友人たち

 ヨーグルトを強引に食べさせられて、強制的にバスルームに連れて行かれた。さっきサクラに臭うと言われたから、むしろすすんで体を洗いたいくらいだ。だから、バスルームにひっぱってくれたのは別にいい。

 だが、脱衣スペースまで、サクラとミキがついてきて、服を脱ごうとしているのは、さすがにどうかと思う。


「サクラ、風呂くらい、一人で……」


「ダメです。もし溺れたら、どうするんですか!」


 サクラの代わりに、ミキがずいとせまってきた。


「ミコトさん、わたしたちが勝手に上がりこんでも、布団を頭からかぶって寝てたじゃないですか。もし、強盗だったりしたら、ミコトさん、今ごろ、レイプされてますよ」


「そこは、普通、殺されているとか、そういう……」


「それは、わたしたちがセックスしたいからに決まっているじゃないですか!!」


 うんうんと、サクラまで大きく首を縦に振っている。ああそうか、サクラのやつ、交通事故の怪我自体で旦那が入院してて溜まっているのか。性欲旺盛なサクラが、性欲が少ないケンジと結婚生活がうまくいくようにと、たまに相手してたけど、去年あたりから回数も減ってきた。ようやく性欲がおさまってきたと思ってたんだが、やっぱり溜まるものは溜まっていたらしい。

 ミキは同棲しているカノジョがいるんだが、どうもサクラと同じくらい冗談だと笑い流せない謎の迫力がある。


「あのな、あたし、今、そういう気分じゃないんだけど……」


「そんなことくらい、わかってるわよ」


 呆れたとため息をついたサクラは、服を脱ぎ始めた。言っていることとやっていることが、まるで噛み合っていない気がするんだが。


「とにかく、また風呂の中で鬱になられたら、困るから、監視するのよ。ほらほら、ミコトもさっさと脱ぐ! そ、れ、と、も、脱がせてほしい?」


「脱ぐ。自分で脱ぐから、その手、やめろ!!」


 サクラが不気味な笑顔を浮かべて手をワキワキ動かしながら、せまってくる。しかも、ミキまで便乗してくるから洒落にならない。


 大人三人は、さすがに狭い。

 いくらうちのバスルームが広めに設計してあるからとはいえ、圧迫感がすごかった。

 しかも、サクラとミキの監視の目つきのせいで、ちっともリラックスできやしない。

 こんなに緊張感ただようバスタイムなんて、後にも先にもこれっきりにしたい。

 とはいえ、体だけではなく心もスッキリしたのはたしかなようだ。この三日間、一度も着替えていなかった。ボートネックのカットソーの着心地が、やたら新鮮に感じる。ルームウェアとして気に入ってたんだから、そんなことはないはずなのに。


 持参してきたドライヤーでライトブラウンのセミロングの髪に、サクラはふんわりとブローをかけている。一足先に上がったミキは、ハナちゃんの掃除の手伝いをしている。

 それから、なにやら香ばしくて美味しそうな匂いもしている。きっと、リョウさんが何かキッチンで作ってくれているんだろう。もともとホームパーティーを開いたりして人を集めやすいように建てた家だ。リョウさんなんかにとっては、勝手知ったるキッチンだ。


 看護師のミキは、あたしの健康状態を確かめるために。

 春先にこの街に戻ってきたハナちゃんは、正社員として清掃業にたずさわっているから、掃除させるために。

 中華料理店の店主で料理人のリョウさんは、もちろん、調理要員だ。


「サクラが、声かけたのか?」


「もちろん。ま、ミキはちょっと違うけど、みんなミコトのためだって言ったら、二つ返事で集まってくれたわよ」


「シシッ。ありがとな」


 ドライヤーのスイッチを切ったサクラは、少しも笑ってなかった。


「あとで、じっくり聞かせてもらうけど、あんた、やっぱりツカサのこと吹っ切れてなかったのね」


「…………あたしも、驚いているよ」


 驚いているし、戸惑っている。


 ミキが来ていた時点で、内緒にしていたはずの家族ごっこが、バレてしまっただろうとは思っていた。


「まったく、あのインポ野郎のどこがいいんだかね」


「あのな、サクラ……」


「わかっているわよ。ミコトは、ずーっとツカサ一筋だったことくらい、嫌ってほどわかっているわよ」


 フンと気に入らないと言うかわりに、サクラは鼻を鳴らす。


「ま、覚悟しなさいよ。みんな、ミコトのこと心配してここまでしてくれているんだから、なにがあったか全部話してもらうまで帰らないからね」


「マジかぁ」


「マジよ」


 拒否権はないらしい。


「サクラさぁん、リョウさんが食べれるってさ」


「今、連れて行く」


 ハナちゃんの呼ぶ声に応えたサクラは、あたしの腕をがっちりと掴んだ。


「いや、あたし、別に病人でもなんでもないけど」


「駄目」


 なんだか、役人に引っ立てられる罪人みたいじゃないか。たしかに、これから厳しい追求が待っていると考えると、あながち間違っていない気がするから、困る。


 広いリビングダイニングでは、揚げたての唐揚げが山盛りドンとおいてあった。


「ほら、食え食え。冷蔵庫、ほとんど空っぽだったぞ。ろくに食べてないってのは、本当らしいな」


「リョウさん、店のほうは……」


「今日は定休日だ」


 ガハハっと笑うごついリョウさんの唐揚げが美味いことくらい、よく知っている。


「まずは、しっかり食べなさい。サラダもあるしね」


 そのあと、しっかり話を聞かせてもらうと、サクラの心の声が聞こえてきたような気がした。


「じゃあ、お言葉に甘えて、いただきますか」


 やれやれ、サクラたちにはかなわないな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る