第17話 説明会二幕だ、パチパチパチ

 ひび割れた扉を開け、真っ先に目に入って来たのは、ロビーに集まっていた多くの市民達の姿。扉の傍にはバリケードとして積み重ねていたソファやテーブルが退かされている。


 彼らは一様に黒音達を不安げに見ていたが、当の黒音はまるで気にすること無く戦いの終わりをロビーの皆に伝えた。続けて入って来た消防士達と志津理も一先ず安全になったと補足してくれた。


 怪異が去ったことを知り、周囲のから歓喜の声が上がる、隣と生きていると喜び合い涙ぐむ。

 黒音の腕の中で天奈はそんな光景を見て、ここに来て良かったと、安堵に胸が満たされた。


 それから、忙しなく時間が過ぎていく。


 ロビーに居た人達の手を借り、外で倒れている男性達を中に運ぶ。

 その後すぐに探していた委員長と他のクラスの子達を見つけた、互いの再会に声を弾ませ、予想通り狐耳と尻尾に驚かれた。

 

 当然、黒音にも注目が集まる、その異様でありながらも端麗な容姿は流行り好きの女子高生たちの目を引き付け、キャーキャーと囲まれる。椅子に座った天奈はもやもやした気分でそれを眺めていた。


 ……後で、彼が男だと天奈が説明したら、近くで様子を見ていた志津理を含み、皆が一斉に凍り付いた。


 そんなこんなで気づけば正午前、ロビーの隣にあるレストランに皆は移動して軽い昼食を取る。


「あの……黒音、ホタルさん、少し試して見たいことがあるの」

 昼食を終え、体力がある程度戻った天奈は一言提案してきた。


 先程の戦闘で穢れの波に飲み込まれ死にかけた男性達、ロビーに寝かされた彼らは未だ意識がはっきりとせず、時たま苦痛の呻き声を漏らしている。

 看病をしているホテル従業員に事情を説明して、天奈は男性に近づきその胸板に手のひらを近づける。


 そして、一呼吸おいて。


「【――命よ、はぐくんで】」


 静かに詠を唱え、かざした手が光り輝く。

 光は大きな綿毛のように丸まり、ゆっくりと男性の胸に沈んでいく、一瞬だけ男性の全身が光る。

 黒音達も市民たちも後ろからその様子を見ていた……そして。


「う、うぅ……けほっけほっ……ここ、は?」

 徐々に顔の血色が良くなり、男性は意識を取り戻した。


「っ、上手くいった、大丈夫ですか⁉」

 男性が目覚めたことに皆は喜び、黒音が嬉しさで溜息を洩らした。天奈の怪異融合の力、ここまでできるとは。


「穢れの毒を消し、気の活力を正常に戻す……やはりこれは、かの神の豊穣と浄化の加護」

「ウィそだネー、天奈とんでもない御方を引き当てたみたいだネ」

 歓声の中、天奈は次の人を癒すために移動した。


 ◇◇◇◇◇◇ 


稲荷神いなりかみ? なにそれ?」

 キョトンと潤子が問い返す。


 天奈の力により、男性達全てが回復の兆候を見せ始めた後、ホテル上階の一室を借りた黒音に、ホタル、天奈、潤子、そして自身の事を聞きたがった志津理が続き、その部屋で新たな説明会が始まった。


 白いシーツのダブルベッドの中央に黒音がちょこんと座り、枕元にはホタル。

 女子達は椅子に座り耳を傾ける。


「皆さんが食べるお米などを象徴とする、穀物と農業の神様です」

 神様……自分とは縁のない存在に潤子はぽかんと口を開ける。


「確か、五穀豊穣ごこくほうじょうを司る宇迦之御魂神うかのみたまのかみと同一視されている神様ですね……そんなすごい神様が私に力を?」

 手のひらから出した光の玉を見つめながら、天奈は信じられないと疑問を投げる。


「不浄を祓い、生命に息吹を与える……本来は稲などに与えられる加護ですが、当然、穢れを祓い人間に息吹を与えることも可能です」

「潤子ー、お稲荷さんって聞いたことあるでしょ、それが稲荷神だヨ」

 未だ理解できない潤子を見かねて黒音が解説すると、「あ、それ聞いたことがある!」と、潤子は手を叩いた。


「あー、お稲荷さんなら私も聞いたことあるし、あれだっけ? 狐の恰好した神様?」

「あっ、貝藤さんよく間違えられるけれど、稲荷神は狐の姿はしてないよ」

 近くの志津理に天奈が顔を向け補足する。


「ん、そうなん? 何かそんなイメージがあるんだけど」

「それは多分、稲荷神をまつっている神社に狐の像があるから、それをテレビとかで見て狐の神様だって思いこんだからだと思う」

「へー、じゃああの狐って何?」

「狐は稲荷神に仕える眷属の神使しんし、神の使いと呼んで神使しんしね、古来、稲荷神のお告げを人間に伝える役目を担っていたのが、神使の狐なの」


「「へーーー」」

 天奈の解説に潤子と志津理は深く感心する。


 枕に体を預けながら、ホタルと黒音が語りを変わる。

「ここからは推測ですが、天奈様は稲荷神の力の一端と怪異融合を果たした、それはつまり神の代行者である神使に選ばれたのです」

「お狐様の耳と尻尾が生えたのがその証だネ、うんうん、神様からのサプライズギフト♪」


「私が稲荷神の神使に……はは、何か突拍子もない」

「そだネー、でもでもそんな突拍子もないことと沢山出会って来たでしょ? ここでは何が起きても不思議じゃないヨ、てな感じのメンタルで行こう」

「それでいいのかな?」


 アハハとテンションを崩さない黒音を見ていると、段々それでいいのかもしれないと天奈も思い始めて来る。


「怪異融合者か……改めて聞くけど私もソレになったし? 何故に?」

「志津理様でしたね、疑問は最もですが……怪異融合者の選出には明確な基準は存在しておりません、こればかりは才能があったとしか」

「まじかー、選ばれちゃったのか私……嫌だー」


 ホタルの答えを聞き、志津理は面倒くさそうに首をかいた、室内においてもマフラーとニットは脱ごうとせずに体を丸めている。


「あの、志津理さんの事も聞かせてもらってもいいですか?」

「同級生なんだから『さん』付けは良いって、こっちも天奈って呼ぶから」

「……うん、わかった、よろしく志津理」

「あたしも潤子って呼んでね、よろしくっす志津理」

 潤子の快活なちゃかした声に僅かに笑った志津理は、テーブルに置いてある自分のコップに指先を付けた。


「街がこうなって直ぐだったかな、朝起きたら体がめっちゃ冷えてて床を触ったらいきなり凍り付いてさ、もう私も両親もびっくり」

 指先から冷気が流れ、コップのお茶がピキピキ音を鳴らし固まる。数秒置いてそれは完全に凍り付いた。


「色んな物を凍らせることが出来るようになって、訳わかんないままここに避難したけどさ……どうやら外のバケモノはこの力を怖がってるみたいで、それで消防の人達に協力してたし」

 物を凍らせる怪異……いや冷気に関連する怪異、それが志津理の中に居るのだろう。


「凍らせる、寒い……冬の怪異? それなら有名なのは雪女ゆきおんなだけれど、凍らせるとなると他にも、つらら女、雪ん子……海外ならジャック・オー・フロストと言うのもいる、もしかしたら冬を司る神様? いえ、現代の都市伝説の可能性も――」


「「「「……」」」」

 ぶつぶつと独り言を始めた天奈、周りが黙り込んで彼女を見ていた。


「天奈、早口になってるよ」

 潤子から指摘を受け、はっと自分の世界から戻って来た彼女、顔を真っ赤にして両手をぶんぶんと振る。


「え、あ、ごめんなさい! 志津理さんと融合した怪異が何なのか気になって、偶に私、集中しすぎて周りが見えなくなることが合って、そのぅ」

 恥ずかしさのあまり言葉が上手くまとまらない、やがて声は尻すぼみに小さくなった。


「天奈面白いね~♪ 新しい一面が見れて僕はとても満足しました、オカルト博士の君もイイネ」

「く、黒音、恥ずかしいからやめてぇ」

「何だろう、天奈と黒音さん昨日より距離が近くなってる気がする」

 ムムムと潤子は、真面目半分面白半分で黒音と天奈を交互に見る。


「皆様、話題が変わっていますよ」

 ホタルはやれやれと首を振り、志津理に問いかける。

「志津理様の怪異融合についてですが、何か予兆などはありませんでしたか? 怪異の声を聞いた等は?」

「声、ねえ……あ、思い出した」

「やはり何か?」

「こんな力が使えるようになった前の晩なんけだど夢を見てさ、そこで白い着物着た女の人が出て来て――」


『チョリーーーッス! うち雪女、ヨロシクだっちゃ! 何か君とは波長がめっちゃ合うからとりあえず力貸したげるね、凍るも溶けるも君次第、じゃ、そういう事でシーユー、チョベリバ!』


「――って」


「「軽ーい」」

 そして古いと天奈と潤子はハモッた、ホタルの口ばしがヒクヒクと震え、黒音はお腹を抱えて大笑い。


「何だろう私が持ってる雪女のイメージと違う、現代版って事なの?」

「ヒィ、ヒィ、あ、天奈あんまり真面目に考えない方が良いと思うよ、フフ、アハハハ!」

 また考え込もうとした天奈を黒音が呼吸を整えながら制して、再び笑い転げる。 


「はぁ、力を貸すくらいなら雪女本人が来てくれればいいのに」

「怪異には怪異のスタンスが在りますから……ある程度は助ける、しかし現世の問題は人間が解決しろ、と考えてる者が多いのです」  

「ふーん、成程ねぇ」

 ホタルの言葉を聞き、志津理はようやく笑いを止めた黒音に視線を移した。


「えーと、アンタ、黒音だっけ?」

「ウィ、黒音です、ヨロシクチョベリバ☆」

「真似てるし……アンタさー滅茶苦茶強いけど、アンタもその怪異融合者って奴だし?」

 

 愉快で朗らかだった場の空気が、僅かに止まった気がした。


 常識を逸脱した黒音の力、圧倒的な身体能力に、どこからともなく招来される大鎌。昨日の大蛇、今日の大虎を彼は特に苦労することなく無傷で撃退した彼の異常さ。


 天奈も気にはなっていた、しかし結局は聞けずじまい。

 この七年の間に彼に何が起きたのか?


 知りたい、でも知りたくない……興味と不安が手押し相撲を続ける、微妙な乙女心。


 ホタルを除く三人の少女が黒音からの返答を待つ。

 

 ……黒音は何も喋ることなく、ただニッコリと笑顔を返した。

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