夏祭りで

 ロータリーに面したコンビニに、タクミに誘われるまま来てしまった。

 冷房がきいているコンビニに一時的だろうけど、避暑に訪れる人は少なくない。狭いイートインコーナーは、すでに人でいっぱい。俺たちは、レジから遠いペットボトルが並ぶ冷蔵ケースのあたりで話すことになった。他にも、俺たちと同じように商品に関心がないお客さんがいるから、あまり人の目を気にしなくてすみそうだ。

 ただ、すぐに戻れなくなったのは、確実だ。まぁ、最悪、さっき食べた焼きそばかたこ焼きでお腹を壊したことにすればいいか。


 さて、まずはこれだけは言っておかなければならない。


「偶然なんて言わないですよね?」


「……むぐっ」


 今さら偶然と言うつもりだったのか。タクミは変な声を出して、明らかにうろたえている。

 数日前に夏祭りに行くことは彼にも報告しておいたから、無理がありすぎる。娘を心配して様子を見に来たにしても、もしサヤちゃんに見つかったりばったり出くわしたら、どうするつもりだったんだろうか。俺でも、ひと目で二人だと気がついたというのに。

 まったくと、ため息をついてしまう。

 うろたえたものの、すぐにごまかすように笑っているタクミに対して、ルミさんはずっと顔を伏せたままだ。


「ツカサくん、あのサヤのことで……」


「お礼はまだいいですよ、ルミさん。迷惑なんかじゃないです。俺も、俺の幼なじみのミコトも、サヤちゃんとの同居生活を楽しんでますよ」


 ルミさんが言いそうなことを先回りしたら、かえって気まずい雰囲気になってしまった。

 しばらくしてから、タクミは色の薄いサングラスを外した。


「いやぁ、そろそろ迎えに行きたいんだけど、なかなかそのぉ……」


「じゃあ、そちらはちゃんと解決したんですね」


 申し訳なさそうに、ルミさんが首を縦に振る。


「わたし、サヤに女の子らしくなって欲しくて、つい……」


 言い訳じみたことを言ってしまったと気がついたのか、慌ててルミさんは顔を上げた。


「ごめんなさい。わたし、まだちゃんと整理できていないのかもしれませんね。さっきも、サヤがあんな格好……ごめんなさい」


 言葉をつまらせたルミさんは、また顔を伏せてしまった。

 彼女が『あんな格好』と言った浴衣ドレスを、遠慮がちに選んだサヤちゃんの様子から、なんとなくそんな気はしていた。きっと、ルミさんもサヤちゃんが選んだんだと、気がついているんだろう。


「あれ、俺の幼なじみがプレゼントしてやったんで、大事にしてくれるとあいつも喜ぶと思います。あと、なんだかんだで、サヤちゃんはルミさんに一番認めてもらいたいんだと思います」


 だから、ブラのことだってしっかり納得してもらえるように、ミコトと図書館に通っているんだと、今ならはっきりわかる。


「ツカサくん、まだなんて感謝を伝えるべきか、僕も準備ができてなくて、悪いね」


「いいんです。今日は俺のほうから声をかけたわけだし」


 うつむいたままのルミさんが、痛々しい。そう簡単に考え方を変えられたら、世の中はもっとうまく回っているはずだ。まだ、整理しきれていないこともあるだろうけど、案外サヤちゃんが帰ってきたら、うまくいくんじゃないだろうか。ただ考えるだけでは、空回りして不安ばかりつのってしまう、そういう段階にいるのかもしれない。

 当たって砕けろとは、思わない。でも、サヤちゃんとルミさんが直接向き合うことも必要だ。


「もう大丈夫そうですね」


 目に見える確かな証拠はないけど、はっきりとそう感じたんだ。


 ルミさんの震えた肩に、タクミが優しく腕を回す。


「ツカサくんもそう言ってくれたし、サヤを迎えに行こうか」


「でも、わたし、どんな顔して……」


 大事なことを忘れてた。


「あ、あの、すみません。今夜はちょっと待ってくれませんか。サヤちゃんにも心の準備と言うか、いろいろあるだろうし……」


 怪訝そうな顔をする二人に、サヤちゃんがブラを買ってもらうために自分の体のことを勉強しているなんて、コンビニで言えるわけがない。なんかサプライズ的な感じだったし、そもそも言えない。


「たしかに、ツカサくんの言うとおりだ。ちゃんと迎えに行く日にちも決めておかないと、君の幼なじみの人も巻きこんでるわけだし、うん、またあらためて、相談して決めたほうがいいね」


「そうね。焦ることなかったわね」


 緊張の糸でも切れたのか、ルミさんの肩の力が抜けたのがわかった。


「ツカサくんさえよければなんだけど、サヤの避難場所になってあげてください」


 ルミさんから、そういうことを聞けたのが嬉しかった。冴えない俺なんかでも、役に立ててるのが、はっきりとわかった。


「俺なんかでよければ……ま、俺じゃなくても、ミコトもいますし……」


 ようやく、大きく前に進んだ。


「また今夜にでも連絡するよ」


「わかりました。じゃあ、俺はもう行かないと」


 頭を下げて、二人と別れる。コンビニを出るとき、売り上げに貢献しなかった罪悪感がちくりと胸を刺してきたけど、待たせている人がいるんだ。

 ステージのほうに急ぎながら、言い訳を確認する。お腹を壊すなら、焼きそばよりも、たこ焼きのほうがいいな。なんか俺が食べたやつは生っぽかったし。


 キャベットを囲む人の数は少しだけ減っている。その輪の外側で、ミコトとサヤちゃんは待っていた。


「おじさん、遅い」


「ごめんごめん。トイレがなかなか開かなくて……コンビニのほうもで、大変だったよ」


 さすがに、お腹を押さえるのはわざとらしかったかな。

 ぶすっとむくれるサヤちゃんを、ミコトがなだめてくれる。


「きっと、日頃の行いが悪いから、たこ焼きでお腹壊したんだよ。シシッ」


「あ、納得」


「サヤちゃん、そこは納得するところじゃないから」


 ミコトのひどすぎるなだめ方に、思わず乾いた笑いが口からこぼれていく。

 なんだかよくわからないけど、三人で笑いあってた。

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