります」
「? はたのじょうって?」「さっき高速で会った人、この異変の犯人だよ」
旗乃条を見ていない志津理に天奈は小声で情報を伝える。
「一つはこの現代を怪異の世界に塗り替えることです」
「んん? もう十分塗り替わってると思うけど、今だって町中お化けだらけ」
「それだけでは終わりません潤子様、この場所を起点に日本全土を塗り替えてしまうのです」
天奈達は思わず息を止める、日本全土……それは余りにも規模が大きすぎる。
「かつての平安、栄えし京の都、人間の営みの隣には怪異が当然として存在しておりました、夜に出歩けば
「今はまだ矢染市の中だけで完結してるけど、準備が整ったら多分あのオジサン外にも怪異をふんだんにバラまくヨ」
「……嘘……これ以上酷いことになるなんて、そんな」
天奈は口元を抑える、この十日間で地獄を嫌と言うほど見てきた。その地獄が今度は全国で発生するかもしれない? 日本中が怪異の巣窟となる?
「え、かなり不味いしソレ、外に出たらもう食い止める方法無くない?」
「ああ……準備って言ったが、それはまだ整ってねえのか?」
「ウィ怪異はまだ外には出ていないネ、その準備が二つ目の目的に繋がるんだヨ、ホタル続きお願い」
「はい主様のおっしゃる通り、怪異を外界に
ホタルはここで一呼吸置き、次の言葉を述べる。
「その過程として、結界内の人間と怪異を戦わせることが重要となってきます」
「 ? 私達と怪異が戦うことがですか?」
「ええ、街の全ての人間と全ての怪異、それらが存在尽きるまで争い続ける、それが旗乃条の狙う所でしょう」
「それに、何の意味が?」
「それは、」
天奈の質問を受けたホタルは、チラリと黒音を一瞥……そして、ゆっくり口ばしを開く。
「――
天奈の問いに返って来た不可解な単語、黒音以外の四人は困惑に思考を傾げた。
「てん、ま? って、何?」
「てんま、天魔……確か仏教においての悪魔や魔王を指す言葉、で合ってますか?」
ただ単語だけを口走る潤子に対し、天奈は一応の知識で尋ねる。
「意味合いとしては近いです、
「怪異の王、天魔」
その存在を耳にして、天奈、志津理、道広に宿る怪異たちが
ソレを、天魔を、何があっても目覚めさせてはいけない。
ソレは、正しき命を
ソレは、世界を侵す、世界から明星を奪う、
「皆様、
「あ、はい、蛇や虫、毒を持つ生き物を百種集めて、密閉された器の中で最後の一匹になるまで殺し合わせる、そして生き残った一匹が最も強い毒虫になって、その毒虫を使って狙った相手の命を奪う、ですよね?」
「うええ何それー、聞いてるだけで気持ち悪くなって……ん? アレ?」
潤子は蟲毒の解説に顔をしかめるが、途端、目をぱちくりさせる。
「それって、今の状況に何となく似てない?」
その一言で潤子に視線が集まった。
「だ、だってホタルさん言ったじゃん、街の人と怪異を戦わせて、てんま? が生まれるって、その蟲毒ってのも虫とか戦わせて、すごい虫を作るんでしょ? ほらっ、似てる」
潤子自身上手く説明できないながらも、何とか言葉にしていく。
「もしかして矢染市を使って、今言った蟲毒ってのをを再現してるし?」
「人間と化け物を戦わせる……そうだ、俺達は高速で、我を忘れてアイツ等と戦い続けてた」
今の説明に合点がいった志津理と道広の背中を汗が伝う。
天奈の頭の中で情報の断片が一つ一つ繋がっていく。
「結界が器、怪異と私達が毒虫、互いを争わせて一番強い毒虫を……天魔を生み出す?」
「正解」
天奈達が導き出した答えに、黒音は一言、
「細かく言うなら生み出すのじゃなく成長させるが正しいカナ? 結界の中で繰り広げられるバトルロイヤル、人間は怪異を喰らい、怪異は人間を喰らう、生き残った者は成長し次の敵を喰らう、それを何度も何度も何度も繰り返し……やがて成長の頂に辿り着いたモノは自分の存在と魂を堕とし、天魔となり果てる」
黒音は一人一人に眼を合わせる、真剣な眼差し、そこから感情は一切読み取れない。
「それがこの大術式――【
明かされた事実、淡い橙色のラウンジに沈黙が流れる。
ホタルが言葉を続けた。
「天魔錬成が起動、結界が展開されまず天魔に成りうる可能性を持った人間の選別が行われます、環境に適応した者と衰弱した者に……そして適応した者は心を闘争過敏に支配され、さらなる選別の為、強制的に怪異と戦い続けます」
「選別……私達、怪異融合者もですか?」
「ええ怪異融合者は天魔に成りうる素養を強く持っています、特別枠、とでも言えばいいでしょうか」
天奈達も天魔に変貌してしまう可能性がある、怪異を従え、日本を恐怖に落とす……そんな怪物に。
得も言われぬ恐怖が微弱な震えとなり、つま先から全身に広がっていく。
「てな感じで怖い話してきたけど、マジマジな現状、天魔が生まれる可能性なんて万に一つも無いから心配しないでネ」
真剣な気が消え、いつもの黒音が
「ぇ? 黒音、天魔は、その、生まれないの?」
「ウィ、天魔に至るまでには数万数十万の闘争を繰り返して、幾度も死にかけて、そして多くの命を喰らう必要があるからネー」
「ええ旗乃条が起動した天魔錬成は規模こそ広大ですが、どうにも質が悪い」
ホタルは窓の外へ顔を向ける。既に日は沈み、
「本来なら結界内の人間は例外なくすべて闘争過敏となり、自我を失います……しかし数刻前の道広様達を除いて、闘争過敏に陥った者は確認していません」
「ネー市内全域がとっくに戦場になってなきゃいけないのに、人も怪異もどっちも大人しい、この調子じゃあ天魔が生まれるまで何か月かかる事やら」
そう、なんだ……。
街中の人達が争い合う地獄絵図を想像し四人の肩は震えたが、今すぐに事態が急転するわけではない、その事実に安堵の笑みを浮かべた。
「それに、さっきも言ったけど明日で全部終わらせるから、日本はとりあえず安泰だヨ」
「そうだ、終わらせるって、黒音、一体どうするの?」
「重要な話はここから♫ 作戦概要を話すネ、それにこの作戦天奈にも協力して欲しいことがあるカラ」
「私に?」
「ウィこの矢染市を怪異から開放するファイナルミッション……そのジョーカーは君だヨ――天奈」
指名された天奈は困惑に耳がぴくぴく動いた。
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