第12話 昆虫採集?

 タクシーを走らせて二十分。

 静謐な住宅街オフィスビルを通り過ぎ、生活圏が少なくなった高台の入り口に辿り着いた。


「帰りも乗るから、ここで待ってもらってイイ?」

「分かりました、お客さん達も気を付けて」

 黒音がのっぺらぼうの運転手に代金を払い、各々外に降りた。


「運転手さん気さくな人? だったね潤子」

「うん……まさかタピオカの話を振って来るなんて……」

「昨日説明したように、人間に友好的な怪異も存在するということです」


 生い茂る木々が列する坂道、黒音とホタルは周囲に視線を巡らせる。

「静かですが……やはり丘の上から無数の妖気を感じます、多いですね」

「ちゃちゃっと急ごうか、ホテル思ってたよりヤベーかモ」


 黒音が坂道を進み始めその後を天奈達は着いていく。暗く住宅街よりも肌寒さを感じ僅かに身震い……急ぎたいが、草葉の陰から今にも怪異が襲い掛かって来るのではと想像して、足がすくむ。

 そんな天奈達を察したのか、黒音も速さを合わせて歩いてくれた。


「二人共ストップ」

 あと十分ほどでホテルが見える、そんな距離で黒音の声色が真剣な物に変わった。

『阿ぁああアあ』

『ジジッ、ジジッ』


 坂道の先、木々の陰から出て来る亡者、そして人の身の丈程ある蜘蛛と百足の群体。

 茶色く濁った肌と小刻みに動く無数の手足、それぞれが個別に生きているかのように躍動やくどうしている。

「むむ、虫、虫はダメ、足がいっぱいあるのは無理なのっ」

 視覚として届く嫌悪感に潤子は悲鳴を漏らす、道を完全に塞がれた。 


「黒音、皆こっちを見て……いいえ睨んでる」

「うんだろうネ……二人共ドンパチ始めるから離れないでネ」

 闘争? その意味を聞く前に黒音が前面に躍り出る。 


「アハハー」


 彼は笑う、それはこれから始まる狂乱への喜び、戦場を求め止まない渇望。

 うごめく怪異の中から大百足が一匹、足を軋ませグネグネと黒音に襲い掛かった。

「黒音⁉」

 強襲に思わず天奈は叫ぶ、呼ばれたゴシックな彼は優雅に右腕を上げた。

 

 ――右手を振り払う。


 次の瞬間、眼前に迫っていた大百足の動きが止まり、その長い体は四分割に切断された。切断面から黒い血を流し、足達を小刻みに動かしながら死に晒す。

 

 黒音の右手から光が溢れ、蒼い大鎌が招来された。

「序曲は手短に軽やかに、ネ♬」


 華麗に円を描き、黒音は斜面先の群れに一息で飛び込んだ。

 迎え撃とうとした亡者達の首をまとめて一閃。鈍いを音を立てて落ちる青黒い頭が次々と斜面を転がる。

 

 天奈達は躱すために斜面の端による。

「しばし荒事あらごととなります、お二人は私の後ろへ」

「わかりました! もう一ミリも動きません!」

「いえ潤子様、危ないときは逃げてください」

 ホタルの背後から天奈は戦闘を見守る、不安もあり安心もある不思議な感情が胸に巣食う。

 

 厚いブーツで斜面を蹴りながら黒音は回る。

 遠心力を使った大鎌が光り、亡者達の首を胴体を手足を的確に切断。余りの速さに亡者達は何も出来ず、地に伏してやがてその身を崩していった。

 

 様子を見ていた大蜘蛛が枝のような足を交互に動かし飛び掛かる、黒音はその場で待ち構え、身を躱し交差した瞬間に足を半分斬り落とした。

 倒れてうぞうぞと暴れる頭目掛けて、トドメの刃を振り落とす。


「フフ、ハハッ」


 切っ先にこびり付いた血を振り払い、黒音は群れに駆け進む。

 囲もうとする敵を切り裂き、組み付きを躱し返り討ちにして蹂躙する、亡者も虫もありとあらゆる四肢を斬られ、その数を減らしていく。


『ジジジッ!』


「っ!? いけない、こっちにも来たっ」

 気付かないうちに三体の大蜘蛛が、木々の間から這い出て天奈達に向かってきた。

 驚き身構える天奈だが――。


「そっちは、ダーメ」


 亡者を一体蹴り飛ばした黒音はジャンパースカートに左手を差し込み、中からナイフを三本取り出す。


 蒼色に透けた三日月型の装飾ナイフ、それを狂いなく蜘蛛たちに投射。目にも止まらぬ速さで、ナイフは蜘蛛の腹に突き刺さる。

 ぴたりと蜘蛛の動きが停止する、そして顔が震えたかと思うと……体内から蒼い炎が噴き出て、一瞬のうちに蜘蛛の全身を燃やし尽くした。


「わわ、凄っ熱っ」

 炎の眩しさを手のひらで隠しながら潤子は感嘆する、同じく天奈も驚くが、同時に視線が別の物を見ていた。 

 燃える蜘蛛から流れる黒い血、十日前交差点に噴き出た泥と似ている……そして昨日の大蛇も溶けて泥になった。


「この泥って何? 町中でも見かけるけれど……」

 どこか嫌な気配を感じながらも、その泥から目を離せない。

「あまり直視してはいけません、これはけがれの水ですから」

 ホタルの忠告で、天奈は我に返り目を逸らした。


「穢れの、水」

「黄泉を流れる死の概念、それが形となったモノ。生物が触れれば活力を失う死に至る病です、決して触れないように」

 確かに亡者から流れたこの穢れに濡れて死んだ人を目撃した事もある。それ程までに危険だったとは。


「みんなー、道空いたからちょっとスピードアップしヨ」

 気付けば黒音が怪異をあらかた片付けていた、しかし左右の林の奥から何かが動く音が聞こえる。ホタルが飛び上がり慌てて天奈達も走り始めた。


 ◇◇◇◇◇◇


 高台の頂上。

 街と山々を見渡せ県外からも多くの観光客が訪れる、和の景観に恵まれた野々山観光ホテルがそこに建っている。

 だが、木々に囲まれたそのいこいの地は現在、怒号と混乱が混ざり合う戦場になろうとしていた。


 百、二百、と多すぎる亡者と巨大虫。その光景は十日前に見た、あの交差点の再来。

 正面玄関、数十メートル先の広場に奴らは群がりこちらへと迫りつつある。


 その動きは活発で、住宅街を無気力で彷徨さまよっていた者達とは大違いだ。

 ホテルの中にはきっと多くの避難民が居るのだろうが、この数に一斉に襲われたらひとたまりも無い。


 しかし。

「総員定位に着け奴らを中に入れるな! 放水始め!!」

 ホースから放たれる鉄砲水。

 玄関口前に壁として停車する三台の消防車と二台の救急車。そこに果敢に立つ消防士達が怪異の群れに対して放水を始める。


 強力な圧力を体に受けて、亡者も蜘蛛も百足も体勢が崩れ、隣を巻き込み倒れていく。放水の隙間を潜り抜け近づいてくる者も居たが……。


「続けて、遠投始め!!」

 掛け声に続き、消防車、救急車の背後から出て来る男性達。


 一般市民、ホテル従業員、スーパー店員と服装は様々、彼らは全員その手に紙の小袋を握っており、それを近づく群れに向かって投げつけた。

 亡者にぶつかり小袋の中から白い粉がばら撒かれる。


 粉を浴びた亡者は雄たけびを上げる。

 熱したフライパンに水を垂らした時の蒸発音が聞こえ、もがき苦しみ体から穢れが流れた、間髪入れず男達は小袋を投げ続けた。


 意外な事にここの人達は、怪異と渡り合っていた。


 そんな状況を道から外れ林の陰から見る、黒音達一行。

「凄いあの人達、怪異と戦ってる」

 想像だにしなかった光景を見て天奈は驚嘆する。


「ウィ、自分達で戦う術を見つけたんだね、アハハ――やっぱり人間はこうでなくちゃ」

「あの白い粉って何だろう、お化けが苦しんでるけど?」

「アレは塩ですね潤子様」

「うぇ、塩!? そんなのがお化けに効くの⁉」

 見慣れた調味料の名を聞き、潤子はつい声を上げてしまう。


「塩は魔除けの効果がありますから、まあこの結界の中だからこそ通じる芸当ですが」

「でもやっぱり、怪異が多すぎる、このまま戦い続けてたら……」

 天奈の不安は最もだった、ホテルを守る彼らはよくやっているが、流石に物量の差がありすぎる。


「そうだネ、だから僕が暴れて来る、ホタルサポートお願い」

「承知、お二人共、我々が怪異を引き付けますので、あちらの人間へ主様は敵ではないとお伝えください」

「無茶しない程度にネ♪」

「分かった、黒音達も気を付け……?」

 天奈は言葉が止まり、ホテル玄関口を凝視していた。


 放水が止まった水が無くなった訳ではない、男性達は塩を構え警戒する。


「オジサン達は下がってて、今度は私の番」

 聞こえてきたのは可愛らしく、しかし気怠けだるげな声。

 

 男性達を素通りして、一人の少女が前に出てきた。

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