第18話 喧騒の後に

 結局、黒音は何も喋ってくれずニコニコ笑うばかり。会話が途切れた中、ふうっとホタルが外を見回りたいと提案、この場はお開きとなった。

 黒音とホタルは少女達と別れ、先ほどまで戦っていた広場に着き端から端までを調べ始めた。

 

「笑顔だけで場を切り抜けられるとは限りませんよ、主様」

「助け船メルシー、僕もどうしようか迷っちゃって、でもまっ語らない方が正解だネー、誰の為にもならないんだかラ」

「……」

 

 広場の先や林の深奥、斜面そして菫の上空、遠方に浮遊する人魂が見えるが襲ってくる気配はない。午前中までの喧騒は姿を消し、平穏静寂へいおんせいじゃくが広場を形造っている。


「ここも祭殿の気配は感じられませんね」

「でも犯人は近くに居たのは確か、天奈が穢れを浄化した時チョットだけ気配を漏らしてたしネ」

「今回の襲撃は首謀者が引き起こした、あの虎に我々を喰わせることが目的の一つでしょう、しかしそう上手くは行かない」

「犠牲者は見事にゼロ♪ 天奈のおかげで穢れも全て消滅♯ 犯人イラついてるだろうネー」


 黒音は笑いマヨイガポシェット・マークスリーから潤子の家に掛けた物と同じ、魔除けのベルを取り出す。


 両手で包み息を吹きかける……すると形状に変化が起きた。

 ベルの両面にちょこんと小さな蝙蝠こうもりの羽が生えて飛び上がったかと思うと、ベルが分身し始めた。 


「それじゃあここら一帯の魔除けお願いネ、【ベルんバット】」

 羽ばたく無数のベルは黒音の指示を聞くと、一鳴りして飛び散った。


 この者たちの名は、。ホタルと同じ黒音に仕える妖霊。

 普段は只のベルでしかないのだが、黒音の合図を受けると目を覚まし、周囲を飛び交いながら怪異を寄せ付けない、意志を持つ魔除けとなる。


 ベルんバットたちが散開したのを確認した黒音は、玄関へと踵を返す。

「蛇に虎か、次は何が来るのかなー、アハハ数夜すうや共演会きょうえんかいはまだまだ続く、犯人さんどうかガッカリさせないでネ?」

 憂いと狂気が混ざった笑みを浮かべ、人差し指でゆっくりと下唇をなぞった。


 ◇◇◇◇◇◇


 午前中の疲労のせいで動くことが億劫になり、天奈達は部屋でゆっくりと休息を取っていた。先程まで黒音が乗っていたベッドに三人で川の字に寝ころび、各々ふにゃける。


「そうだこの棒って天奈が持ってたよね? ちょっと持って来たんだけど」

 左端に寝転んでいた潤子が握っていた木の棒を持ち上げる。

 今までずっと持っていたのだろうか?

 確か昼食の時も、説明会の時も持っていた気がするが、木の棒がどうしたのだろう?


「何か形変わってない?」

 潤子の一言に、天奈と志津理は木の棒に視線を向ける。


 午前の戦闘で天奈が握った無骨ぶこつな木の棒、だった物。

 その身は研ぎ澄まされ、やすりで研磨けんましたかのように滑らかになっていた。そして木の面をなぞりながら、何かの文字が彫られている。

 

 “三毒煩悩皆得解脱さんどくぼんのうかいとくげだつ即得解脱そくとくげだつ


「書かれてるのお経、かな? 私が持ってた時はこんなの無かったけれど」 

 天奈が文字をまじまじと見つめていると、突然木の棒が光りを放った。


「眩しっ、何で光るし?」

「わ、分かんない、え? 危ないのコレ? 私今思いっきり握ってるけど、大丈夫だよね⁉」

 ベッドから起き上がった潤子が激しく動揺するが、天奈はそれほど危機感を感じてはいなかった。


「多分大丈夫だよ、この光から私と同じ力を感じるから」

 天奈の手から流れる稲荷の光、それは確かに木の棒の光と同じ暖かな色であった。


「おおそっか、天奈が怪異の力を使えるようになったのと関係あるのかな?」

「後で黒音達に聞いてみよう……ああ待って潤子、やっぱり爆発するかも」

「ウェイ⁉」

「ふふ、冗談」


 大声を上げ棒を振り回す、潤子を見てくすくすと天奈はイタズラっぽく笑う。

「アンタ結構いい性格してるね」

 そんな愉快な光景を見た後、志津理は枕に顔をうずめた。


 そんなこんなでしばらくの休息の後、天奈達は委員長たちの部屋におもむき軽く談笑、そしてロビーへと降りて来た。

 その場には従業員以外にも人の姿がちらほら見える。また再び怪異が襲ってくるのではないかと、外が気になるのだろう。


 すると閉ざされた扉の前で黒音とホタル、消防隊の隊長が何か話し込んでいた。


「端末で連絡はとれないのですか?」

「何度も試したが誰とも繋がらない、こちらとしても探しに行った方が良いと思うが」

「ふむふむ、それは確かに心配だネー、さてどうしよっかナ?」

 隊長は深刻な顔をしている、何かあったんだろうかと気になり少女たちは近づいた。


「黒音なにかあったの?」

「むん? ああ天奈、さっき外の見回りが終わったから隊長さんに報告したんだけど……どうやら昨日、このホテルから出て行った人たちと連絡が取れなくなったみたいなんだ」

「あーその話か」

 後ろから聞こえた志津理の呟き――ホテルから出て行った?


「出て行ったって、どうしてそんな、街はまだ危険なのに」

「結界の外に出る為だってさ、ここで籠城ろうじょうするのに耐え切れなくなったんだネ」

 黒音はそう天奈に返答して、人差し指を唇に当て考える仕草を取る。


 困惑する彼女達に隊長が説明してくれた。

「以前から街の外に出るべきだと訴える者が何人かいたんだ、だがこちらが得た情報によればあの紫の壁は非常に強固で、次々と車が衝突して大破していると聞いていた、だからここに留まるよう何度も説得したんだが……」

「そうそう、でもあの人達ついに我慢できなくなったみたい、バスに乗って出て行っちゃったし」


「バスって、もしかして結構な人数が出て行ったの?」

「そうだよ潤子、大体四十人くらいかなバスを二台持って行ったし」


 四十人⁉ その数に潤子は思わず声を上げる。

「ああ、それと黒音、話しておきたいことあったし……その出て行った人たちの中に、私と同じが居たし」


 志津理のその言葉に黒音の表情が僅かに真面目なものとなった、天奈も今の言葉が気になり近づいた。

「変な力、もしかして私達と同じ怪異融合者?」

「多分そう……馬車とかについてる車輪みたいのがふわふわ浮いてて、それで外のバケモノ何体も倒してたし、好戦的な男でこっちも楽出来て助かったんだけどなー」


 車輪、何かの怪異の力だろうか? いや今はそれよりも。

「怪異融合者もう一人いましたか、となれば……ふむ……主様、今後の方針ですが、私はその者達の追跡を進言します」

 今まで扉のランプに乗って話を聞いていたホタルが黒音に提案した。


「ウィ、いいヨー、じゃあ探しに行こう♪」

 ――そしてやはり黒音の決断は早かった。


「行ってくれるのか! あ、いや嬉しいが、助けてもらって更にそこまで任せていいのか?」

「元々街を探索する予定だったから問題ないヨ、その出て行った人たちペシッて連れ戻すネ」


 ありがとう! と隊長は黒音に頭を下げる、思わないところで次の行き先が決まったみたいだ。

 ちらりと黒音が天奈と潤子を見る……二人はどう考え、どう行動する?

 つややかな瞳が二人に問いかける。


「黒音……そうだね連れ戻そう、私も付いていく」

「はいはい! 勿論私も!」 

 その返答に黒音は緩やかに微笑する、二人がそう返すことを期待していたようだ。


「それじゃあ諸君、韋駄天いだてんに化けてバスまでレッツゴー☆……て、所だけど今日は潤子の家に帰ろうネ」

「うん! ……え、帰るの?」

 てっきり今からバスを探しに行くかと想定していたので、予想外の言葉に天奈は首を傾げた。


「今から行動を起こしたらどうあっても夜を迎えるからダメ、夜は怪異が幾分かパワーアップしちゃうから、出過ぎたことはしません」


 黒音は淡々と正論を語る、しかし、でも。

「で、でも出て行ってから一日以上過ぎてる、そんなに長く外に居たら……早く探さないと、」


「天奈」


 焦燥しょうそうに言葉を連ねようとした天奈は、黒音の一言に黙らされる。

 声色は変わらない、しかし膝を一瞬震えさせる重さがあった。


「気付いてないかもしれないけど、天奈の霊気は殆ど無くなってるよ、いきなり力に目覚めたから調整できないまま使い果たしたんだネ」

 天奈が身に纏う霊気が弱弱しくなっている、そう黒音は判断できた。


「このまま行っても碌なことにならない、きっと何も助けられない、それじゃあ駄目だヨ」

 周りの目も気にせず黒音は天奈に歩み、両手を握りしめる。

「天奈の思いはちゃんとわかってる、でも今日はここで終わり、それが吉だと断言するヨ」


「黒音」

「助ける為にちゃんと休もう、ネ♪」


「……うん、ごめんちょっと急ぎすぎてた」

 天奈が頷き、それを見た潤子が優しく肩を叩く、とりあえず今日は帰ることで話がまとまった。

 

 次なる駅は、外界を目指し消息を絶った二台のバス。

 白亜の濃霧の先、果たして見出されるのは光明か無明か。

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