第7話 説明会に拍手を

 屋十森宅に入ると、前の廊下にパジャマ姿の男性が壁に手を突き立っていた。

「あぁ潤子、天奈ちゃん無事だったか良かった」

「ちょっお父さん! 無理しちゃダメだって!」

 潤子は慌てて男性に駆け寄る、およそ四十代の男性の顔は蒼白で見るからに体調が悪いと判断できた。


「だが、二人が外に出たのが心配で心配で」

「ただいまおじさん、私達は大丈夫ですゆっくり休んでください」

 天奈が話しかけると安心したのか潤子の父親は倒れかけ、慌てて潤子は支えた。


「うぅ、すまない体に力が入らない」

「うーん大分衰弱してるネ、この人早く休ませた方が良いヨ」

 いつの間にかブーツを脱いだ黒音が、近くで観察していた。

「君、は?」

「そんなことより――オヤスミナサイ」


 黒音は父親の目の前で指を鳴らす、途端に父親の意識は途切れ潤子の手から滑り落ちて床に倒れた。

「お、お父さん!」

「黒音、何を⁉」


 驚愕する天奈と潤子を置いて、黒音は気絶した父親を担ぎ上げる。ブーツを脱いだ黒音の身長は百六十ちょっと、そんな体躯でそれも片手で軽々と、自分より大きな男性を持ち上げた。


「大丈夫眠らせただけ、潤子この人寝かせたいけど、どこに連れて行けばイイ?」

 悪びれも無く平坦に尋ねて来る。

「え、そ、それじゃあ寝室に」

 動揺しながらも潤子は両親の寝室へと案内する、天奈とホタルはそれに続いた。


「申し訳ありません、あの方は言葉足りずに行動してしまう所がありまして」

「そう、ですね、うん、大丈夫です、思えば昔から黒音はそうでした」

 周りを驚かせる黒音の突拍子もない行動は、昔から変わらずそうだった。


「ただそれは、周りを思っての行動だったことが殆どだって、私は思います」

 呟く天奈を、ホタルはどこか感心した目で見上げていた。


 ◇◇◇◇◇◇


 潤子の父親を寝かせた後、皆は広いリビングダイニングに集い腰を落ち着けていた。

「はーやっと落ち着ける、ソファ最高」

 潤子は大きなソファに体を預けてだらける、隣に座る天奈もまた一息ついた。隣のテーブルの椅子二つには黒音とホタルが座り、部屋全体を見渡している。


「寝室で寝ていたもう一方は、潤子様のお母様ですか?」

 椅子の真ん中に置物のように座るホタル。

 寝室に入った際、大きなベッドにもう一人女性が寝ていた、その人はこちらの姿を確認すると無理に起き上がろうとして潤子に止められていた。


「はい、お母さんもお父さんもこの数日体調が悪くて、体を起こすのだって大変みたいなんです」

の影響が大分出てるネ、ご飯はちゃあんと食べさせた方が良いヨ」

「結界? 黒音それって一体?」

「外からずーと見えてる紫の大きな壁があるよね、アレが結界」

 言いながら黒音は窓の外を指さす、カーテンが閉じられているが何を指しているのかは理解できた。


「さっき説明するって言ったからね、一つ一つ教えるよ――ホタルが」

「私ですか」

「細かい話は僕苦手、大丈夫! 合いの手はちゃんと要れるカラ」

 両手を叩く黒音にホタルは小さく溜息をつく。


「承知しました、天奈様、潤子様とりあえず私が今の状況を簡潔にご説明いたします」

「はい、お願いします」

 背筋を整え天奈は小さく礼をする、それを見てだらけてた潤子も姿勢を正した。


「まず主様がおっしゃった外の結界、ここから見ると分かりにくいですが、この結界は矢染市のほぼ全域に広がり覆いつくしています」

「そ、そんなにデカいのアレ⁉」

 潤子の驚きも当然だ、天奈でさえあの膜がそこまで規模の大きい物だとは思ってもみなかった。

 東京ドーム何個分、どころの話ではない。


「私もこの広さには多少驚きました、そしてお二方も薄々気づいておられると思いますが、結界から外に出ることは叶いません。例え自動車、電車を衝突させたとしても結界には傷一つ付けられない、あれは絶対の壁なのです」


「この街の人達は皆、閉じ込められてるって事だネ」

 付け足した黒音の言葉に、背筋を冷たい汗が流れていく。


 そう、そうじゃないかって思っていたけれど、出られないんだ私達……でも。

「続きをお願いします」

 まだだ、まだ折れない、天奈は絶望を押し込め気をしっかりと持つ。


「はい、次にですが結界の起動と同時に出現した怪物たちについて、浮遊霊に怨霊、妖怪、都市伝説、魑魅魍魎ちみもうりょう、と様々な種類が居ますが……そうですね、一言でまとめるならと呼ぶのがいいでしょう」


「怪異……結界もですが、どうしてそんな物が突然現れたりしたのですか?」

「そうそう、私も天奈も霊感なんてこれっぽちも無かったのに、今じゃ見えるのが当たり前になってるよ」


「詳しく話すと専門的羅列になるので省略しますが、矢染市は現在、と繋がっているのです」


黄泉よみ? それって古事記に載っている伊邪那岐いざなぎ伊邪那美いざなみに会いに向かった黄泉の国?」

「オー天奈詳しい、そう言えば昔から本が好きだったよネー、屋根裏での読みあいっこ思い出すナー」

 目を光らせ思い出を語る黒音、嬉しさと恥ずかしさで思わず天奈は顔を赤らめる。


「おおよそ間違いはありません、ただし黄泉の全てと繋がっているわけではありません、黄泉の浅い一部分がこの市と混ざり合っている状態です」


「私達が生きているこの現世と死者の世界である黄泉のさかいが無くなった、と言う事ですか?」

「……フム本当にお詳しいですね天奈様は、先のセリフを取られてしまいました」


 いつの間にか説明に割り込んでいたことに天奈は気づき慌てる。

「天奈オカルト好きだもんね、私は全然説明が頭に入らないよ」

「いえ、そこは頭に入れてください」

「つまりネ人間の世界とお化けの世界が、最終融合! 承認! 大変、おかげで皆お化けが見えちゃった! てこと」

 黒音は両手を軽快に合わせ、話を簡潔に捕捉した。


「成程ー、黒音さん分かりやすい!」

「このまま語り部を変わってもらえれば嬉しいのですが……さて天奈様のおっしゃる通り現世と黄泉が混ざったことで、矢染市の環境そのものが変わりました、潤子様のご両親が体調を崩されているのは、この環境の変化が原因です」

「今、黒音が言っていた結界の影響ですか?」

「はい、この結界に閉じ込められた人間は、お二人の様に混ざり合った環境に適応できる者とご両親の様に適応出来ない者に分かれます」


「人間が放つ霊気、怪異が含む妖気、それが溶けて混ざってぐるぐると、はい綿あめの完成」

 黒音が今度は両手の人差し指を中央で回し、最後に右手の人差し指を立てた。


「その綿あめが今の矢染市ってことね黒音」

「天奈正解♪ で、この綿あめの中で健康でいられる人は意外と少ないんだよネ」

「死が集まる黄泉の大気は生きた人間には毒です。触れているだけで肉体と霊気を壊していく、恐らく市の半数近くの人間は適応できずに衰弱している筈です」


「そんなに」

 衝撃を受ける天奈達だが、思えば外出した時には人の気配を全くと言っていい程感じなかったのだ。恐怖のあまり出られないと考えていたが、黒音と大蛇の激しい戦闘があった時にも誰一人、顔すら覗かせなかった。

 

 周りに住んでいる人達も環境に適応できず衰弱して、上手く動けないのかもしれない。


「どうして私と天奈は大丈夫だったの?」

「適応できる理由は様々ありますが一番の理由は霊気の高さでしょう、一目で分かりました、お二人とも良き霊気をお持ちです」

「うんウン綺麗な色、天奈なんて適応するどころかお狐様になったもんネ」

 黒音の言葉に天奈の狐耳がピクリと反応した。


「そ、そうだ私のこの体、どうしてこんな狐の姿になってしまったの?」

 天奈は思わず立ち上がり両手で耳と尻尾を不安そうに触る。


「それは簡単な答え、天奈は綿あめになったんだヨ」

 ビッと黒音は指さした、ぱたぱた両足を上下させフリルのスカートが波打つ。

「霊気と妖気の交わり、人間と怪異が一つになった芸術、そう――怪異融合者かいいゆうごうしゃに、ネ」


 首を傾け笑みを浮かべる黒音の金色の瞳は、どこまでも美しくきらめいていた。

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