第4話 もふもふどころでは無かった
しかし現在、彼女達はこうして再び外へと姿を
「はぁ、はぁ、潤子少し休もう、息が、もたないよ」
コンビニを出て走り歩道から脇道に入った天奈は荷物を降ろした。パーカーを整えやはり顔は目深く隠す。
「う、うん、あたしも、そうしようと、おも、って」
「ぜはー、ぜはー」少女二人は腰を曲げ、少しばかり品位に欠けた息遣いを繰り返す。スマホを取り出し時刻を確認すると、十六時を半分過ぎたところだった。
十日も経ったこの日、バケモノ……潤子曰くお化けが
昨日、とうとう食料が尽きた。
生存活動に必要な食糧、しかし冷蔵庫は既に
この状況が何時まで続くか分からない、しかし何もしなければ餓死するのを待つだけだ。だからこそ天奈達は食料確保の為に危険を承知で外に出た。
市街地中央から離れたこの住宅街も、今やお化け達が我が物顔で
不可思議な事に、この異変が起きてから町全体にうっすらと霧が現れ始めて、視界を遮るようになった。
顔が半分欠けた会社員の男性。
折れたぐにゃぐにゃの手足で這う老人。
胸に包丁が刺さりながらエコバッグを持つ婦人。
全身に矢が刺さっている、ざんばら髪の落ち武者。
人間の顔をした犬の群れ。
うわんうわん
民家の屋根に巣を作る巨大蜘蛛。
上から落ちて来る自殺志願者達。
石垣から何故かこちらをじーと見続けてくる、背がとても高い白いワンピースの女性。
生きた人間には一人も出会わず、幾度も
流石にドアを破ることは気が引け、別の店を探し続けしばらく……ようやく先程のコンビニの営業を確認できた。
店を開けてくれた店長、これから大丈夫だろうか?
「青い紙、赤い紙……そんなのどっちでもいい時代はウォシュレットだよー」
トイレでの出来事を思い出したのか、跳ねた髪を整えながら潤子は震えた声を出す。
「あれは多分トイレの怪談ね、前に本で読んだことがある、確か青い紙と答えると首を絞められて殺される、赤い紙と答えると全身が血まみれになって……」
「あーあー聞こえなーい、何も聞こえませーん」
耳を塞ぎながらしゃがみこむ、怖がらせるつもりは無いのだ。
「私が言いたいのは何も答えないですぐに逃げた潤子が正解だったて事……本当にケガが無くて良かった」
それは心からの安堵、視線を潤子に下げながら天奈は唇を緩める。
彼女の身に何かあったらきっと自分は耐えられない、そんな悲劇が起きるくらいなら自分が傷を負った方が遥かにマシだ。
(失うのはもう嫌、もう二度と大切な人と離れ離れになりたくない)
昨晩の淡き夢を思い出す……二度と会えなくなってしまった、大好きなあの人。
(やっぱり会いたいんだ私、こんな状況だから尚更)
天奈はぼんやりと感傷に浸り脇道の壁を見つめる、気づかず口数が少なくなっていた。
「心には消えない傷が刻まれたけどね、うぅ、癒しが、何か癒しが欲しい、癒し? ……はっ!」
その様子には気付かない潤子だが、顔を上げて天奈を見る。正確には背面、腰の部分にねっとりと。
「あ~め~な~~」
「うん何? 潤、きゃあ⁉」
指を気持ち悪くワキワキさせ、突然パーカーに両手を突っ込んだ。
「駄目っ、いきなりどうし、んん!」
「家まで我慢しようって思ったけどもう無理、よいしょっと」
「ちょ、ちょっと⁉」
飛び出たのは尻尾、そう動物の尻尾。
ふっくらとした滑らかな曲線の楕円形、柔らかくしかし確かな弾力性、銀色のグラデーションを描く毛並みはしっとりと艶やか枝毛一つ見当たらない、その肌触りはまさに至高の一品。
しかし不可解、この銀色の尾は……天奈の腰の下から生えているのだ。
「はー、この触り心地癒されるー」
たまらず尻尾に抱き着き、顔面全ての面積を使い。もふもふの感触を堪能する。
「もふもふだー、めっちゃもふもふー」
「んぅっ、駄目だって、あふ、くすぐったい――ここ、まで!」
くすぐったさと僅かな心地よさを我慢した天奈だが、やがて両手いっぱいに引き離した。
暴れた影響で、フードがはらりと外れる。
「はぁ、もういいでしょ潤子、外でこの姿見せたくないんだから」
羞恥に真っ赤に顔を染め息を整える。
明かされるのはセミロングに伸びた、尻尾と同じ銀色の髪。そして顔の側面ではなく上面からぴんと立つ動物の耳。
これは……狐耳だ。
「ごめんごめん、ついテンション上がっちゃって、あ、でもキツネ天奈すっごく似合ってるよ、私は良いと思う!」
「アリガトウゴザイマス、褒めてくれるのは素直に嬉しけれど、この姿を他の人が見たら私もお化けの仲間だって勘違いするから、ね」
人間でありながら体の一部が狐と化す、天奈自身がこの街と同じ異形の一つになってしまっていた。
◇◇◇◇◇◇
彼女が
潤子の家に逃げ帰った疲労からすぐに眠りにつく天奈。明け暮れに目が覚め、虚ろ気な目で洗面所に向かい鏡の中の自分とご対面。
「…………」
誰よりも見慣れた自分の黒髪が異質な銀色に、フリフリと生えている見慣れない狐耳と尻尾。
「きゃあああーー‼」
屋十森家に
しかしそれ以上何かできるわけでもなく、分かったのは耳と尻尾がキツネの物と似ていて、元々あった人間としての耳が無くなってる事だけだった。
(私は彼らと同じお化けになってしまったのだろうか?)
元に戻らずに、ずっとこの姿のままだったら……。
潤子はえらく気に入っていたが、己の身に起きた怪異に
◇◇◇◇◇◇
休題終わり、細いわき道で小劇を繰り返していた天奈と潤子。
すると本当に突然、地面の揺れが二人を襲った。
「ひゃっ、な、何⁉」
「地震? でも」
天奈の胸中を一抹の不安が流れる。
(交差点の時と同じ、胸の奥が締め付けられるこの感覚は――)
『けーん』
頭に響いた獣の声この十日間幾度も聞こえた、今なら分かる、これは狐の鳴き声だ。
どうしようもない悪寒が全身を駆け巡る。
「この揺れ嫌な感じがする、急いで離れよう」
長居しすぎた、パーカーを整えることも忘れ荷物を持ち直し、二人は表の歩道に飛び出る。
走っている間も振動は微弱ながら足元から伝わって来た。
不規則で横に揺らしてくる感覚は、まるで地面の底を潜っているような……。
下に何かが居る?
気付くと同時に後方から地響きが届く、慌てて振り返るとアスファルトの地面が盛り上がりこちらへと伸びて来ていた。
「嘘⁉ お、追ってきてる⁉」
「潤子走って‼」
重い足取りでも二人はスピードを上げる。
地面の盛り上がりは道路一面を乱雑に動き回って耕していく、街灯が倒され石垣が崩れる、信じられない力だ。
家までまだ距離がある。どこか避けられる場所はと前方を見ると……。
『『『阿唖ああぁ』』』
最悪な事に霧の先から複数の亡者が固まってこちらへと歩いて来ていた。
いけない、挟まれたっ。
汗が頬を伝う、左右どちらを見てもわき道は無い、両手の重い荷物を捨てれば強行突破できるかもしれないが、捨ててしまえばどの道、自分達は終わりだ。
(どうする、考えて、どうすればいい⁉)
後方の盛り上がりと前方の亡者達、両方との距離が近づく。鼓動が早くなり、命の危機に心を焦燥と恐怖が埋め尽くしていく。
しかし予想に反して……追ってくる地面の盛り上がりが急に途切れた。
微弱な振動も音も消え、二人は思わずブレーキを掛ける。
「え、止まった? ……居なくなった?」
破壊された地面を見ながら天奈は疑問を口にする、自分達を追うのを諦めた?
「天奈、お化けこっちに気付いた!」
引き返す? その方が良いかも――……。
『ビィィィィーーーー‼‼』
耳を突き刺す甲高い悲鳴、前方のアスファルトが吹き飛んだ。振り向いた天奈の瞳に映るのは、先程まで亡者達が居た場所から生える巨大な白い柱。
上から聞こえる何かを噛み砕く音、合わせて揺れる柱。
いや、柱じゃない、これは……お腹だ。唖然と視線を上げる。
亡者を食らい、そして飲み干す巨大な
四メートルは超える体躯、鋭い棘が無数に生えた網目状の茶色い皮膚。
『ヒィィィ』
食事を終え口の隙間から聞こえる鳴き声、グネグネとソイツは少女達と向き合う。
地中深く潜って、回り込んだんだ。
真っ赤に血走る一つ目、巨大な蛇が地面から体を伸ばし逃げ道を塞いでいた。
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