第25話 闘争が静まり
「それじゃあ早速試して見ようか、天奈レッツトライ♪」
「でも黒音、具体的にどうすれば?」
「まず思考の転換、大切なのは頭の中で思描くイメージだヨ。溢れだす穢れを露散させ人体に活気を与える、種を芽吹かせ大輪の花に、それと同じ、怒ってる人を
「イメージ、うんやってみる、頭の中で形を、イメージ……――――【闘争よ、どうか、やさしく
誰、だ? 誰かが話してる?
頭が働かない、乗り物酔いしたかのように揺れてはっきりしない、俺は……気絶してたのか?
「どう、黒音? ちゃんと効果出てるかな?」
「アハハ、いいよ凄くイイ。霊気の色がとっても穏やか、このまま続けて」
「うんっ」
体が温かい、芯からじんわりと手足の先に広がる深い
あ、れ? 俺はさっきまで何をしていたんだ、何をそんなに怒っていたたんだ?
(俺は……)
「あ、起きそう♪」
◇◇◇◇◇◇
気絶した道広を担いで、満足顔で皆の元に戻って来た黒音が天奈に一つの提案をした。
「他の人はともかく、この大柿君は目覚めてもまた暴れだす可能性が高いネ、そこで天奈、君の力を試して見よウ」
提案はこうだった。天奈の稲荷の光その浄化の力を以て、道広を支配している闘争過敏を鎮めさせる。
「それは、この人を普通の精神状態に戻すってことだよね?」
闘争過敏のことは未だはっきりと分からないが、話のニュアンスは間違っていないだろう。
「古来より人間は、嵐や
そして黒音とホタルの指示の下、天奈は道広の闘争過敏を鎮める為に稲荷の光を浴びせた。頭の中に怒りを宥めるイメージを何とか作りながら。
(喧嘩している友達二人を仲裁するイメージで良かったかな?)
「ぅぅ、うあ」
一時の間、光を浴びせていると、道広がくぐもった声を上げて、ゆっくりと瞼を開いた。
「ぁ、ここ、は? ……あんたら、は、俺は、何を?」
寝ぼけた眼で囲む三人一羽をぼんやりと見ながら脱力した舌を何とか動かそうとしている、そこには先程までの荒ぶる感情は見受けられない。
「さーて君、気分はどうカナ? 自分の名前ちゃんと分かる、ユーアネーム?」
首を撫でる黒音のこそばゆい声が鼓膜の奥を侵食して、不鮮明な思考が少しずつ晴れていく。
「道広……そうだ、俺は大柿道広だ」
やはり彼が大柿道広。確認が取れたことにほっと一息、天奈は自分達の名前とここに来た経緯をゆっくりと伝えた。
気づけば、倒れていた男性達も意識を取り戻し始め、次々に体を起こしている。その様子から狂気は消え去り、不安げに弱弱しく周囲を見回していた。
「それで私達、皆さんを探してここまで来たんです、合流出来て本当に良かった」
「そう、だったのか、ホテルの人達が……心配かけちまったな、痛っ」
意識が鮮明になると同時に痛み始めた脳天をさする道広に、黒音が話しかける。
「記憶はっきりしてる? ここまで来た経緯、その後のこと覚えてるカナ?」
道広は一つ一つ脳内に残っている動画をリプレイしていく。
「きおく? ……ぁぁ、俺達は街を出る為にホテルを出て、あの壁を越えようとして、けどあの壁は頑丈で俺がいくら攻撃しても傷一つ付かなかった」
道広は語る、壁と言うのは黒音達も立ち寄った結界の事だろう。
「立ち往生していたら、あの化け物がぞろぞろと、だから俺達は別の場所からの脱出を話し合ってこの高速まで、
突然、道広の唇が止まる、何かに気付いたのか切れ長の目が大きく見開かれる。
「そうだ朝果麻、朝果麻もここに! お、俺達のバスはどこだ⁉」
「え? バスならアレだと思うけど」
わなわな震えながら動揺している姿に、潤子は停車している真っ赤なバスを指さした。
「くそっ、朝果麻!!」
「あ、まだ動いちゃ、」
「どいてくれ!」
天奈の制止を振り切り、道広は危なげな足取りでバスへと駆けて行った。天奈達も後をゆっくりと追い、彼の後ろ姿を見送る。
「バスの中、誰か残ってるのかな?」
そうかもしれないと、潤子の問いに天奈は頷いた。こちらに気付いた男性達の視線が集まるのを感じる中、ドアの前で様子を窺う。
「さて、あちらはどう行動を起こしますかね」
「そだネ」
黒音とホタルだけは、道広のことは気にせず、周囲全体に刺すような視線を投げていた。
「――さがお、朝果麻! しっかりしろ、返事をしてくれっ⁉」
そして悲痛な叫び声が届き、バスから小柄な少女抱えた道広が飛び出した。今にも泣きそうな顔で訴えかけるが、腕の中の少女は一切の反応を示さない。
およそ小学四、五年くらいの年齢のあどけない容姿。
長く艶やかな黒髪、水色のデニムシャツに桜色の可愛らしいスカート。
元気いっぱいであったであろう健康的な肌は、今は病的なまでに青白く染まっている。
「ちくしょう、どうすればいい、どうすれば!?」
少女の首元から頬に掛けてカビのように広がるのは、ドス黒い染み。
穢れの跡、目の当たりにしていたから天奈達はすぐに分かった。この少女は穢れに蝕まれ命の危機に直面している。
「ちょっち脈を確認するネ、そこにゆっくり寝かせて」
今まで無言だった黒音が近づき少女を寝かせるよう促す、錯乱しかけていた道広だが、一先ず指示に従った。
脈、呼吸、体温、そして霊気の強弱、黒音はてきぱきと少女の容態を確認する。その後ろで道広が不安の余り拳を握りしめている。
「……とりあえず生命活動はかろうじて維持してるけどかなり危険な状態、術の心身衰弱と穢れによる霊気消失のダブルパンチ、後一時間持つかどうか、ダネ」
「そん、な、どうにかならねえのか⁉ 朝果麻、朝果麻死ぬなぁぁ!!」
黒音の言葉に道広の顔が絶望に染まる、少女に近寄り必死にその名を呼び続ける。
対して黒音の表情は変わらず落ち着いている、天奈もまた決意に満ちた表情。
先程の黒音の説明、自分がやるべきことはちゃんと分かってる。
「だからこそ間に合ってよかった、希望はちゃんとここに来たヨ道広君」
黒音と天奈の視線がまじりあう、そこに有るのは確かな信頼。
「大柿さん、私を信じてくれますか?」
ぎゅっと握った拳から、暖かな木漏れ日が外に向けて差し込んでいた。
◇◇◇◇◇◇
「すまん!」
アスファルトに
「そんな頭を上げてください大柿さん」
「そーそー、皆無事だったからそれで良いじゃないですか」
「そう言う訳にいかねえよ。朝果麻、妹を助けてくれたお前らに俺は襲い掛かったんだろ? 何度謝っても足りねえ、本当にすまん!!」
頭を上げて欲しいと天奈と潤子は手をアワアワさせるが、道広は聞き入れない。
謝る彼の隣には、彼の妹、
結界と穢れにより命の危機に瀕していた少女、今は安定した呼吸を繰り返しゆっくりと眠っている。
天奈の稲荷の光が少女の穢れを祓い、零れ落ちそうな生命に活力を与えた。
想像以上に朝果麻の状態は酷く、黒音とホタルが浄化と豊穣の切り替えと強弱を細かく指示を出しながら行い、時間は掛ったが、癒しに成功した。
「……ぁ、おにい、ちゃん」
「朝果麻! ああ兄ちゃんはここだ!」
意識を取り戻した朝果麻に寄り添いながら涙を流す道広を見ながら、黒音がポシェットからタオルケットを取り出した。
「大分弱ってたから動かさないで少しここで休ませよう、さっ寝んねしようネ♬」
優しくタオルケットに包まれた朝果麻はすぐに意識を手放し眠りにつく、その間に他の男性達をバスの中に避難させ、警戒しながら道広と会話した。
自分達のこと、怪異融合者のこと、そして道広たちが正気を失っていたことを。
「数日前、家が化け物に襲われてホテルに避難しようとしたんだが、その途中で道端から出て来た泥みたいな物が朝果麻にかかっちまった」
「運悪く穢れに触れたかナ、妹ちゃんその前から体調悪くなかった?」
「ああ、元気が無くなって見るからに弱ってた、そしてあの泥がかかってからよりひどくなってな、まともに立ち上がることもできなくて、ご飯も食べなくなって……」
黒音の質問に答えた道広はすやすや眠る妹の髪を優しく撫でる。
「この街に居続けたら妹は死ぬ、不思議とそんな確信を持ってた、一刻も早く外に出ねえと行けない、だから、」
「ふむ怪異融合者として刻み込まれた情報でしょうか、確かに結界の外に出れば黄泉との繋がりは無くなるので、妹様にかかる呪いは効力を失います」
ホタルの説明に天奈は納得する、確かに自身も稲荷神の力を使えるようになってから、脳内がより強く外への脱出を推奨していることを実感していた。
怪異は結界の恐ろしさを知っている、だからこその危険信号だろう。
「だが結局この始末だ、町を脱出するどころか俺は我を忘れて化け物を倒すことを優先しちまった……妹のことも忘れて、な」
去来したのは己に対する失望、道広は怒りに歯を食いしばった。
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