第26話 対面の時

「さっきまで僕と追いかけっこしてたの、オボエテル?」

「ぼんやりとだが……ここに来た時に変な悲鳴を聞いて頭痛がして、あのバケモノ達しか見えなくなって暴れて暴れ続けて、あんたに踵落としを決められて、そうだ俺のバイクは?」


 先程まで乗り暴れていた愛車を思い出す、黒音は彼の後方を指さした。破壊の跡が残る料金所、通常の姿に戻ったバイクが静かに止まっていた。


「主人思いの良い子だネ、君を担いで戻ろうとしたら後ろから付いてきたヨ」

「そう、か、あそこも俺が壊したんだよな、っ、本当に何やってんだよ俺! 朝果麻の事を何よりも考えなきゃいけねえってのに!」

 逆立つ髪をガシガシと掻きむしり、道広は後悔の念を口にする。その悲痛な面立ちに天奈と潤子は掛ける言葉が浮かばない。


「闘争過敏とはそう言うものです、常人では抑えることのできない感情の暴走、ただ怪異と殺しあうだけの傀儡くぐつと化す……怪異融合者、現状に対する怒り、妹様を救いたいと焦る思い、それらの要因が重なり一層強く、闘争に支配されたのでしょう」

「ある意味では君がこの街で一番ルールに正しく従った、とも言えるカナ」


 ? まただ、黒音とホタルさんのこの言い方、昨日も似たようなことを言っていた。

 まるで正気を無くし争うことが、正しいと言っているような……。


「サテナ! そろそろここから移動しよ、道広君もホテルに戻ってくれるよネ? 結界が壊せないことはもう分かったでしょ?」

 天奈が疑問に心を知ってか知らずか、黒音が話を打ち切り立ち上がった。


 項垂れていた道広はしばらくした後、小さく頷いた。

「ぁぁそうだな散々迷惑かけちまったんだ、あんたらに従うよ、ははは」

「ええとーそのう、げ、元気出して下さい! 妹さんが助かったんだから、そのことを喜びましょうよ!」

 自嘲する道広の姿に潤子が慰めの言葉を掛ける、「ううん」と小さな寝言を上げる朝果麻を皆が改めて見つめる。


 間に合った少女、救えた命、朝果麻は確かに生きている。

 道広はその事実を心で噛み締め、瞳に力を取り戻し、改めて三人一羽に感謝を込めて頭を下げた。


「ん、あれ? そう言えばバスの運転手さんが見当たらないよね? どこに?」

 天奈は気付き、バスの窓を見渡す。男性達はそれぞれ座席に座りぐったりしているが、運転席は無人のままだ。 


「それについてですが、一つご報告が」

 ホタルの口調が真剣な色へと変わる。

「先程、道路外を周回したのですが……男性の遺体を四名、あちらで発見しました」

「え?」


 ホタルが羽で反対車線の壁、その向こうを指す。

「遺体は全身を食いちぎられ損壊が激しいものでしたが、その内の一人は着用している制服から、恐らくバスの運転手だと」

 残酷な報告、天奈と潤子は顔を青ざめ、きゅっと心臓が掴まれる感触になる。


「小鬼と争い敗れた人達だネ、道路の外まで引きずり出されて喰われた、て所か」

「はい残念ですがバスは他の方に運転してもらうほかありません」 

 事実を淡々と語る黒音とホタル、苦虫を潰す道広、また犠牲者が出たことに天奈の眉が険しくなる。

 

 四人、死んだんだ、犠牲者が、また……。 


「天奈」

 

 しんとした黒音の声が届く、その一言で天奈は沈みかけた心を浮き上がらせる。

 軽く深呼吸、天奈はこれからのことを考える。

「誰かバスを運転できる人いないかな?」


 他の男性達は小鬼と争った疲労と傷で一杯一杯、これ以上無理を強いるのは酷に思える。

「私達じゃ無理、だよね、大柿さんはバイクだし、黒音さんは?」

「ウィ、もちろん無免許だヨ♪」

 可愛らしい返答、うーんと、首を傾げ潤子は大きく悩む仕草を見せる。

「そうですか、どうしよう、他に誰か運転できる人は……」


「――呼びましたか、お客さん」


 輪の外から投げかけられた声、振り向くと一番近くの横転している車の側面に腕を組みながらもたれ掛かる、タクシー運転手のっぺらぼうが居た。


「運転手さん⁉ も、もしかしてバスを運転できるんですか⁉」

 驚愕に狼狽うろたえる潤子の声を耳にした運転手は一瞬の間を置き……。


 グッ。


 指紋が消えた真っ新な親指を見せつけた。


「良きかな良きかな♪ やっぱり出会いの縁は一粒一粒大事にしないとネー、次の奇跡に繋がる軌跡になるんだから、それじゃあ僕達も相乗りタダ乗りさせてもらおうかナ」

「代金は頂きますよ?」

「アハハ、プロフェッショナル!」


 ぴょんぴょん跳ねる黒音を尻目に、ホタルが皆に移動を促す。

 ここからはバスでの移動になる、道広は朝果麻の体をタオルケットごと優しく抱きかかえバスへと歩き始める。


「ふー何はともかく終わったね天奈、私達もバスに乗ろう、もうへとへとだよ~」

「そうだね結構な距離を移動したから、私も疲れちゃった」

「天奈は皆を治すために沢山頑張ったんだから、ゆっくり休まないと」

「フフ、ありがとう潤子」

 アップヘアをポンポン叩き潤子が歩きだす、天奈も続こうとしたが……ふと、足をピタリと止め振り返る。


 それは四人の遺体が眠る方向。

 

「過ぎたことは言えないけれど、それでも……どうか安らかにお眠りください」

 今回の異変で死した者達の冥福を祈り、天奈は両手を合した。

 

 この祈りはただの自己満足、無意味な救済かもしれない、しかし、手を合わせたかった、合わせたかったんだ。


 結界の中で散々と見かけた人を襲う感情無き亡者、彼らが黄泉から這い出た死者の魂の残滓ざんしだと言うのなら、ここで死んだ人達の魂はどうなってしまうのだろう?


 安らかに成仏する? それとも悔いが残り現世に留まり続け、同じ亡者になり果ててしまうのだろうか? 事の真実は分からない。


「天奈ーー、行くよーー」


 潤子の呼び声にハッと意識を戻す、気づけば他の皆はバスのドア付近に集まっていた。

 思っていたより長く考え込んでしまったようだ。


「ごめん、今行く!」

 天奈は慌ててバスへと速足で向かう。

 潤子と道広はそのままドアへと視線を戻し、運転手のっぺらぼうは先に乗り込む。

 ホタルは空を観察して、黒音は愉快にくるくる踊る。


 はからずも皆の視線が天奈から外れた、それは何ら不思議な事ではない。一歩また一歩、天奈はバスに近づく。



 ――――その背後にてローブの男が音を立てずに右手の斧を振り上げてることに、彼女は気づかない。


 ローブの影から光る殺意に汚れた眼光、間髪入れず、錆びた鉄斧を天奈の頭頂目掛けて振り下ろす!



 走る大鎌の旋風、常人では視認すら困難な風車の突進。


 ローブの男の側面から迫った大鎌が、薄汚れた白いローブを肩口から切り裂き、斧を的確に弾き飛ばした。


「ぐっっ⁉」

「え、きゃっ⁉」


 右手の衝撃に苦悶を上げるローブの男。

 背後の音に気付いた天奈だが、振り向くよりも早く、黒音が彼女を抱きかかえ道路の端へ、閃光の如く駆けた。  


 アスファルトに落ちた斧が鈍い音を鳴らす、黒音は右手で天奈を抱いたまま、残っ

 た左手で、戻って来た大鎌を軽く受け止める。

 彼が走った地面には、焼けた黒い線が描かれ煙を上げていた。突然の事態を飲み込めない天奈は、黒音とローブの男を交互に見やる。


「ほんと、やっと出て来たネー、ボンジュール♬ 本日はお日柄も悪く絶好の処刑日和……会えて嬉しいヨ、」 

 

 無邪気に笑う黒音、しかし金色の瞳は待ち望んだ獲物を前に、殺意と狂乱の輝きに満ち満ちていた。


「……そうか、ああ成程、まんまと釣られたという訳か私は」

 ローブの男が呟く、天奈の耳に届いたのは年齢を感じさせる、しゃがれた男性の声。

「いかんな焦りで判断を誤ったか、只の観察者であれば良かったのだろうな、確かに、自らの姿をわざわざ敵の前に晒すなど愚行以外の何物でも無いな、反省せねば」

 

 びりり、と小さな音と共に、黒音が斬ったローブの切れ込みが広がり、遂には男の体から剥がされた。

 

 そしてフードがひるがえり、男の顔がさらけけ出された。

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