第13話 氷結晶はだる怠しく

「頼んだぞ、嬢ちゃん」

 消防士達はホースを構えながら数歩下がる、亡者達は塩に焼かれ苦痛のあまり進撃が止まっていた。

 臆せず怪異の群れと対面しているその少女は少し季節外れの服装をしていた。

 

 栗色のニットの上に大きなブルゾンを羽織り、チェックのスカートに黒タイツ。

 首には白いマフラーを巻き付け、頭にはニット帽をかぶり長く癖のない黒髪を隠す。

 五月に着るとは思えない真冬真っ盛りのコーデ。


「うー寒いから手短に終わらそう、いやマジで」

 少女は寒そうにしながら、ブルゾンのポケットに差し込んでいた両手を抜くき、地面に残る放水の後に手を振りかざす。


「じゃあ――【凍って、止まれ】」


 ぴきり、と何かが固まる音が小さく鳴る。


 信じられない光景が続く、少女の手先から青白い粒子が溢れだしたのだ。

 まるで粉雪、大地の水を徐々に凍らせ導火線となり濡れた亡者へと走りゆく。


『唖ぁああ、ぁぁ……』

 つま先から膝、腰元、胴体、肩、そして頭。全身から痛々しい霜を生やし、群れの最前面が凍り付いた。


 完成したのは氷のバリケード。乗り越えようと蜘蛛が足を乗せると、そこから凍り始め身動きが取れなくなる。

「ふぅこれで時間稼ぎになるっしょ、ほい次お願いだし」

 動きが止まったのを見計らい、男性達が再び塩を投げ始める、少女は未だ気怠げな目でその様子を見ていた。


「お化け達、諦めてさっさと帰りなよー、こっちは朝っぱらから叩き起こされて怠いんだから」

 ついでと粒子が集った左手を振るう、それは冷気纏う風となり亡者に降りかかる。

 氷結の時間、瞬く間にバリケードが一つ増えた。


 冷え切る展開の中、何かが細かく重なり続ける音が響いた、それは聞こえる者を不快にさせる連続した低音。


「ん?」

 聞こえた音に、少女も男性達も視線を上げる。

 林の奥から飛び出して来た無数の黒点、飛翔しながら近づくごとにその黒点は大きくなる。


 四角い頭部に緑同色のカナブン、射殺す目と黄と黒の縞模様の蜂。

 音の正体ははねを躍動させながら、面に並び向かってくる巨大虫の第二陣。


「あーそれは想像してなかった」

 予想外の敵にざわめく男性達、消防士たちは動揺しながらもホースを高く構える。

 

 広範囲に飛ぶ虫達にバリケードは意味をなさない、余裕が消えた少女は左手を向け標的を狙うが、範囲が広すぎて全ては狙えない。

 辛うじて数匹凍らせるのがやっと。

「やばっ⁉」


 飛行虫が人間達に迫る。


「いっくよーー」

 林の手前……彼は目を見開き笑みを崩さず、右手の大鎌を力いっぱい投げた。

「ビッバーチェ!!」


 風間車として回る大鎌は凄まじい速さで、側面からカナブンに迫りいとも簡単に切り裂く。それだけでは終わらず空中を暴れまわりながら、次々と虫を解体する旋風の凶器。


 少女も男達も訳が分からないまま、散らばり降って来る翅や泥の残骸を見続ける。

「な、何が起こったし?」

「アハハ面白いなーまさか二日続けて、に会えるなんて、偶然かな必然カナ?」


 ホテル玄関から見て左側、亡者の氷像バリケードの端に黒音が降り立ち、戻って来た大鎌をキャッチする。

 赤と黒のコントラスト。ふわりと一瞬ボレロとスカートが浮かび色めいた光景を見せる。


「アンタ誰?」

 

 当然皆の視線が集まり、冬服の少女は怪訝そうに尋ねた。

「こーんにちは、通りすがりの部外者デス♪」

 左目を間にキラリ☆とピース…………この空間に沈黙が歩いてきた。


「だから誰だし?」

「それよりも敵さんまだ来るよー」

「ぅ、マジで来るし、どんだけ居るの?」

 言葉通り、凍り付いていない者、林から更に飛んでくる虫と際限なく怪異は増えようとしている。黒音は凍った亡者を踏みつけながら降り、滑ることなく群れに攻撃を仕掛ける。


「それじゃあ僕も遊ばせてもらう、いざでは参らん!」

「あ、ちょっ⁉」 


 始まった、ゴシックな彼の斬撃乱舞。

 黒音は手前の蜘蛛を斜めに両断した後、ステップを踏みながら縦横無尽に暴れまわる。

 手を足を頭を目を、袈裟懸けに水平に唐竹へと蒼き刃を滑り込ませる。

 途中、荒ぶる赤髪を左手でとかしながら、亡者の胸に刺さった大鎌を丁寧に引き抜く。

 その場に描かれる、斬って斬って斬りまくる虐殺絵図ぎゃくさつえず、敵に対し一切の手心は加えない黒音の容赦のなさ。

 

「アハハハハハッッ!!」

 笑いが止まらない。

 切り裂いた霊体の皮膚から流れる穢れを目に焼き付けて芽生える感情は――悦楽。


(ああどうしよう、やっぱり楽しい、怪異を殺すのはタノシイ)


 大鎌の柄から指先に伝わる、斬り殺した証の振動が、肌を伝い血管を触り神経を揺さぶり、そして脳髄のうずいとろけさせる。


 心の一室に存在する空っぽの水瓶を満たそうと、一粒、また一粒、快楽と言う名の劇薬が落ちて溜まる。

 まだ、まだ足りない、水瓶一杯になるにはまだ程遠い。


「もっともっと僕を……笑わせて、満たしてよ」


 暴れる黒音の上空からホタルは羽を広げ、広場全体の状況を観察する。

「主様はいつも通り問題ありませんね、天奈様達も手筈通り玄関に……む?」

 すると黒音から離れた片空、第三陣となる巨大トンボの群れが飛翔して来た。


「やはり来ましたか、残念ですがこの先は通しません」

 ホタルは空中で静止する……そして、緑の右羽から淡い粒子が流れ出した。

 それは旋律の合図、紡がれた霊気が術式となる。 


きゅうりつ――叫べ、春疾風はるはやて!」


 羽の一振りで放たれた烈風。限定的な嵐が牙となりトンボ達を襲う。

 岩をも切り裂く風をまともに受け、体をひしゃげ、翅をもがれたトンボが一斉に落下していく。


「カラス? あっちの危ない奴と言い、ほんとに何者? っと」

 突然現れたかと思えば暴れ始めた一人一羽をいぶかに見ながら、冬服の少女はバリケードに這いよって来た大百足に向けて右手を向ける。

「ほんと訳わかんない事ばっかり」

 するとその上に冷気が集まり、サッカーボール大のキューブアイスが生み出され、大百足を圧し潰した。


 大きく変化した戦場、幸い黒音達の介入により玄関前の脅威は減ったが、男性達はどうすればいいのか判断に迷っていた。


「あのっ、大丈夫ですか⁉」

 そこに回り込んできた天奈と潤子が駆け寄って来た、先程号令を発していた消防の隊長らしき男に天奈は話しかける。


「あ、ああ、君達は?」

 隊長は天奈の耳と尻尾に驚いた顔をしたが外見は十五歳の少女達だ、警戒は弱まり素直に話を聞いてくれた。

「私達は近くの高校の生徒です、ここのホテルに友達が避難していて、それで今朝その友達からホテルが襲われていると電話が来たので、あの人と一緒に助けに来ました」

「来ました!」

 

 一言一句、頭の中で整理しながら天奈は自分達の事を説明していく。

 隣では潤子が、説明に合わせてあっちにそっちに指をさす。

「あそこでバケモノと戦っている少女は君達の知り合いか?」

「少女? 今はそれでいいか、はい! あの人は敵じゃありません味方です」


「じゃんじゃん殺されてネェ! アーッハハハハハハハハ!!」

「「「「……」」」」

「……味方です!」


 信じてくださいと安奈たちは頭を下げる、その健気な姿を目の当たりにして男性達は、どう判断するべきか顔を見合わせた。 

 

「あれ? アンタらどっかで会ったことある?」


 凍らせてる内に後方に現れた天奈達を見ていた冬服の少女、二人の顔を観察していると、何処か見覚えがある事に気付き近づいてきた。


「え? 貴女は?」

 意外な質問に今度は天奈達が困惑する、改めて冬服の少女の素顔を見た。

 年齢は自分達と同じくらいだろう、二人よりも背は高く、猫のような釣り目が特徴的。

 遠目からでは気付かなかったが、ニットとマフラーからはみ出る黒髪の毛先は何故か水色に染まっていた。

 

 この少女と面識があっただろうか? それはどこで……。


「……もしかして、隣のクラス?」

 首を傾げていた潤子が呟くと、冬服の少女も納得して頷いた。

「あーやっぱそうだしB組でしょそっち、私はC組の貝藤かいどう志津理しづり、っと!」

 貝藤志津理、少女はそう名乗りすぐさま玄関の右側中空に右手を振りかざした、すると上から何かが凍る音が聞こえ、巨大トンボが二匹落下した。

 右手から流れる極寒の粒子は、近くに居た二人の頬すらも冷やした。


「貝藤、志津理さん、あの、その力って……」

「ん? ああ、気が付いたら色々凍らせる事が出来たつーか……そっちこそ耳とか尻尾出てるけど、えーと?」

「私はB組の佐久野天奈です……この体は、多分そちらと同じ現象だと思います」


「黒音さんが言ってた、怪異融合者だね」

 屋十森潤子ですと自己紹介をすると、志津理は神妙な表情になる。


「かいいゆうごう? ふーん、よく分からんけど、他にも居たんだ」 

 志津理が気になる単語を言ったその時。

 

 ごぷりと、何か液体が漏れ出したような重低音が辺り一帯に……大きく響いた。

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