第9話 今明かされる、衝撃の真実

「ご馳走様です、黒音美味しかったよ」

「喜んでもらえて何よりデス♪」


 夕食を終え、黒音達は両手を合わせる、料理をする元気は無かったので出来上がりのお弁当を頂戴したが鮮度は良く舌鼓したづつみを打った。

 大量の食材は必要な分だけを冷蔵庫に入れ、余りは謎のポシェットに戻された。


「我々も今日は何も口にしていませんでした、怪異を狩る事に夢中になり過ぎましたね」

 同じく食事を終えたホタルは、お椀に注がれたお茶を器用についばむ。


「お父さん達にはお粥がいいかなー? そうだ黒音さん、さっきお風呂沸かしたから良ければ先に入ってください」

「有難いけど、一番風呂はそっちが入ってイイヨ?」

「いえ! 助けてもらった上にご飯まで貰ったんです、これぐらいはお礼しないと」

「黒音、潤子もこう言ってるし私達は後でいいよ、ゆっくり入って来て」


「そう? それじゃ遠慮なく頂くネ、二人に御礼感謝♪」

「では私もご一緒に」

 そして一人一羽は浴槽へと向かった。


「……はー、不思議な人だね黒音さんって、めちゃくちゃ強くて掴みどころが無くて、昔からあんな感じだったの?」

「いいえ昔はもっと物静かで運動は得意じゃ無かった、あんなに凄い力、私は知らない」


 先程の説明で現状を知ることが出来た、しかし黒音は自分の事に関しては何一つ話さなかった……七年前の事も。

(やっぱり私から聞かなきゃ駄目か不安はあるけれど、それでも)


「七年前と同じ優しい黒音は変わってない、だから大丈夫」

 いくら悩んでも結局最後はこの結論に行き付く。黒音に対する思いはどんどん膨らみ強くなる。

「そっか……だったら私も! うん私も黒音さんもなんだから、きっと仲良くなれるよね」


「うん……………………うん??」

 あれ? 今何か不可解すぎる言葉が流れた様な……あれ?


「ってそうだ、バスタオルたたんだままだった、ちょっと黒音さんに渡してくるよ」

 潤子はリビングの隣、和室に畳んでいたバスタオルを数枚掴み脱衣所に向かった。


「……」

(同じ女の子? え? だって黒音は……)

「⁉ まって潤子‼」

 しばらく遅れて天奈は後を追った。


 ◇◇◇◇◇◇


「お風呂だ、お風呂だ、楽しいなー、心と体をじゃぶじゃぶ、極楽・浄土~♪」

 脱衣所に入った黒音は歌いながら、軽快に指を鳴らした。

 すると不思議な事に、着ていたゴシック服が体を透き通って離れていく、足先のソックス、チャーム、頭のリボンは紐解かれ深紅の髪が流れる。


「しかし驚きました主様の過去の知人と巡り合うとは、運命とは分からないものです」

 宙に浮く黒音の服は次第に畳まれていき、置いてあるカゴの中に納まった。


「だネ、天奈にまた会えるなんて、本当に信じられない……嬉しいな」

 今までとは明らかに違う、感動に満ちた声。一糸まとわぬ黒音の表情は優しさで染まっていた。

 ホタルは無言で蜻蛉飾りを外す、その口ばしは笑みが浮かんでいるように見えた。


「あのー、黒音さん?」

 引き戸のノックと共に外から聞こえる潤子の声。

「バスタオル持ってきたので、開けてもいいですか?」

「タオル? いいヨー」

 返事が来て潤子は引き戸を開けた。慌てて駆け寄るのは天奈。 


「ま、待って!」

「すみません、干してるの忘れてまし――」 

 潤子の眼前、脱衣所に立つのは全裸の音羽黒音、その全身をはっきりと見た。


 真っ白な肌に生える赤髪、凹凸の無い胸板、均等の取れた長い脚、細身でありながら引き締まった体、そして両足の付け根。


(あれ?? そのぶら下がってるのって?) 

 股間にしっかりと存在する、女性には無い。

「タオルありがとうネ」

 全裸の黒音が一歩近づいた。


「うぇdfghjkl;@いjhg!!??」


 衝撃が臨界突破して、潤子の言語能力を奪い去った。

 自我を失いかけ倒れようとした潤子を、天奈は何とか受け止める。

「あわ、わわわわわわわわわ」

「潤子しっかりして⁉」


 体重を支え切れず廊下に崩れ落ちる、黒音とホタルが脱衣所から顔を見せた。

「ビックリした、どしたの?」

「あ、黒音何でもない、よ、うん、大丈夫だからバスタオル使って」

「? わかった」

「主様がマジで申し訳ありません」

 引き戸が閉まり、廊下に残されたのは少女二人だけ。 


「ああああめ、あめな、みみみみ、見ちゃった、黒音さんの、ま、股に、あれが、アレが、パオーンって」

「ごめん本当にごめん! お願い落ち着いて聞いて」

 今日一日あまりに色々あり過ぎて、そして黒音の立ち振る舞いが自然過ぎて忘れていた純然たる真実を告げる。


「黒音は……………………男なの」


 浴室からたおやかなシャワーの音と鼻歌が流れ始めた。


 ◇◇◇◇◇◇


 しばらくが過ぎ、今度は天奈と潤子が入浴の時間を迎えていた。

 天奈は浴槽に浸かり潤子は髪を洗う。ゆったりと乳白の柔肌を預けると、少しだけ熱い湯が今日一日の疲労を労う。

 華奢でありながら、平均的な十五歳よりも発育した胸元に両手で湯を沁み込ませた。


「ふぅ、温かい」

 小さな吐息、揺蕩たゆたう湯船の気持ちよさに天奈の意識がうつらうつらと曖昧になる。


「忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ」

 

 念仏を唱える潤子のおかげで、すぐに意識は戻されたが。

「怖いよ潤子、そろそろ落ち着いて」

「お、落ち着くなんて無理だよバッチリ見ちゃったんだよ、男の子のアレを、アレ、あああああ」


 見てしまったアレを忘れたいが為に、一心不乱に髪を洗うその姿は余りに痛々しかった。

「ごめん、色々あり過ぎて教えるって考えすら浮かんでなかった」

 そして潤子は髪を洗い終え、天奈と向き合う形で湯船に浸かった。


「ああ温まる、えと黒音さんって昔から、その、女の子の服、着てたの?」

「うん七年前以前からずっとそう、私としては変わって無くて安心したけれどね」

「そ、そっか、やっぱり不思議だねあの人」

「黒音、昔よく言ってた『スカートは人生だ』って」

「そいつは大物だ」


 とりあえず納得した潤子は湯に顔を付け、ぶくぶく泡立てる。

「……」

「……」

「ねえ、天奈」

「何?」

「これからどうなるのかな?」


 何が? とは聞かなくても分かった。

 市の現状、怪異、結界、そして私達――その未来。行く先に光明の兆しは見えない。


「分からない」

 前髪から水滴が一粒、波紋を広げた。


 ◇◇◇◇◇◇


「主様ただいま戻りました」

 リビングの壁を透過して、羽ばたいていたホタルがテーブルに着地した。

「お帰りー、どうだった?」

 テーブルに突っ伏していた黒音は顔だけ動かした。

 

 彼が来ているのは、薄い生地の黒のキモノガウン。膝までの丈、腰はベルトで結び、袖口にはスカラップが施されている。

 ゴシック服と違い、体のラインが強調されるデザインだ。


「周囲を一通り飛びましたが目星らしいものは居ませんね、浮遊している程度でした」

「そかそか、蛇さんが逃げて来たここら辺に殿があると思ったんだけどなー」

「やはり主様も、あの妖に何かあるとお考えで」

「だって、斬ったのに殺した感触無かったもん、胡散臭さぷんぷん」

 そうして語っていると、風呂上がりの少女達が戻って来た。


 鮮やかな水色パジャマの天奈、橙チェックパジャマの潤子。

「今上がったよ黒音、何かあった?」

 考えすぎて湯に長く浸かり過ぎた為か、顔は赤く火照っている。


「ホタルに外をサーチしてもらった所、特に危ない怪異は居なかったから安心して」

「そそそうでずが、あAありがとうございますですゴザル」

「お願い潤子冷静になって、語彙力が何処かに飛んで行ってる」

 黒音の顔を見て先程のを思い出した潤子は錯乱し、天奈が必死になだめる。


 不思議な顔をする黒音は、あっ、と何か思い出したのか立ち上がった。

「そうだ、さっきの説明で肝心なこと言ってなかった」

 女性物のガウンを着た黒音の立ち姿は、本当に男性かと疑ってしまう独特の色気があった。


「僕達がこの街に来た理由、天奈達に言って無かったよネ?」

「そう言えば聞いて無い、え? この街に来たって」

「言葉通りです、我々が矢染市に入ったのは、つい三日前です」

 会話に加わったホタル、その言葉は矛盾を含んでいた。


「待って! あの結界が現れたのは十日前、なのに三日前に矢染市に来たってことは」

「ええ、我々は外から結界の壁を突破してここまで来ました」

 その言葉に潤子が復活して、疑問を投げつけた。

「うえ⁉ でもホタルさんさっき、あの結界は人間の力じゃ越えられないって言ってたじゃないですか、ねえ天奈⁉」

「そ、そう電車でも無理だと、それなのにどうやって?」

 

「ごり押し」

「主様のおっしゃる通り、力づくで突破しました」

 さも当然と言った顔で一人一羽は答える、いやごり押しって。


「そこは重要じゃないから横にポイ、それでこの街に来た理由の一つだけど……僕ねあの結界を壊しに来たんだ」

 この場において今最も重要となる言葉を黒音が放つ。


「結界を壊す、黒音もしかしてそれって」

「この異変を終わらせて、天奈達を助けるヨ」

 その言葉はこの十日間ずっと待ち望んだ、希望であった。


「実はね、この怪異には犯人がちゃんといるんだよネ」

 犯人? それは天奈達が考えもしなかった答えだった。

「誰かが意図的にこの状況を作ったという事、黒音?」

「ウィ、結界もお化けも犯人が仕掛けた一つの術、そうが矢染市で起動している」

「大、術式」

 誰かがわざと街を、皆を滅茶苦茶にした? そんな事って。 


 信じられないと呆然となる二人、ホタルが続く。

「我々はこの怪異解決の為、市街地を周り術式を調査していたのです、まあ成果はあまり得られませんでしたが」

「ネー。それで今日中央のおっきな街を調べてたらあの蛇さんを見つけたんだヨ」

「黒音さんが倒した、あの一つ目の蛇ですか?」 

「その蛇さん、あの子を追いかけてここまで来て二人が襲われてる所にバッタリご対面」


 こうして大方の流れは説明された……しかし。

「誰が、こんな酷いことをっ」

 天奈は思い出す、怪異が始まったあの日の交差点を。

 壊された日常、襲われ巻き込まれ命を失う多くの人々。助けを求め鳴り続ける慟哭の数々。

 それが誰かによって引き起こされた事件だなんて。


 怒る天奈を見ながら、不安そうに潤子は口を開く。

「黒音さんホタルさん、結界が消えればお父さんとお母さん、衰弱した人達は元気になりますか?」

 恐らくそれが潤子にとって、何よりも重要な問いかけ。

「はい恐らくは、故にいち早く首謀者を見つけ出す必要があります」


 犯人を探し出す、そうすればこの地獄が終わる。

 細くだが見えてきた解決の糸口。


「うんうん、明日になったら調査の続き、犯人見つけてボコボコにしなきゃネ!」

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