第24話 朧よ、こっちに来い

 道広の周りで激しく回転する銅色の車輪、それは彼の闘争に呼応して強く鳴く。


「んー、とりあえず平和的対話を提案するけド……どうカナ?」

「バケモンが、てめえ何かにやられるものかぁ!!」

 声が聞こえていないのか、道広は叫び襲い掛かった。


「くたばれええーー!!」

「ん、闘争過敏が進んでるネ、これでは分かり合えない」

 腕の振りの合わせて縦横無尽に走る鈍器の車輪、その速度は凄まじく直撃すれば骨折どころでは無い。

「おおデンジャー猛進もうしん、アハハハどうしよっかナー?」

 しかし黒音は淡雪の笑みを崩さず、ひらひらと蝶のように躱した。


「黒音っ、あの大柿さん話を聞いてください!!」

「うちら味方ー! そっちの黒音さんも敵じゃないよ止まってー!!」

 道広の突然の奇行を目の当たりにして、天奈と潤子は遠くから必死に制止を呼びかける……が、聞こえていないのだろう、彼はこちらに目もくれず黒音を狙う。


「ああまで闘争過敏が進んでしまうとは……恐らくあの猿が仕掛ける以前から彼の正気は無くなりかけていたのでしょう」

 只一羽、ホタルだけは抑揚よくようなく状況を語る。

「どうしようホタルさん、このままだと…………多分黒音があの人を倒してしまいますよね?」

「はい天奈様、あの男性の怪異融合者としての力は中々ですが――主様には到底届きません」


「la~la~lala、la~♪」


 謡いながら車輪を躱す黒音の清廉せいれんな姿からその事は判断できる、彼は今、

「まぁ大丈夫です、敵に逃げられて主様も消化不良なのです、しばらく発散させてあげましょう」

 いつものことだと、のほほんとしたホタルの態度に少女二人は苦笑い。


「今の内に男性達を救助しましょう、天奈様は彼らに癒しを、潤子様は周囲の警戒をお願いします」

 一先ずホタルの指示に従い二人はやるべきことを始める、天奈はちらりと遠くで戦う二人を一瞥いちべつしながら、小さく癒しの詠唱を始めた。


 そんな天奈達から意図的に距離を取り、黒音は音階を奏でるようにかかととつま先を交互に鳴らす。

「ぢぃ! 逃げんなああ!!」

「そうそう、もっとリズミカルにテンポを上げて、しなやかに!」

 苛立つ道広がより激しく車輪を振るい上げるが、黒音は物ともしない。艶やかに揺れながらも清白せいはくを保ち続けるフリルがその証拠。


「ど・れ・み、ドレミファソラシ――ドッ!」

 躱し続けて一転、くるりと回った黒音は逆手に持ち替えた大鎌で車輪の一つをはじき返した。

「ぐっ!?」

 思いもしなかった反撃、顔面に迫る車輪を道広は何とか避ける。体勢を崩しそのままアスファルトに腕から倒れた。


「君の引き出しはそれで全部? 他にも有るなら是非とも拝見したいナ~」

「っ、てめえぇぇ」

 追撃しない黒音を道広は怨めしく血走った目で睨む、すると頭を動かし必死に何かを探す。


「――!」

 探し物を見つけたのか急いで起き上がり、背を向け駆けていく。黒音は動かず、じーっと道広の走る先に視線を移す、次は何を見せてくれるのか……そんなささやかな期待を込めて。


 料金所の左端、そこに普通二輪車が一台佇んでいる。

 黒と銀のパーツが組み合い、茶色の座席がコントラストを見せる一般的なストリートバイク。

 そして道広はバイクに乗りエンジンを掛ける。車輪での攻撃は諦めあれでくつもりなのだろうか?  

 

 単調で短絡、つまらない行動に黒音は落胆の息を洩らそうとした――。


「力を貸せ! 朧車おぼろぐるまああーーー!!」

 道広の怒号とエンジン音が重なる、黒音だけでなく皆の視線が彼に集まる。


 浮遊する二つの車輪が声に反応して動きを見せる、一つは前輪へ、一つは後輪へ。

 奇態きたいな光景、タイヤと車輪が溶けるように一つになっていく、続き荒ぶる霊気がバイク全体を包む。

 

 化生への昇華、バイクは変化へんげする。


「アハ☆ そんなの隠してたんだ」

 落胆から一転の有頂天、黒音は相対する道広とバイクに眼を輝かせる。

 

 黒鉄の車体は歪み曲がり、所々にだいだいいろの波を線描せんびょうし、タイヤは一回り大きく太く、表面にはさめのような牙が無数に生え揃う。

 パーツの所々が鋭利に尖り、凶暴さを際立たせる。

 そして車体正面が変容して備え付けられた巨大な鬼の泣面、額には曲線を描く二本の角、開いた大口からライトが覗き、おどろおどろしい赤い光で前を照らす。


 激しく唸るエンジン音が静寂の道路を埋める。対峙する両者の視線は重なり合ったまま――。


嗚呼ああ、行くぜええーーっ!!」

 雄叫び上げ、バイクはスタートを切る。通常ではあり得ない初速、アスファルトを削りながら凄まじい速さで黒音に突撃。チェーンソーのように抉りながら回転するタイヤが引こうとする寸前、黒音は高く飛び躱した。


 道広の頭上を舞い数メートル背後に綺麗に着地、道広も即座にブレーキをかけ慣れた手つきで車体を回し、再び向かい合う。


「おぼろ……ぐるま」

 天奈は遠くからその光景を不安げに見守りながら、無意識に口ずさむ。

 

 朧車――はっきりとは知らないが、いつかどこか書物で見かけたことがある。

 現代からさかのぼること平安時代に現れた、牛車の前面に巨大な顔が付いた妖怪。一説では貴族の怨念の集合体とも言われるが、その正体は謎に包まれている。

 朧月の夜に姿を見せることから、その名が付けられた……らしい。


「朧車ですか、私の記憶にある者とは大分様変わりしていますが……あれもまた現代版なのでしょうかね?」

「ど、どうなんでしょう? 怪異の事はさっぱりだけど……私的にはあのデザインはナイかな、ね、天奈」

「え? 洗練された芸術的な造形だと思うけれど、うんカッコイイ」 

「ええぇ?」


 そんな二人一羽に黒音は瞳を向ける。

 倒れている男性一人一人を丁寧に癒す天奈、飛びながら周囲を警戒するホタル、及び腰ながらもしっかりとアメンボを構える潤子。


(あのバイクが暴れ続けると、彼女達にも危害が及ぶ……ウィ)


「だったら、ステージチェンジ」

 再び高く飛び料金所屋根に着地する。

「おーにさん、こーちら、てーのなーるほうへ♪ アハハハ!」

 先程出会った子供霊を真似てあどけない声で道広を挑発した。しんとした声は道広の鼓膜に届き脳髄を刺激する。怒りで歯ぎしりする彼を確認して黒音は奥の道路に飛ぶ。


「逃がさねえ!!」

 エンジンを鳴らし道広は後を追う、バイクから放出される霊気が増しそれは最早凶器、通り過ぎる料金所の壁を掠めただけで破壊した。


 黒音の思惑通り、天奈達と距離を取らせることが出来た。

(だから、もうちょっとだけ我儘な遊戯に興じてもイイヨネ)


「しっかり避けてね大柿君――そーれ、アレグレット!」

 飛び跳ねて逃げながら、縦に数回転、そして後方から迫るバイク向けて大鎌の斬撃を飛ばす。昨日、大虎をほふった物より威力を落とした一撃、道広に当たらないよう注意を払い前輪を狙う。


「ぐっ、このおっ⁉」

 いきなりの反撃に歯を食いしばながら車体を逸らす。飛翔する斬撃を何とか躱すが、黒音は更に次の、また次の斬撃を飛ばす。百キロ近いスピードのバイクに追われながら、だ。

 

 黒音の常軌を逸した足の速さは、着かず離れず一定の距離を保ち、道広は彼を無我夢中で追う。


 死体と残骸が転がる無常悲惨むじょうひさんたる道路を走り抜ける両者、間もなく結界の壁に辿り着く。


「あー、ゴールが見えて来た、んー残念ここまでか」

「テメェ、絶対に潰す、殺す、ぅぅ、があああああ!!!」

 道広の心にくすぶる闘争は何処までも燃え盛り、そこに人としての自我は無い。

 壁が目前に迫った瞬間、黒音は反転した。


「そろそろ幕引きカナ、遊戯はここで終わり……折角だから最後に思いっきりの力比べしヨ♪」

 逃げも隠れもしない、優雅ゆうが静謐せいひつに、右手に大鎌を携え黒音は迎え撃つ。道広はそんな彼に狙いを定め加速した。


「うぅあああああaaaああああ!!!!」

 道広の雄叫びは怒りでも狂気でも覚悟でも無く、己の喪失そうしつの域に達している。


 黒音と道広、ゴシックとバイク、死神と朧車。

 ――二人は衝突した。


 ……

 …………――――。


「――あ?」

 道広が上げた声の感情は闘争ではなく困惑。


 岩が砕けるような轟音と共に両者はぶつかり合った。朧車と化したバイクは間違いなく、待ち構えた目の前の敵を潰し殺す筈だった。


 だった筈だ。

「フフハハ、凄いインパクト♯ 手のひらがジンジンしてるー」

 聞こえてくるのは、可憐なる笑い声。


 黒音の左手がノコギリ状のタイヤを握りしめていた。

 ……信じられないにも程がある、驚嘆する腕力と握力、彼は左手一本で速度百キロを超えたバイクを受け止めた。


 止められた衝撃で道広は全身を激しく揺らし飛び出しそうになるのを辛うじて耐える。対する黒音はその場から一歩も後ずさむことも無くその場に立つ。ブーツが噛み締めるアスファルトにヒビがはいるが、決して後退してはいない。

 手のひらにタイヤの刃が食い込んでいる、しかし皮膚も肉も裂かれることも無く白く綺麗なまま。


「あ、っぐ、ぅぅ」

 狂気に染まった道広の顔に困惑と焦りが垣間見える、いくらエンジンを回しても、車体はビクともしない。

 

 汗を垂らしながら必死に前を見ると……笑う黒音の背から赤と黒が入り混じった霊気に似たおぞましいナニカが、枝先を覗かせる。


 刹那の瞬間、黒音の全身が暗黒に染まる――焔の如く荒ぶる影。その中に浮かぶ黄金の瞳が二つ、ギョロリと道広を見つめる。


「ひっ」

「束の間の運動会、少し満たされたよ……次に目覚めたときはその力、正しく使ってネ♪」


 今の際の幻だったのか……変わらぬ元の姿の黒音がタイヤから手を放す。バイクに訪れる解放感、しかし硬直していた道広はアクセルすら忘れ、対する黒音は眼前で跳ねるように転回。


 舞い上がるスカートの旋律、ぴんと伸びる柔くしなやかな太もも、弾力性のある官能的なふくらはぎ。


 ――そこから繰り出される、脳天への踵落とし。


「がっ!!??」

 鈍い音と衝撃、頭部への激痛から短い悲鳴を上げ道広は意識を手放し始める。


「ねんねころりよ、おころりよ――オヤスミ、坊や」


 その直前、耳に届く温かい子守唄と共に、優しく抱き留められた……気がした。

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