第8話 怪異融合者

「怪異、融合者?」

 初めて耳にする単語に天奈は神妙な表情で問う。


「言葉通り怪異と人間が融合した存在です、我々はそう呼称しています」

「ええっと、よく分かんないけど天奈にお化け、て言うか怪異が憑りついてるってこと?」

「憑依よりも更に先に進んだ状態です、肉体と精神が深く混ざり合いその結果、天奈様が変化されたのです……この結界の中では稀にそのように怪異融合者が生まれることがあります」


「私自身が怪異になった、と言う事ですか?」

「はい」


 ホタルのはっきりとした返事に天奈は眩暈めまいを覚えた。

(そうなのかもしれないと何度も考えてきた、私はもう人で無くなってしまったのではないかって)


 俯き両手を握りしめる痛々しい姿、潤子は心配で背中をさする。

「融合したってことは、私はもう……元の体には戻れないの?」


「むん? もちろん戻れるヨ」


 何となしに黒音は答える、戻れる?

「戻れるの⁉」

「ウィその力はもう天奈のものだから、解くも演じるも天奈の自由だヨ」

 反射的に頭を上げた天奈、希望が戻る合図か耳がぴこぴこ動く。


「悲観的に考えなくとも大丈夫ですよ、天奈様と融合している怪異からはよこしまな妖気は感じません、清白で透き通った善なる気です」


 ホタルの目に映る、天奈の体を纏う粒子。

 それは白銀で汚れなく、乱れずゆったりと少女の体を流れゆく、優しき狐の妖気。

「それって、」


「――きっとお狐様、天奈を助けたかったんだと思うナ」

 黒音の言葉がすとんと落ちて、天奈の心を納得させた。


「不思議に思わナイ? どうして怪異がこの家に入ってこないのか、家の中が安全なんて道理どこにも無いでショ?」

「それは確かに……まさか狐さんが入らないようにしてくれた?」

 天奈の言葉に黒音は笑顔を見せる。


 思えば交差点で上半身だけの少女に襲われた時も、大蛇が近づいてきた時も、狐の鳴き声が危機を教えていた。

「そう……そっか、ずっと私達を助けてくれていたんだ、それなのに怖がってごめんなさい」

 天奈はそっと胸に手を添える、答える様に狐の声が小さく聞こえた。


「怪異の中には人間に友好的な者も多くいます。その狐の霊、恐らく妖狐ようこの類でしょうが、味方と考えて良いでしょう」

「うーん、その狐さんが良い狐さんなのは分かったけど、ならどうして天奈は元に戻れないの?」

 確かに潤子の質問はもっともだ、黒音は指を唇に当て聞いてくる。


「天奈ー、お狐様になってから他に変わった所とかアル?」

「変わった所?」

「手足からビームが出るとか、音速で飛べるとか、時間を止められるとか、あやとりが上手くなったとか、そういう変化」

「な、ないよ全然、あやとりは元々得意だけれど」

「そっか、んー多分、元に戻れないのは天奈が怪異の力をまだ使えていないからだネ」

「使う……私の中に居る狐さんには何か特殊な力があるってこと?」

「イエス、君がお狐様の力をちゃんと引き出せば、後は簡単に元の姿に戻れるヨ、怪異融合の主導権は君にあるんだから」


 黒音の言葉を最後に部屋に僅かな沈黙が流れる、そうだ他にも聞きたいことが。


 パンッ!


 黒音は両手を叩き、神妙な空気を露散させた。

「アハハもうこんな時間、授業は一旦ここまで、さあご飯にしヨ☆」

「そうですね一度に多くを語り過ぎるのも良くありません、お二人もお疲れでしょう?」

 その声には『今日はこれ以上語らない』と、明確な意志が込められてる。


 時計を見ると既に十九時を回っている、夜天の始まり、窓の外から薄っすらと怪異の呻き声が聞こえてきた。


「分かりました、色々と教えてくれてありがとうございます」

「ありがとうございました、はー私お腹ぺこぺこ、そうだ黒音さん! ご飯があるって言ってましたよね、それってどこに?」

 思い出した潤子が前のめりで目を輝かせる、確かに黒音は食料を持っていると言っていた、しかしそれらしい物は何処にも見当たらない。


「フッフッフ、来場の皆様方こちらをご照覧あれ」

 立ち上がった黒音は、演劇じみた挙動で一回転する、すると右手に何かを持っていた。

「招来しました、!」


 籠目柄かごめがらが描かれた、紫の手提げポシェット。

 綺麗だがこれがどうしたのだろう?


「まずは飲み物ネ、あらよっと」

 手を突っ込み中を漁る、そしてポシェットより明らかに大きな二リットル麦茶を取り出した。驚きで目を見開く天奈と潤子、リズムに乗って黒音は様々な物をポシェットから出していく。


 飲料、お弁当、総菜、パン、野菜、精肉、鮮魚、お菓子、缶詰、冷凍食品、etc。

 おかしい量が、小さなポシェットから吐き出されていく。


 気付けば食材の山がテーブルを占拠していた。一通り出した黒音は両手を広げる。

「賞味期限は切れてないから大丈夫、さぁたんと召し上がれ!」


 この十日間で何度も驚く出来事に対面してきたが。

「は、はは、どうしよう天奈、私もう驚くのも疲れてきちゃった」

「気にしない方が勝ち、で良いんだよきっと……」


 形容しがたい感情に包まれる二人、こうして豪勢な夕食会が始まった。

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